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【愛の◯◯】藤村さんにどんどんどんどん負けた末に……

 

藤村杏(ふじむら あん)さんが真向かいのソファに座っている。仕事休みの日曜で、わたしたちの邸(いえ)を訪ねてきてくれた。

藤村さんはカラダをやや前方に傾けながら、

「あすかちゃんは、就職も決まったし、卒論も出した。あとは、卒業式に出席するだけ」

と言ってきて、

「順風満帆(じゅんぷうまんぱん)で、なによりだ」

と言ってきてくれる。

「ありがとうございます」

わたしは直(ただ)ちに感謝。

今度は背中をソファに近付けていく藤村さんが、

「あすかちゃんも成長したよね~」

と大きな声を出してから、

「いろいろな点で☆」

と愉快そうに言う。

「お姉さんの眼を誤魔化そうとしたってダメだぞ☆」

そんな風にくすぐってくるから、

「もーっ。勝手にわたしの姉にならないでくださいよー」

と軽くたしなめる。

藤村さんの右手が、テーブル上の深皿に山盛りになったチョコレートのパイ的なお菓子に伸びる。

袋からチョコレートなパイを出し、さくっ、と噛む。

そのすぐ後で、

「感慨深いのは、わかってほしいなあ。だって、あすかちゃんが中学生だった時からあすかちゃんを知ってるんだもん」

「そーだったですねえ。藤村さんの方は高校3年生でしたよねえ」

わたしのコトバを受けてニッコリとなる彼女は、

「そーゆーコト。あすかちゃんのお兄さんと同じ教室で授業受けてた」

と応えてから、

「で、現在に至るまで、戸部(とべ)アツマとの腐れ縁も、継続(ケーゾク)してるとゆーワケ」

わたしの兄貴と高校の同期たる藤村さんに向けて、

「感謝してます、愚兄を見捨てないでくれて」

とコトバを届けたら、

「見捨てないよ」

と、彼女はいささか眼を細めながら言ってきて、

「あいつ、なんだかんだで、優しい男子だから」

と、意外なほどシットリとした声を出す。

 

× × ×

 

階上(うえ)のわたしの部屋に藤村さんを案内した。

利比古(としひこ)くんが外に出ている時間帯を選んだ。このコトは、藤村さんには伏せておきたい。

 

彼女は、入室するやいなや、ベッドの間近に腰を下ろし、

「いいお部屋だねえ。すこぶるキレイだし。戸部アツマとは違って、散らかさないんだ」

わたしは勉強机手前の椅子に歩み寄りつつ、

「散らかしませんよ。愚兄とは『暮らしの丁寧さ』が違うんです」

「『暮らしの丁寧さ』、か」

微笑みの藤村さんは、

「いい響きだ」

と言ってくれる。

それから、やはりというかなんというか、CDを敷き詰めた棚に彼女は視線を伸ばし始めて、

「流石だね……。音楽、好きなんだ。ロックバンドでギター弾いてるんだもんね」

「わたしが産まれる前や産まれた直後のCDだらけなんですけどね」

柔らかく首を横に振る彼女は、

「そんなのは気にする必要全然無いよ。流行に安易に飛びつくよりも、何倍もカッコいいと思う」

と言ってくれてから、

「趣味(シュミ)がいいというか、なんというか……音楽の好みからして、『ロックだ』と感じちゃう」

勉強机手前の椅子に腰を落ち着けたわたしは、

「何か、聴いてみますか?」

「CDを?」

「ハイ」

「聴くなら……『おまかせ』が、いいかな」

「選ぶのをわたしに『おまかせ』するってコトですね」

「まさに」

「じゃあ、誰が聴いても満足しそうなアルバムを選んでみます」

「たのもしい」

 

× × ×

 

最後の楽曲がフェードアウトしていった。

「感想、言うべき?」

わたしを見上げて訊いてくる藤村さんに、

「お好きに」

と答えたら、

「――それなら、感想とかは、後回しで」

と言われた。

『後回しにする意味は、なんなんだろう』

と疑問に思うわたし。

藤村さんが目線をわたしから少しも離さないから、疑問が膨らんでいく。……わたしの顔を吟味したってしょーがないと思うんだけどな。

彼女の唇(くちびる)が眼に映る。わたしより3つ年上の唇はわたしの唇の何倍も艷(つや)やかで、オトナっぽい。

オトナっぽいだけじゃない。企(たくら)みのようなモノが唇に表れているような気がするのだ。

たぶん、彼女は何かを企んでいる。

そしておそらく、わたしにとって都合の良くないコトを企んでいる。

『さとられたくない』

と思うと、心拍数が増えていく。

何事かをさとりつつ、何事かを企む……そうなっていく彼女が、怖くなってしまう。

唇から両眼へと視線を移してみる。

彼女の両眼が普段より丸みを帯びているような気がする。

『好奇心』の3文字が彼女の両眼の奥底に潜んでいる可能性を高く見積もってしまう。

気付かれないように、眼を微妙に逸らしてみる。彼女の好奇心を恐れ、彼女の洞察力を恐れた。

心地良くない沈黙は、やがて、

「この部屋を出て徒歩1分もかからないトコロに、利比古くんルームのドアがあるわけなんだけどさ」

という藤村さんの唐突なコトバで破られる。

心臓が一気に冷え冷えとなるわたしに、矢継(やつ)ぎ早(ばや)のごとく、

「彼、お外が暗くなるまで、帰ってこないとか?」

という、好奇心に満ちた問いが突き刺さってくる。

苦しくなるわたしは、眼を背けるのではなく、藤村さんの顔面を直視していく。視線を外す方が苦しさが増してしまうと思ったから。

藤村さんは、わたしのコトバを待ち構えているというよりは、わたしの様子を味わっているような表情。

問いに答えるのが難しくなる。

反発するのはもっと難しくなる。

今の藤村さんに反発したり反抗したりするための勇気の出し方が、今のわたしには分からない。

後ろから吹き付けてくるエアコンの温風がとってもキモチワルイ。

カラダが縮まる。カラダが固まる。

藤村さんの顔面から視線を離すチカラはどんどん喪(うしな)われていっている。眼に映る余裕に満ちた表情がわたしをどんどん追い込む。悪い意味でわたしを可愛がり続ける藤村さんにどんどんどんどん負けていく。

「あすかちゃん」

穏やかな呼び掛けがわたしの胃袋を抉(えぐ)ってくる。

次に言ってくるコトバの意味内容が容易に予測できてしまう。だからこそ、わたしのカラダとココロは恐怖心という蔓(つる)でがんじがらめになっていってしまう。

「好きなオトコノコがいるって、いいよね」

藤村さんは、言った。

予測通りのコトバだった。

わたしを串刺しにしてくるコトバだった。

 

 

 




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