大井町侑(おおいまち ゆう)さんにはジーンズがよく似合う。わたしはジーンズの穿(は)きこなしに自信が無いから羨ましい。
侑さんの背丈は160センチか161センチといったトコロに過ぎないけど、ジーンズの両脚はいつでも美しい。わたしが決して及ぶコトの無い美脚なのだ。
「あすかちゃん、どうして下向き目線なの?」
某・田園都市線の某・駅前に佇んでいるわたしは、侑さんから下向き目線の理由を問われてしまう。
下向き目線を緩やかに是正(ぜせい)しつつ、
「侑さんが、ステキだから」
と答えるわたし。
穏やかに笑う侑さんは、
「カラダのどの部分が『ステキ』なのかな」
わたしは素直に、
「長い脚」
と応答。
「しょーじきなんだから」
若干の呆れを含ませた笑顔を見せてくる侑さんは、そう言ってから、
「わたしのジーンズを気に入ってくれてるみたいで、嬉しいんだけど――」
と言ったかと思うと、目線を次第に下降させていって、
「あすかちゃんのロングスカートも、『なかなかのモノ』だと思うわよ?」
えっ。
わたしのロングスカート、ホメてくれてる。
わたしのロングスカートをホメてくれるヒト、あまりいないのに。
× × ×
午後2時40分を過ぎている。穏やかな冬日和(ふゆびより)で、差し込んでくる陽光によって窓際席のカーテンは盛んに煌(きら)めきを放っている。
わたしはショートケーキ・バニラアイス・アイスカフェラテをオーダーし、侑さんはザッハトルテ・アメリカンコーヒーをオーダーした。
侑さんはどうやらザッハトルテが大好物らしい。ザッハトルテを味わうたびに彼女の顔はほころぶ。17歳の女の子の如き表情になるのである。
ショートケーキを完食したわたしはバニラアイスに手をつける。スプーンをバニラアイスに介入させつつ、正面席の彼女の表情変化を時折チェックする。
バニラアイスもオーダーしちゃったので、このままだとわたしの会計の方が高額になっちゃうのだが、入店する直前に『支払いは別々にしましょう』とわたしから言っていたから、問題なんかはなんにも無いのだった。
ザッハトルテに分け入っていたフォークをキレイな手つきで置いた侑さんが、
「いろいろと大変みたいね。念願のスポーツ新聞記者にはなるコトができたけど、縁もゆかりも無い競馬担当にさせられて」
と、わたしのお仕事に言及してくる。
日曜日だから、フジテレビの競馬中継がそろそろ始まる時間帯だ。そして今日はG1競走が行われる日でもある。競馬記者を務めるための『予習』を疎(おろそ)かにしているみたいかもしれないけど、侑さんと1対1で会える日なんてそうそう無いので、侑さんを優先させたのである。
時に気まぐれなわたしは侑さんをからかいたくなってくる。せっかく1対1でお会いできたんだから、からかってみないままに終わってしまうのはもったいない。
「たしかに、お馬さんには縁もゆかりも無かったんですけど、知り合いのヒトの『英才教育』のおかげで、だいぶ詳しくなってきたんですよぉ」
「『英才教育』ってなに、『英才教育』って」
そう言いながら侑さんは苦笑するけど、
「ちなみに、ですけど」
とわたしは言って、
「わたしの邸(いえ)、東京競馬場とかなーり近くって」
「そうよね。あすかちゃん、行ってみたりしたの?」
訊いてくる侑さん、だったんだけど、
「1回行きました。馬券買うのそっちのけで、場内のいろんなトコロを見て回って」
と答えつつも、
「場内を見学したコトによって、わたしが思ったのは」
と言った後で、少しだけ間(ま)を置いて、
「侑さんと新田俊昭(にった としあき)さんのデートスポット候補なんではないかと」
眼を丸くすると同時にほっぺたが朱(しゅ)に染まり始めていく侑さんがいた。
かわいい。
かわいいんだけども、
「……いきなり新田くんの名前出してきたかと思えば、東京競馬場を『デートスポット候補』認定!?」
と、侑さんの口から飛び出すコトバの声音はシリアスみを帯びていて、
「あすかちゃんもイジワルなのねっ」
と、反発されてしまうのである。
× × ×
「愛(あい)がわたしとあすかちゃんの間(あいだ)に居たら、あすかちゃんのイジワルな暴走も制御してくれたのかしら」
斜め右前方を歩く侑さんが嘆く。愛さん……すなわちおねーさんの「ありがたみ」を再認識しているご様子。
「おねーさんは、今日は忙しいんですよ」
わたしがそう伝えたら、斜め右前方の彼女の歩みがぴた、と止まった。
やおら振り向いてくる彼女が、
「今日のあの娘(こ)の予定、詳しく知らされてなかった」
と言ってから、柔らかな苦笑いになって、
「――アツマさんとの◯◯で、忙しいのかな?」
と訊いてくる。
「ですねー」
わたしは軽快に、
「時間と文字数の都合で、おねーさんと兄貴の日曜日の『ラブラブぶり』は、詳(つまび)らかにはできないんですけども」
朗らかな苦笑いの侑さんは、
「『ラブラブぶり』とか、あすかちゃん、昭和の人間じゃないんだから」
「えへへ」
軽快に『えへへ』と言った後で、わたしは、
「『ラブラブぶり』をZ世代的なフレーズに言い換えられなくて、ゴメンナサイ」
と楽しく謝りつつも、
「1つ、言えるコトがあって。――おねーさんとバカ兄(あに)、ここに来て、『夫婦』になる寸前まで近付いてるんじゃーないかなー、って」
すかさず侑さんが、
「それはとっても興味深いコトねえ」
と嬉しそうな嬉しそうな声で言って、
「あなたは10年近くに渡って、愛とアツマさんを見てきてるんだから……そういう『気付き』も、ほとんど『確信』なんでしょ」
わたしは直(ただ)ちに、
「よくわかりましたね、ほとんど『確信』なんだって。流石は侑さんだ。冴え渡ってる」
「ホメてくれて、ありがと」
そう応える侑さんの声音はいささかコドモっぽかった。
女子高校生みたいなテンションになりつつあるのを隠し切れない侑さんが、わたしに向かって何歩(なんぽ)か歩み寄ってくる。
「ねぇねぇ」
と言ってきたかと思うと、
「『延長戦』、やりたくない? 駅近(えきちか)のお店に入って、この話題をもっと掘り下げてみましょーよ。お金は全部出してあげるから、あなたには是非とも情報提供をしてもらいたいわ」