「先輩。率直に言ってほしいんですけど」
わたしより背丈の低い加賀真裕(かが まさひろ)先輩の真正面に立って、
「こういうスカート、わたしらしくないって思ったりしてますか?」
と問うてみる。
答えにくい質問だったかもしれない。女子の私服について意見を言えってコトだし。
加賀先輩が知っているわたしのスカート姿は制服スカート姿オンリーだ。どれぐらいギャップがあるんだろう。
加賀先輩の表情を仔細(しさい)に見てみる。視線が微妙に横に流れている。戸惑っているんだろうか。『ヘンなコト訊いて、すみません』って謝るにはまだ早いと思うけど。
じんわりじっくりと、彼が口を開くのを待った。
そしたら、
「……『らしくない』なんて、思わねーよ」
というコトバが、来た。
それから、
「なあ本宮(もとみや)。おまえはもっと自分に自信を持った方がいいんじゃねーのか?」
というコトバが、付け加わる。
嬉しさがわたしの地肌にジワァ……と広がっていく。もちろん、なんとも言えない微熱もジワァ……と広がっていくんだけど。
「おまえの度胸をおれは評価したいんだ」
そう言われたから、控えめに、
「と、言いますと?」
と問うたらば、
「いきなり電話かけてきて、『明日、2人だけで会いたい』なんてコトバ、ぶつけてくるだなんて。並大抵の度胸じゃねーだろ」
という答えが返ってきたから、微熱がだんだん微熱でなくなっていく。
× × ×
雷門(かみなりもん)の前。
立ち話は続く。
「疲れちゃったですか、浅草(ここ)だけじゃなくて、某・国民的おまわりさん漫画にしょっちゅう出てくるようなスポットをいっぱい回ったから」
やや弱めに訊いてみる。目線は少し下げている。微熱状態じゃなくなった状態を直視されたくないから。
「疲れちまったのは、否定しない。某・国民的おまわりさんみたく、無限に体力あるワケでも無いんだし」
白い息をこぼしながら加賀先輩は言っている。
彼の言い回しがなんだかおかしくて、笑い声を小さく発してしまう。
発した途端に、くすぐったさが胸の熱さに成り変わる。
熱いまま、下を向く。冬空に押さえつけられているような感覚。
寒いけど、熱い。
「リアクションおかしくねーか、本宮。なんでこんなタイミングで、マトモにうつむいてしまうのか」
先輩の鈍感さが胸の中心に食い込む……!
わたしは、知っている。
なにを?
先輩の、性質を。
『年上の女子には驚くほど敏感だけど、年下の女子には驚くほど鈍感』
……そういう、性質を。
加賀先輩は年上女子にはホンキで憧れたりする。「情報」ならとっくに漏れてきている。わたしが入学して先輩と知り合う前、彼の1個上の女子にホンキで憧れて、無惨にも打ち砕かれてしまったコト、だとか。
一方で、年下女子の感情を推し量るコトは、ぜんぜんできない。カラダとココロの中心点から熱いモノがどんどん供給されてきている……そういう、現在のわたしの状況、たぶん少しも感じ取っていない。
「――この辺り、間違い無く、将棋クラブ的なスポット、ありますよね」
言ってみた。いきなり言ってみた。
将棋名人という加賀先輩の側面を掘り下げたかった、ワケでは無い。言わば、「時間稼ぎ」。わたしのココロの反応・カラダの反応が落ち着くまでの、「時間稼ぎ」。
「将棋クラブ的スポットに殴り込みたくなったり、してませんか?」
コトバを付け足したら、
「はあ!?」
と、先輩が、顔をしかめながらレスポンスしてくる。
わたしの発言がいかにも不可解であるようなキモチが、声に籠もっていた。
苦笑いの声をこぼさざるを得なくなってくるわたし。
だって、先輩のレスポンスがくすぐった過ぎて、わたしのテンションの落ち着きに全く貢献してくれないんだもん。
気が変わった。将棋クラブ云々を「時間稼ぎ」にするのはやめた。
歩み寄るのを我慢できない。
眼と鼻の先まで歩み寄る。眼と鼻の先に尊敬する先輩男子がいる。
尊敬するどころじゃ無くなってきているんだけど、エスカレートする感情に今は名前をつけたくない。
わたしはわたしの右手をゆっくりと着実に確実に上昇させていって、
「わたし、先輩を、『先輩が輝く場所』に連れていきたい」
とタメ口気味に言ってみる。
疑問だらけみたいな表情で、彼は、
「輝く場所……? 連れていく……?」
と声を漏らす。
我慢できなくてわたしは加賀先輩の左手を右手でギュッ、と握る。
予想以上の手の温(ぬく)もりがある。
後ろを振り向くしか無かった。
加賀先輩に顔面を見られたくないキモチ。
加賀先輩を引っ張っていきたいキモチ。
2つのキモチが、後ろを振り向くしか無い理由だった。