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【愛の◯◯】繰り返し繰り返し屈服していく

 

廊下に出ていく寸前で立ち止まってしまう。雑念がやって来たからだ。やって来た雑念を受け止めたくなくて、首を振り、CDケースを持つチカラを強くする。

右手に持っているCDは利比古(としひこ)くんから借りたCDだ。元々の所有者はおねーさんだった。おねーさんの実の弟である利比古くんがおねーさんから譲り受けたのだ。

以前から聴きたくて仕方が無かったアルバムだった。利比古くんの手元にあるのがふとした拍子に判明して、即座に「レンタル手続き」をした。

80年代UKのかなりマイナーなバンドの輸入盤。当然ながら、デュラン・デュランみたくキャッチーな方向性ではない。わたしはデュラン・デュランも好きではあるけど、デュラン・デュランとは真逆だ。一目瞭然ならぬ一聴瞭然(いっちょうりょうぜん)……。真逆なコトは鳴り出される音が証明していた。

10回聴いた。飽きたりはしていないけど、お腹いっぱい聴いた感覚はある。10回という数字もキリがいいし、ベストの返却期限だという思いが強くなっていた。

だから今日、『利比古くんの部屋のドアを叩いてCDを返そう』とココロに誓った。それなのに、自分の部屋を出る寸前で、雑念に苛まれて、立ち止まってしまう。音楽のコトとはなんの関係もない◯◯によって、わたしは逡巡してしまう。その◯◯を具体的にしなければ卑怯だろうか? 自分だけで対処したいコトだから、◯◯なキモチを具体化するのに前向きになれない。◯◯なキモチがハッキリと輪郭を帯び出す前に、廃棄処分したい。

20回連続で首を横に振る。どれだけ棄(す)て切れただろうか。

自己嫌悪の染み渡った足を前に動かしていく。

 

× × ×

 

「ありがと」

控えめに感謝して、CDを差し出す。自己嫌悪その他諸々(もろもろ)が感謝の声に滲み出ているような気がして、胃の痛みを覚える。顔の向きを出口ドア方面に早く換えたいと思う。自分の部屋に早く帰りたいと思う。

「どうもです」

利比古くんが軽く応える。顔を直視したら「負ける」から、声だけに意識を向ける。だけど、利比古くんは声までもハンサムで、声に意識を集約した甲斐が無くなってくる。

顔もカラダもココロも熱いわたし。ヘンになっていきそうなわたし。

一刻も早く腰を浮かせたい。でも、チカラの上手な入れ方を思い出せない。逆に、両膝がカーペットに密着する。このままだと、向かいの彼に違和感や疑問を抱かせてしまう。ヤバい。

「感想、ありますか?」

朗らかに訊いてくる利比古くん。CDを聴いた感想が知りたいのだと認識するまでに短いタイムラグがあった。

どういう風に答えてあげればいいのか見当もつかない。

両膝の上部を両手でぐぐぐっ、と押さえつけながら、コトバを探す。

わたしの口から出てくるのは、

「あとで、紙に書く」

という不甲斐なさ過ぎな「逃げ」のコトバだった。

「文章にするのは、ニガテじゃないし」

不甲斐なく付け加える。本当に、不甲斐なく。

「あすかさん以上に文章にするのが得意なヒトも、なかなかいないと思いますが」

やめて。

やめてよっ。

そんなにポジティブな声で言わないで。あなたの苦笑い顔がキラキラしてるのが、目線を上げなくたって伝わってくる。

おだてるように言ってこないで。過剰に褒めちぎらないで。疼(うず)くから。あなたに評価されるのが、今のわたしは怖いの。評価されるコトで、感情の制御力を失っちゃう。……そう、あなたに評価されるコトで。

わたしがセンシティブな状態になっちゃってるって、少しでも分からせたいのに。

努力が足りないから、分からせられない。

無惨。

「じゃあ、感想を書く紙を提供しますよ」

利比古くんは無邪気かつ呑気に言うけど、

「書く紙なら、わたしの部屋にいっぱいあるよっ」

と萎(しな)びた声を出して、拒もうとする。

僅かな空白の後で、

「しょーがないですね、あすかさんも」

というコトバをぶつけられる。

わたしの中の血管という血管が波立ち始める。心拍数が宿命的に倍増する。

呆れ笑いで言っているとしか思えない声。声の軽さが、わたしの全部を追い詰めてくる。

睨みつけたくなってくる。やぶれかぶれだけど。悪あがきの抵抗になるのは明白だけど。

悪あがきのわたしは、歯噛みしながら顔を上げて、睨みつけを実行する。

だけど、

「どーしてそんなコワい顔するかなあ」

と言われた途端、顔だけでなく首すじにまで熱が拡がり、睨みつけどころではなくなってしまう。

わたしってなんでこんなに弱いの。

自分で自分を呪いたいよ。最低最悪の弱々しさだとしか思えないよ。なんでこんな風になっちゃうの、彼の顔を見た途端になんで弱さを全部さらけ出しちゃうの!?

5年半以上、彼といっしょに暮らしてきた。常に立場は強かった。わたしの方が強かった。わたしの連戦連勝だった。1つ年下の彼に屈服するコトなんか全くと言っていいほどなかった。

それなのに。

『そういう』意識になった途端に、強さが失われた。わたしは強くなくなった、彼に対して強くなくなった。

負けまくってる。連戦連敗。際限なく弱くなる。

1つ年下の彼を、オトコノコ、として意識するたび、わたしは繰り返し繰り返し屈服していく。

 

 




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