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【愛の◯◯】約束をもう1つ足す年上の女性(ヒト)

 

午後6時台。人気(ひとけ)の少ない講義棟の人気(ひとけ)の希薄なスペース。革張りのソファ2つが向かい合わせに置かれているスペース。小規模なラウンジといった趣(おもむき)。

革張りソファに座っている僕の目線の先には、同じく革張りソファに座っている年上の女子学生。すこぶるキレイな女性(ヒト)。女子高校生のような輝きを保ち続けている女性(ヒト)。絶妙な形と大きさの眼に吸い寄せられていくような錯覚を感じる僕。

僕の眼前(がんぜん)に座しているのは、羽田愛(はねだ あい)センパイ。

羽田センパイが栗色の髪を摘(つま)む。自らの髪を少女のように弄(もてあそ)んでから、指を離し、缶コーヒーを摘み上げ、一切音を立てるコト無く飲んでいく。

その缶コーヒーを静かに置くと同時に、破壊力のある微笑みで見つめてきて、

「文学部キャンパスは『庭』なの」

「『庭』?」

「5年も通ってるとねえ」

ソファの背もたれに背を柔らかく委ねつつ、

「キャンパス内の『穴場スポット』を数多く熟知していくのよ、免れがたく、ね」

と言った後で、

「この場所も、『穴場』の1つってワケ」

と言い、微笑みの威力を強めていく。

それから、

「2年間の違いってやっぱり大きいと思うのよ。シュウジくん、3年生のあなたが知らない文学部キャンパスの秘密、5年生のわたしはたくさん知ってるのよ。――もしかしたら、留年して却(かえ)って良かったのかもしれないわね。怪我の功名(こうみょう)ってトコロかな?」

そう話す羽田センパイは、缶コーヒーだけではなく、分厚い文庫本もテーブル上に置いている。岩波文庫・青のパスカルの『パンセ』。哲学専攻の彼女に良く似合う本。

僕は控えめに、

「あの、パスカルの『パンセ』が置いてありますけど、センパイはたぶん……既に通読してるんですよね?」

背すじを伸ばし、輝かしい笑顔で、

「良く分かったわね~! 『パンセ』、これまでに3回読み通してるの!!」

つまり、『パンセ』を既に3周……! モンテーニュの『エセー』ほどではないものの、相当な分量のある『パンセ』。そんな書物を既に3回も、この女性(ヒト)は……!!

僕も背すじを正して、

「センパイが初めて『パンセ』を読み始めたのは、いつだったんですか?」

と問うも、

「わたし、そーゆー疑問に答える前に、大事なコトをあなたに伝えたいの」

と言われてしまい、背すじがやや硬くなる。

「わたしたちのサークルも、『世代交代』の時期を迎えていて。3年生の中から、次の代の幹事長と副幹事長を指名したくって」

数秒の間(ま)の後で、

「幹事長は、新山(しんざん)ブンゴくん。そして、副幹事長は、あなた。――どう? そういう人事で、納得してくれる?」

僕が、副幹事長。

僕ではなくブンゴを幹事長にした意図。ブンゴではなく僕を副幹事長にした意図。意図は、必ずあって。眼前のクレバーな彼女ならば、筋の通った説明をしてくれるはずで。

だから、

「知りたいです、ブンゴを幹事長に据えた理由を、僕を副幹事長に据えた理由を」

 

× × ×

 

納得できた。

納得できたからには、

「頑張ります、副幹事長として。責任をもってやり遂げます」

僕の誓いを聞いた羽田センパイは、僕の顔をジワァッ……と眺めてきて、

「頼むわよ。幹事長のブンゴくんが突っ走り過ぎそうな時は、副幹事長のあなたがコントロールしてよね」

と言ってから、

「わたしと約束してほしいコトは」

と言った後で、若干苦笑いになりつつ、

「頑張り過ぎないコト。サークルのコトで責任感を持ち過ぎて学業疎(おろそ)かになるなんて、わたしイヤよ」

彼女のそのコトバの響きは、これまでで最も『お姉さん』っぽい響きだった。

胸が少しくすぐったくなるけど、

「分かりました。サークルも学業も両立できるよう、チカラの入れドコロとチカラの抜きドコロを見極めていきたいと思います」

とコトバを返す。

センパイは、ただ微笑むばかり。

何も言ってくれないから、カラダがムダに強張(こわば)ってしまう。『チカラの入れドコロとチカラの抜きドコロを見極めていきたい』と言ったばかりなのに。

左手で頬杖をつくセンパイ。年上女子らしい微笑はステキだけど、何も喋ってくれないから、強張りと戸惑いが増す。

増すがゆえに、僕の方からのコトバを発しにくくなってしまう。2つの革張りソファの間(あいだ)に沈黙が舞い降りる。

センパイのオトナっぽい微笑を上手に見られなくなっていく。うつむきの目線が床にまで下降していってしまう。

ジュワァ……と背中に汗ばみを感じ始めた、その時だった。

「言い漏らすワケにはいかないコト、1つあって」

センパイの軽やかな声が、鼓膜を震わせたのだ。

目線を徐々に上昇させながら、

「……どんなコトですか?」

と訊けば、

敦賀由貴子(つるが ゆきこ)ちゃん、いるでしょ」

と、僕の高校時代からの後輩たるサークル員の名を挙げられる。

「いますが……」

敦賀の名が突然に出てきたので、僕の声に惑いが混じってしまう。

「約束してほしいコト、もう1つ足すんだけど」

センパイは、そう言ってから、僅かに間(ま)を置いた後で、

「あなたが卒業するまで、由貴子ちゃんのコト、大事にしてあげて。出来る限り、見守っていてあげて」

僕の目線が一気に上がる。彼女の暖かな微笑に眼が固定されていく。絶妙な形と大きさの彼女の両眼に愛情のようなモノが充ちているのを感じ取る。

「あなたこそ、適任だと思う。――というより、適任なのは、あなたしかいないと思う。根拠を付け足さなくても、納得してくれるわよね」

 

 




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