愛(あい)ちゃんのバースデーパーティーが催されている邸内にあすかちゃんは不在だ。
昨夜、1階のぼくの部屋の間近にやって来たあすかちゃんは、欠席の意向を伝えてきた。
もちろん、愛ちゃんとの不和が欠席の理由であるワケでは無い。過去には大きなケンカもしてきた2人だが、ここ数年は本当に姉妹同然に仲が良い。
不和が理由でないのは説明されるまでも無かった。
それならば他の理由が何かしらあるワケなので、訊いてみようとしたのだが、あえなく遮られて、
『夜になったら、『独占』です。おねーさんをわたしが『独占』するんです。2階でアツい夜を過ごすので、流(ながる)さんは上がって来ないでくださいね』
と勢い良く言われた。
『夜になっても、パーティー、終わってない可能性もあるよね?』
ぼくがそう指摘した途端に、あすかちゃんが非常に苦々しい表情になった。胸が締め付けられそうな感触が急速にやって来て、つらかった。
ぼくを物理的に締め付けるコトこそ無いものの、あすかちゃんは不穏な表情を見せ続けてきていた。
『そ……それに、2階は利比古(としひこ)くんの部屋もあるんだし、いくら特別な日の夜だからといって、愛ちゃんときみだけで大騒ぎするというのは……』
ぼくは声を絞り出した。
しかし、即座に、あすかちゃんは廊下を右足で強打。
ビビりまくりのぼくに、
『わたし、『大騒ぎする』なんてヒトコトも言ってないんですけどっ』
と、凶暴なコトバが……。
× × ×
「利比古くん、サークルの先輩女子に急に呼びつけられて、お姉さんのバースデーパーティーに居られない羽目になるなんてねぇ」
いつの間にやら右横に立っていた梢(こずえ)ちゃんが、そう言ってから、柿の種を右手指で何粒かつまみ上げ、ポリポリと噛む。
それから梢ちゃんは、バドワイザー缶ビールを右手で口に持っていき、ゴクゴクゴクと喉に流し込む。
口元や首といった部分よりも、綺麗なラインを描く手指の方が眼に留(と)まる、のだが、
「利比古くんのガールフレンドたる川又(かわまた)ほのかちゃんも結局参加キャンセル。そして、肝心かなめのあすかちゃんも、不在」
と言ってくる声がしたので、ぼくは姿勢を正そうとする。
「どー思うよ、〝お兄さん〟は?」
言い足してくる梢ちゃん。なんだか、ぼくのカラダにムダにチカラが入ってきているのを感じ取って、咎めてきているような表情だ。
「ぼくは……誰の〝お兄さん〟でもないからな」
「それは逃げだよ流くん。そーゆーのを『逃げ』ってゆーんだよ」
んんんっ。
きびしい。きつい。
ぼくより年下なのに、パワーありありなコトバで迫ってくる梢ちゃん。彼女は、すぐ近くにあったテーブルの上をバドワイザーの缶でカツン、と叩いて、
「『重要な登場人物』が3人も欠けてるから、物足りない。この物足りなさ、どーゆーふーに喩(たと)えたら良いのやら」
どんな風に応えたら良いか分からず、
「……明日美子(あすみこ)さんは、どのように思ってるんだろうか、あの3人の、デリケートっぽい『事情』を」
「ハァ!?」
途端に、右横の梢ちゃんに叫ばれ、
「流くん、ハナシ、逸らしたよね!? イマ、逸らしたよね!? そんな『マナー違反』ばっかするんなら、キミの両足、踏むよ!?」
と怒鳴られ、
「明日美子さんなら、とっくの昔に寝ちゃったよっ!!!」
と、挙句の果てに、この邸宅の主(あるじ)の就寝を伝えられてきてしまう……。
× × ×
激怒の梢ちゃんが消え去って行った。その場にぼくだけが残る。落とした肩を上げるのが難しくなってきている。ションボリな気分が抜けない。日没は既に過ぎている。ひと晩寝なければションボリ気分を回復できそうにない。
『今日はもうダメだ、店じまいだ』と思い、溜め息をついた。
ところが、溜め息の2秒後に、誰かが背中を指で突っついてくる感覚。
振り返ると、ぼくの長年のカノジョさんであるカレンさんが、右手でピースサインをしながら眼の前に立っていた。
眼の前に立っていたのは、カレンさんだけではない。
軽く茶色に染めたロングヘアのカレンさんのお隣に、栗色(地毛)の超・ロングヘアの年下の女の子。
彼女は、今日23歳になったばかりの女の子だった。
……愛ちゃんだった。
……なぜに、愛ちゃんは、ぼくに向かって、ダブルピースを!?
× × ×
正直、洗練された装いとは思えない。23歳になったというのに、なんだか幼い。麗しいルックスと子供っぽいコーディネートがアンバランスだ。
「流さん?」
両手を後ろ手に組んでカラダをぼくの方に傾けてきた23歳になったばかりの女の子が、ぼくの名前を呼んだ。
「わたしの服装、ダサいって思ってるでしょ」
とても鋭い指摘。
ぼくと愛ちゃんはテラスに出ているのだが、愛ちゃんの麗しい顔が月の光に照らされてキラキラしているので、より一層うろたえてしまう。
「無理もないですよねー。わたし、15歳の女の子が穿くようなスカートだし。スカートの濃緑色(こみどりいろ)も、野暮ったく見えちゃうのかなーって思う」
「……自虐に走り過ぎる必要は、無いよ」
「――甘口なんですね」
前傾姿勢を元に戻す彼女は、
「ま、イマイチな服装は、整った顔立ちと均整の取れた体型で『相殺』というコトで」
自分で自分の容姿を賛美する彼女だったのだが、えも言われぬ説得力があった。
愛ちゃんは白い椅子に腰掛け、丸テーブルに置いていた赤ワインを飲む。その後で、夜空を見上げながら、バタ足するように両脚を動かす。
バタ足のような仕草に、えも言われぬ懐かしさを感じる。
思えば、彼女が邸(ここ)にやって来た時、彼女は14歳の誕生日を迎えていなかった。
「流さんとこうやって2人になってお酒を飲むのって、通算何回目ですっけ?」
分からないので、
「何回目だろうね。数えようとしたコトも無いな」
と答えるのだが、
「え~っ。なーんか、逃げの手に出てるみたいじゃないですかー」
と無邪気に言われてしまう。
ぼくも椅子に腰掛けようとしたら、
「椅子に座らずに、立ったままでいてほしいです」
という要求が来た。
起立を求めてくるのは、なぜに?
「昔話、なんてしたら、流さん、ウンザリしちゃうかなあ」
「……いや、ウンザリは、しないが」
首を横に振りつつ、素直に答えると、
「それなら」
と、アルコールの威力で火照り始めているのか純粋に照れ始めているのか分からない顔の彼女は、
「わたしは2022年度までこの邸(いえ)に暮らしてたワケですけど、流さんにも、いっぱい迷惑かけちゃいましたよね。具体例を5つほど挙げるならば――」
× × ×
愛ちゃんの過去開示によって、ぼくの顔とカラダはだいぶ熱くなってきている。
ぼくの温度を知ってか知らずか、
「大変ご迷惑をおかけしました」
と、愛ちゃんは椅子に座ったままペコリと頭を下げた。
視線を逸らしてしまいながら、ぼくは、
「詫びる必要、無いから」
しかし、すかさず愛ちゃんが、
「でも、わたしがカレンさんに強烈に嫉妬したコトは、強烈に記憶の中に残ってるんでしょ?」
とコトバを差し込んできたから、胃がギュギュイと締め付けられる。
「アツマくんの前に恋心を抱いてたのが――流さんでした」
なおも胃袋を締め付けてきて、
「最初期まで過去ログを遡らないと、そんな事実とは出会えませんけど」
とムダにメタフィクショナルな発言を付け足してくる。
愛ちゃんが再び立ち上がった。
「現在(イマ)では、流さんとカレンさんが末永く幸せになってほしいって、ココロから願ってます」
そう言いながら歩み寄ってくる愛ちゃんに対し、
「……ぼくだって、願ってるよ、きみとアツマの幸せな未来を。カレンさんも、同じキモチのはずだ」
と、ショボリショボリとコトバを返す。
苦し紛れの如く、
「きみは、アツマのトコロに行ってあげなくて良いのか? きみが姿を消していて、アツマがさみしがってるんじゃないだろうか」
と言うも、
「ヤダ」
とスッパリと拒まれて、
「アツマくんなら、この状況にも耐え切れるし。どーして、そんなコト言うかなー」
と不満を示されて、
「今の流さん、ちょっとだけ、ダサい」
と言われた後で……笑顔のままに、ペロリ♪ と舌を出されてしまうのだった。