松若響子(まつわか きょうこ)さんはもともとオトナっぽかったけど、社会人になってますますオトナっぽさが増した。
木幡(こわた)たまきさんも、社会人になってずいぶんオトナびた。メイクの『ノリ』が良くなったというかなんというか。
2人とも、大学を卒業して、某・大手企業に就職した。
わたしは、出遅れている。絶賛留年中だから。
「なんだなんだー、景気悪いぞー、羽田(はねだ)さーん」
わたしから見て松若さんの右隣に座っているたまきさんが、言ってきた。わたしが肩を落としているのを、見抜かれた。
「だって」
わたしは、
「あなたたち2人とも、バリバリ働いていて、キラキラ輝いているから、わたし……不況になっちゃうの」
と、声を沈ませてしまう。
松若さんがあはは、と笑う声が耳に届いてきた。
「『不況』かぁー。羽田さんらしくないギャグセンスの良さだけど、さ」
とか松若さんは言ってきたかと思うと、
「羽田さんがムダに落ち込んで、羽田さんのキラめきが鈍るのは……あたし、イヤかな」
と、ややマジメに言う。
「わたしもー。マツワカと、おんなじキモチー」
何故か右手を高く挙げながら、たまきさんが同調する。
それからたまきさんは、
「もっとノビノビとしてほしいなー、羽田さんには。せっかく、想い出のいっぱい詰まった『メルカド』に来てるんだからさー」
と言ってから、プリン・ア・ラ・モードにスプーンを持っていき、崩したプリンに器用にホイップクリームを混ぜる。
スプーンをぱくっ、と咥(くわ)えて美味しそうに味わった後で、彼女は、
「飲みなよー、もっとー」
もちろんのコト、わたしがオリジナルブレンドコーヒーをまだ1杯しか飲んでいないコトに言及しているのである。
たまきさんの勢いの良さが嬉しい。
素直に、わたしは、
「じゃあ、お代わり、オーダーするね」
と言って、顔馴染みの店員さんに右人差し指を上向きに立てる。
× × ×
2杯目のオリジナルブレンドを飲み切って静かにコーヒーカップを置いたわたしに、
「ウムウム。羽田さん、どんどん羽田さんらしくなってきてる」
と松若さんが。
栗色ロングヘアを左手指でサラサラと撫でるわたしは、
「なあに、それ」
「おおーっ」
松若さんが感嘆の声を上げて、
「コレだよ、コレ。往年の羽田さんが戻ってきた」
わたしはワザと何も言わず、栗色ロングヘアを数本つまみ上げながら、ジトジトッ……と松若さんの顔を見る。
「スーパーJK、再臨だな」と松若さん。
「松若さん、コトバのお行儀が若干よろしく無くってよ?」とワザと変なコトバづかいをしてみるわたし。
「女子校高等部時代に戻ったみたいだあ」
そう声を上げるたまきさんは、いつの間にかプリン・ア・ラ・モードを完食していた。
「――2人とも貴重な平日の仕事休みなんでしょう?」
馴染みの店員さんへと再び右人差し指を上向きに伸ばしながら、わたしはそう言って、
「今日ぐらいは、女子高校生気分に戻らなくちゃ。――わたしも、ドンドンその気になってきたわ」
2人の顔に笑みが拡がっていく。
やって来た3杯目オリジナルブレンドを左手で静かに手元に寄せながら、
「たまきさん、あなたが部活の時間に堂々と野菜栽培の入門書を読んでたコトがあったわよね? 確か、高3の新緑の時期だった。今でも、あの時の驚きがよみがえってくるコトがあるのよ」
「羽田さん記憶力抜群だね」
とたまきさん。
彼女は、
「当たり前か。東大合格間違い無しの頭脳だったもんね。結局、東大蹴ったけど」
とも。
少しだけ余計なコト言うのねー。
「あたしだって鮮明(ヴィヴィッド)に憶えてるよ」
と松若さん。
「マツワカも流石だなー。一橋現役合格の頭脳は違う」
と言っちゃうたまきさんを、
「コラッたまき」
と松若さんが叱って、
「あんたが文芸部の中で自由過ぎたんでしょーが。なんで、野菜栽培だなんて、文芸とは程遠い本を、あんなに堂々と……」
「程遠くないっ」
「どこがっ!?」
――わたしの口から自然と、笑い声がこぼれてきた。
懐かしい2人の掛け合いが面白いし楽しいんだから、笑い声をこぼしちゃうのも仕方が無い。
松若さんが、安心そうに微笑(わら)って、わたしを眺める。
その隣のたまきさんは……どうしたんだろうか、自分のバッグ内をガサゴソと。
バッグ内を漁るたまきさんの手がピタッと止まった。
それからたまきさんは、うつむき気味に。
彼女の微(かす)かな火照(ほて)りが伝わってくるような感覚。
……少し『推理』をした後で、わたしは、たまきさんに向けて、優しく、
「もしかして、わたしに見せたい本を持ち込んできたとか? ――たまきさんは、文芸部時代までは全然だったけど、上智に進学してから、グングン文学に目覚めていったでしょう? たぶん、『今、こんな作品に取り組んでるんだ……!』って言いながら、文芸書をわたしに見せたいのよね?」
たまきさんの口が大きく開かれる。
顔が急上昇してわたしと眼が合わさったのが恥ずかしかったのか、またも眼を伏せ気味になりながらも、
「……どうしてわかったの。天才、だからかな、羽田さんが」
『天才』云々はどうでも良いんだけど、
「たまきさん」
とわたしは呼び掛けてから、
「『どうしてわかったの』は、わたしの専売特許なフレーズなんだけどなー。勝手に奪われちゃうのは、イヤかも☆」
× × ×
「たのしかったねぇ」
わたしの前をゆく松若さんが言う。
なお、たまきさんは、恥ずかしさが癒えないのか、わたしの数メートル後方をトボトボと歩いている。
「まだこんな時間なんだし、別のカフェに入って『2次会』でもする?」
松若さんが、わたしの方を振り向いて、そう訊いてきた。
「カラオケとかはどう?」とわたし。
「ん~~。羽田さんが、突き抜けて歌が上手いからなぁ」と松若さん。
「たまきさんも完全に復調してないし、カラオケはまた今度が良いかもしれないわね」
わたしは松若さんに応答する。
――その、次の瞬間だった。
視力抜群のわたしは、良く見知った人物が前方から歩いてくるのを、視界に捉えたのである……!!
その人物の性別は?
オトコノコ。