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【愛の◯◯】上手に、主体的には、なれないけど。

 

作画作業を一旦止め、椅子の向きを180度変え、俺のベッドに腰掛けている大井町侑(おおいまち ゆう)さんに向かって、

「くたびれてるんじゃないの? 連勤で」

と声掛けする。

大井町さんの眼がやや大きくなる。

彼女は、

「どうしてわかったの」

俺は、

「連勤はくたびれるモノでしょ。きみは新入社員なんだから、ひと息つこうと思っても、ひと息つくコトがなかなかできないんだろうし」

彼女は眼を見張りつつ、

「冴えてるのね、あなた。社会に出ていない身分だとは思えないぐらいに」

俺は彼女から眼を離さず、

「なんとなく、把握できるんだよ。なんとなく、なんだけどさ」

彼女が俺を見つめてくる。見つめながらに何かを考えている風な様子だ。

やがて、彼女は眼を閉じた。

それから、彼女は彼女の上半身をベッドの上にゴロン、と横たえた。

「申し訳無いけど、休ませてもらうわ」

と彼女。

「ご自由に」

と俺は言った後で、

「上半身だけじゃなくて、カラダ全部を横にしたら良いのに」

と付け加える。

「……新田(にった)くんのエッチ」

16歳のような声を漏らしてから、俺のコトバに素直になってくれて、彼女は彼女のカラダ全部をベッド上に横たえる。

 

× × ×

 

『何かしてきたら、3ヶ月間、この部屋に一切来てあげないから』、みたいな警告を彼女がしてくるコトは、無かった。

全身をベッドに預けてからすぐさま、彼女はささやかな寝息を発してきたのであった。

 

俺の作画作業はまだ中断している。

熟睡中の大井町さんを見守り続けているのだ。椅子に座り、両膝に両手を置きながら、熟睡の彼女をただジッと眺めるだけ。椅子をベッドに近付けたりはしない。椅子から腰を上げて間近で見下そうとか、そういう気にもなっていない。

頭の中で、彼女にかかっている負荷と俺にかかっている負荷を比較してみる。

どう考えたって、彼女にかかっている負荷の方が重い。忙しさの度合いが違い過ぎる。社会人としてバリバリ動き始めている彼女とモラトリアム人間の俺とでは、差は歴然としている。たしかに俺にも、『早く漫画家にならなければならない』というプレッシャーはある。しかし、彼女を常に圧(おさ)えつけてきていると思われるプレッシャーとは質も量も違い過ぎる。俺のプレッシャーなんて『プレッシャー』とは言えなくなってしまうぐらいに……。

そのうち、彼女はベッドから起き上がる。たぶん、くたびれは完全には癒えないだろう。目覚めた弾みでプレッシャーがぶり返してくるようなコトもあり得る。彼女が負荷に押さえ込まれ続け縛られ続ける……そういう懸念材料が確かにある。

彼女を追い込ませたくない。『追い込まれる』の逆の状態にしてあげたい。仕事休みの今日は貴重な今日だ。今日こそが彼女を癒やしてあげるべきタイミング。そして、癒やす役目を担うのは、俺。

大学時代のサークル同期の羽田愛(はねだ あい)さんや脇本浩平(わきもと こうへい)に、頼むよ、と言われているような気がする。

責任。義務。

俺は、なってみたい……もっと、主体的に。

 

× × ×

 

眠気が残っているのか眼をこすった後で、両眼をパチクリとさせる。

その後で、寝起きの大井町さんは背すじをより一層ぴん、と伸ばす。

連動して、もともと長い彼女の脚も伸びているように見え、俺は少し恥ずかしいキモチになる。

――だが、こんなザマではダメなので、大げさ過ぎるほどの深呼吸をしてから、

大井町さん。おはよう、なんだけどさ」

と、眼と眼を合わすのを心掛けつつ言い、

「やっぱり、2時間にも満たないお昼寝だけでは、きみの肉体疲労とか、ストレスとか、プレッシャーとか、抜け切るはずも無いと思うんだ」

と真剣に言う。

大井町さんは一瞬眼を見張る、のだが、苦笑い顔になっていって、

「どーしたのよ。なんだか、深刻に心配し過ぎてるみたいじゃないの」

俺はすぐに、

「……し過ぎるさ」

という声を、彼女の耳に届くように、こぼしてみる。

やや戸惑ったような顔になって首を傾げる彼女が、

「どうしたのよ? 今のあなた、カラダがカタくなり過ぎてるみたいだし、話す声もマジメになり過ぎてるみたいで……」

と言ってくる、のだが、

「――そうか」

と応答してからすぐに、俺はバアッ! と椅子から立ち上がって、

「今のままじゃ、良くないよな。普段の、情けない新田俊昭(にった としあき)のままじゃあ」

と、チカラを籠めて、言う。

大井町さんの顔から眼は逸らさない、逸らしたくない。見下ろし続けて、足を前に進めていく。

彼女がかなりの猫背になった。コトバも出せない。

「立てるだろうか」

俺は訊く。

約10秒間の無言の後で、

「わたしを立たせたいの? ……理由は?」

と、少し弱めの声で、彼女は訊き返してくる。

「『癒やしたい』って言ったら、キモいオトコだときみは思うか」

俺は訊き返しに対して訊き返す。

「いやし……たい? いやしたい……って、なあに??」

混乱が始まったかのように彼女も再度訊き返す。

彼女とほとんど距離の無い地点で立ち止まっている俺は、

「これまで」

と言ってから、

「きみの方から、ベッタリくっついてきたり、ギュッと包み込んでくるコトは、結構あったと思うんだけどさ」

と言い、自分の首すじをポリポリと掻きながら、

「『俺から』は、全然だったよね」

と言い放つ。

彼女は彼女のジーンズの両膝に視線を食い込ませて、無言状態。

……押していきたいから、

「俺からも、何かしてあげたくって。もっと言うと、助けたくって。だから、立ち上がってくれないだろうか。……立ち上がらせる理由、弱いかもしれないが」

と一気に言ってみる。

微妙な沈黙が室内に下りた。

……だが、

「『たまには、積極的になりたい』って、そんな感じのコト、思ってるんでしょ、あなた」

と言いながら、彼女が、腰を浮かせ始めてくれた。

彼女が完全に立ち上がった。

そのゼロ秒後に抱き締めた。

死ぬ気で彼女の上半身を両腕で包み込んだ。互いのカラダがぶつかるように重なった。彼女を痛くさせてしまった確信があった。だけど、無我夢中だったし、謝る余裕なんて無かった。

彼女の熱が伝わるごとに心拍数が増加した。

「ヘタな抱き方。」

彼女からの声があった。からかいの如き声音で、意外だった。

「高校1年の時に最初につきあった男子の方が、抱き方、上手だった」

彼女のコトバによって冷や汗がダラダラ流れるけど、

「でも、わたし、今、ハッピーな気分よ。あなたを見直した。あなたを大好きな度合いがすっごく上がった。……やるじゃないの。しばらく、離さないでね」

という声も、耳に届いてきた。

 

 




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