午後4時過ぎ。グラウンドを見下ろせる位置に自販機が並び立っている。赤色の自販機の前におれは立っている。
小銭を入れる。ボタンを押す。がっこん♪ と投入口に落下音が響く。
おれが取り出したのは黄色い缶のコーヒー飲料だった。『マッ缶(かん)』の愛称がよく使われるコーヒー飲料だ。千葉県を舞台とした某・青春ラブコメライトノベルの主人公が愛飲(あいいん)しているコトで有名。
この学校は千葉県ではなく東京都に所在しているんですけどね。
あと、某・青春ラブコメライトノベルが大人気だったのって2010年代だし、おれらの世代からするとちょっと旧(ふる)い。
……余計なる段落を2つも挟み込んでしまいながらも、すごく甘いコーヒー系液体を喉に流し込んでいくおれがいる。
缶の中身を喉に流し込み切った後で、ゴミ箱に近付き、空き缶を投入しようとする。
ゴミ箱の内部に空き缶の音を響かせた直後。
ざくっざくっと道を踏みしめる音が、おれの後方から聞こえてきた。
振り向くと、
「やはりトヨサキだったのか!」
と、黙っていれば素晴らしき美少年である同学年男子生徒が、笑顔を輝かせながらおれに迫ってくる。
そう。高垣交多(たかがき こうた)は、『黙っていれば』申し分(ぶん)の無き美少年なのである。
だがしかし、
「トヨサキよ、クラスの方の『仕事』はいいのか? 『出し物の準備』という責務が、在校生徒のひとりひとりに与えられているではないか。学祭(がくさい)という大いなる行事は明後日(みょうごにち)に迫っているんだぞ? サボタージュなどしていたら、クラスの面々から後ろ指をさされるんではないのか?」
……いつもと変化の無い調子で語りかけてくる高垣に胃が痛くなりながらも、おれは、
「おまえだってサボりだろ高垣。そっちの方が『後ろ指』の心配をしたらどーなんだ」
しかししかし、おれのツッコミを少しも意に介さず、美少年は両手を大仰に広げて、
「――後ろ指なら、もう呆れるぐらい、さされてきたさ」
「はあ!?」
思わず顔をしかめてしまうおれがいた。
微塵(みじん)も構わず、
「テンションが浮上していないように見えるぞ、トヨサキ。大いなる学祭を前にして、そんな風なままでは、充実していく秋の一瞬一瞬を十二分に味わえない……」
何が言いたいのか。
『諸々(もろもろ)の事情』によって、テンションが浮かない状態になっているのは、図星だが。
「ヒトコトで表現してやろう」
両手を広げたまま、自尊心にあふれた美しき顔を煌(きら)めかせて、
「『人生で1番楽しんでやる』というキモチで、11月1日からの3日間を楽しむべきなのだ」
と高らかに言う高垣。
11月1日から3日までの3日間が、今年の学祭の開催期間。
……にしても、『人生で1番』、と言ってきたか。
いつものコトだが、大げさ過ぎるぐらい大げさな表現を……。
「呆れているようだな」
そう指摘する高垣の顔は卑怯なキラメキを放ち続けている。
高垣は、
「これも、大切なコトだが――」
と前置きしたかと思うと、
「高校2年の秋は、人生で1度きりの秋だ。きみにとっても、ぼくにとっても、そのコトは同じだ。……平等に与えられた、1度きりの季節であり、かけがえの無い季節なのだ」
と諭(さと)すように言ってきて、
「社会に出てしまったら、こんなかけがえの無い秋を味わえるコトは、もう無い。――そうだろう?」
× × ×
「『人生で1番』とか、『人生で1度きり』とか、『かけがえの無い』とか、誇張(こちょう)表現を矢継(やつ)ぎ早(ばや)に繰り出してくるんだもんな」
「うわっビックリした!! なんなのトヨサキくん、いきなりヒトリゴト!? 心臓に悪いから自重してよ」
教科書通りに、タカムラかなえに怒られる。そんな、下校時刻30分前の、旧校舎【第2放送室】。
『自重してよ』と怒られた。
しかし、あえて、
「なあ、タカムラ。おまえに質問するんだが」
「……?」
黙(もだ)しつつ疑念の眼つきのタカムラに、
「高校2年の秋は、人生において、どれだけ『かけがえの無い』季節だと思う?」
と、引き締めた声で問うてみる。
困ったような口元になるタカムラかなえが、
「な……なに、それ。まるで、高垣交多くんが言いそうな、芝居がかったコトバじゃん……!」
即座におれは、
「『高垣インスパイア』だ。さっき、高垣と顔を合わせてな」
と言い、
「あいつが強調してたんだよ。高2の秋ほどに『かけがえの無い』秋も、そうそう無い……みたいにな」
と言って、おれと違って起立状態の同学年女子の顔を、まっすぐ見上げる。
戸惑って、眼を逸らす……そんな、普段とは異なる『強くない』タカムラかなえの姿を、おれは目の当たりにする。
タカムラが逸らした視線の先にある【第2放送室】入り口ドアの小窓(こまど)が、秋の陽(ひ)の光によって仄(ほの)かに光っている。