本田(ほんだ)くるみ先輩の髪がまた伸びている。背中の中心部まで伸びていると思われる。
『男子にモテそうな長い髪だな……』と思いながら、おれから見て右斜め前の椅子に座っているくるみ先輩に眼を傾けていたら、逆サイドから、
「くるみ」
と言う声が聞こえてきた。
おれから見て左斜め前の椅子に座っている寺井菊乃(てらい きくの)先輩が、くるみ先輩に呼びかけたのだ。
「なーに? 菊乃」
問うくるみ先輩に対して、
「『モテっ子レベル』がまたアップしたんじゃない?」
という指摘をする菊乃先輩。
おれと同じようなコトを思っているようだ。
「もっと具体的に言ってよぉ」
くるみ先輩は苦笑しながら催促する。
「ロングになった髪が、ますますロングになった」
テーブルを挟んで向かい合っているくるみ先輩目がけた菊乃先輩の声。
おれにはその声が背後から聞こえてきた。くるみ先輩の方に眼を寄せていたからだ。
「髪以外でお願いしたいんですけど」
苦笑のくるみ先輩がまた催促。
微妙な間(ま)があく。
『なぜ、菊乃先輩は沈黙を……?』と、くるみ先輩方面に眼を寄せたまま思っていたら、
「絶妙な膝丈(ひざたけ)のスカート」
と、沈黙を破る菊乃先輩の声。
くるみ先輩が慌て出して、
「ちょっちょっと菊乃ッ!? いきなり視線下げてこないでよっ、わたしの膝丈スカートがそんなに気になるのっ!?」
おれの視線も下がってしまい、くるみ先輩が膝丈スカートを両手で懸命に押さえ込んでいるのが眼に食い込んできてしまう。
……もちろん、眼はすぐに離したのだが。
離した目線は今度は菊乃先輩方面へと向かう。
余裕しゃくしゃくの笑顔。『ふふーん♪』と言わんばかりの余裕の笑みである。
「スケベスケベスケベ。菊乃のスケベ」
騒ぎ立てるくるみ先輩の声が、おれの背後から。
「仕返ししてやる。女子同士だからって、そんな不埒(ふらち)な下半身への眼の寄せ方、あり得ないっ」
喚(わめ)くくるみ先輩。
構うコト無く、菊乃先輩は、
「くるみ? あんた、スカート押さえっぱなしだけど、わたしの視線に対して何の防御にもなってないよ?」
おれはますます、くるみ先輩方面に眼を向けるのが難しくなってしまう……。
「菊乃のヘンタイっ、もー怒ったっ、トヨサキくんに、今ここで、菊乃の『最大の秘密』バラす」
エッ。
なんですかそれ、くるみ先輩。
菊乃先輩の、最大の、秘密?
おれ、身構えざるを得なくなってくるんですけど。『最大の秘密』がいきなり明らかになるなんて、ココロの準備が……!
たぶん、今この場所、放課後の放送部ルームにおいて、菊乃先輩よりも、おれの方が、緊張感の度合いがよっぽど高い。
菊乃先輩をチラ見してみる。落ち着いた微笑(びしょう)だ。
くるみ先輩をチラ見してみる。カラダとココロがワナワナと震えているのを感じ取る。キツく握り締められている右手。
くるみ先輩とおれの視線が合わさった。
キツい眼つき・キツい声音で、くるみ先輩が、
「あのね、トヨサキくん!!」
と言ったかと思うと、
「寺井家(てらいけ)のね、菊乃の部屋ってね、なんと……畳部屋なんだよっ!!」
エッ?
それが……くるみ先輩がバラしたかった……菊乃先輩の『最大の秘密』……?
「あのぉー」
正直肩透かし気分のおれは、くるみ先輩に、
「自分の部屋が畳部屋な高校生って、それほど珍しくないと思うんですが?」
おれの反応が予想外だったのか、くるみ先輩の表情が弱り始め、握り締めていた右手も開かれる。
それから、
「とっトヨサキくんは、『データ』でも、持ってるの??」
と、くるみ先輩の口から、チカラの無い声。
「『データ』?」
おれが訊き返すと、
「ほ……ほらっ、『東京都内の女子高校生の何パーセントが、自分の部屋が畳部屋なのか』みたいな、そーゆーデータ。『統計』ってやつだよ、『統計』」
さほど間(ま)を置かずに、おれは、
「そんなの、眼にしたコトも無いんですけど、一切」
と素直にコメント。
「くるみちゃーん」
菊乃先輩の軽快な声が聞こえてきたかと思えば、
「『統計』だとか言ってあがいたって、トヨサキくんには効き目無いよ? 『偏見』って漢字2文字、わかるよね。高校3年生の2学期なんだしさ。『偏見』持ってるのは、明らかにくるみの方なんじゃん♪」
と、くるみ先輩に大きなダメージを与える、ダメ押しの声。
いかにも悔しそうに、くるみ先輩は手元のテーブルに視線を落とす。
少し可哀想になって、おれは、やり込められたくるみ先輩に眼を凝らす。
「……このままじゃ、下校できないっ」
やがて、くるみ先輩の口からそんなコトバが発せられた。
放送部ルームに立てこもる……つもりなんて、無いよな? 菊乃先輩に負けっぱなしとはいえ、そこまで諦めが悪くは……。
くるみ先輩は次に何を言ってくるのか。彼女に依然眼を凝らしながら、おれは待ち構える。
「……ねぇ。トヨサキくん。キミはさぁ」
口を開いたくるみ先輩が、おれに向かって問いかけようとする。
おれはゴクン、と唾(つば)を飲む。
……が、
「菊乃の畳部屋の、どの位置に、タンスが置かれてると思う?」
という、どう考えても『予想の斜め下』に過ぎないクエスチョンが来てしまったので、
「くるみ先輩、もしかして……そういうコトを訊くコトで、菊乃先輩にダメージを与えられるとでも思ってるんでは」
とおれは言い、
「タンスなんて、置かれる位置が違っても、変わりなんて――」
と、やんわりと言うのだが、
「じゃ、じゃ、じゃあさ!! 菊乃の、畳部屋の、タンスの中には、いったい、何が入ってると思うかなあ!?」
とくるみ先輩が絶叫し、おれに向かって過剰に前のめりになってきたので……のけ反(ぞ)り姿勢にならざるを得なくなる。
流石にビックリだ。
おれのコトバを遮るように突然絶叫してきたくるみ先輩がいたから。
しかも、彼女はカラダを一気に近付けてきていた。条件反射の結果がのけ反り姿勢だった。
彼女が元の姿勢に戻ってくれれば、心拍数も落ち着くし、背中に汗も浮かばなくなる。
しかし、彼女は、前のめりによる接近をなかなかやめてくれない。
だから、鼓動の速度が上がり、背中がジュワァッ……と湿りを増していく。
マズいぞ。
これは、マズいコトだ。マズい状況だ。
言い寄られる、というかなんというか……的なシチュエーション。
おれに迫らんとする本田くるみ先輩の顔はとても真剣になっている。
真剣になっているし、男子ウケの良(い)い顔立ちの彼女だから、『離れてください』とか『落ち着いてください』とか、そんな風なコトバが全く出せなくなるぐらいに……おれはテンパってきている、正直。
姿勢を維持したままに、くるみ先輩が、
「もう1回言うけど!! 菊乃のタンスの中に、何が入ってるって思う!? キミの思いつくままに何でも言っていいよ!? 複数回答OK!! でも、『靴下』だとか、そういう平凡な回答は、カウントしてあげない――」
「くーるーみー」
菊乃先輩の鋭い声に、くるみ先輩はたじろぐも、
「きっ菊乃は黙っててっ、イマ、とってもいいトコロなんだよ、クライマックスなんだよ!?」
と、声を振り絞る。
しかしながら。
菊乃先輩の方から、おれに、
「トヨサキくんトヨサキくん、今から、キミを助けてあげるから。くるみの束縛から、キミを解放してあげるから」
というコトバが届いてくる。
くるみ先輩が、ココロが青ざめ始めたような表情になる。
くるみ先輩の異変に少しも構うコト無く、菊乃先輩は、
「さっき、『絶妙な膝丈のスカート』ってくるみをホメたじゃん? その、膝丈スカートに、『密接に関連するコト』なんだけど――」
「ストップストップストップ!! 菊乃ストップストップストップっ!!! わたしが悪かった悪かったゴメンナサイゴメンナサイ」
強烈な絶叫を放送部ルーム内にくるみ先輩が響かせた。
……スカートを、両手で全力で押さえながら。