「利比古(としひこ)の後輩とずいぶん親密みたいだな」
『親密』という表現は少し如何(いかが)なモノかと思うけど、
「距離がどんどん縮まってるのよ。昨日の午前中もタカムラかなえちゃんとビデオ通話したの」
と、アツマくんに応える。
「おれがマンションから追い出されてた時間帯だな。……利比古の4つ下の女の子だったよな? タカムラさんって子は」
「そーよ。とってもいい子なの」
お漬物をパクついたかと思うと、箸を完全に置き、卓上で両手を組み、アツマくんがわたしの顔をジワァッ……と見つめてくる。
どうしたってゆーのよ。
「とってもいい子なのなら」
真面目な色の混じり始めた声で、
「おまえに弱みにつけ込まれてないかどうか、心配だ」
ちょっと待ちなさいよアツマくんっ。
わたしが『弱みにつけ込む』!? 可愛い年下の女の子にそんな真似(マネ)するワケ無いでしょーがっ。
免れがたく睨みつけ始めていくわたしに、
「おまえは、美人だけど、ハッキリ言って、性格が悪いから」
と彼がコトバを投げつけてくる。
さらに、
「高校生の子とかとビデオ通話するような時は、おれが近くで見張っとらんといけんのかもしれんな」
と首筋をポリポリ掻きながら言ってくる。
怒りの温度が一気に上がったわたしは、
「そんなに危険なオンナだっていう認識だったの。ショックだわ」
とトゲトゲしく言い、
「わたしのコトを何処(どこ)かで誤解してるみたいね……」
と全身ピリピリ状態で言い、それから、
「晩ごはんなんか作るんじゃなかった。せっかくレシピを頭に叩き込んでたのに、作って後悔した」
と言いながら、握り締めた両手で卓上をごん、と叩く。
アツマくんの眼も鼻も耳も口も見てあげずに、
「ごちそうさまっ」
とコトバを吐き捨て、腰を浮かせる。
わたしの茶碗の中の炊き込みご飯は全然減っていない。
大根と油揚げの味噌汁もそぼろ豆腐も鮭の和風ソテーも全然減っていない。
後味が最悪だ。ソファの上に全身うつ伏せになった瞬間に後悔が立ち昇ってきた。
わたしの方が言い過ぎだった、たぶん。
『美人だけど、性格が悪い』っていう彼の言い回しを聞き流すだけで良かったのに。
……でも、さっきのアツマくん、そんなお決まりの言い回しの後で、『ビデオ通話する時は、見張っとらんといけんのかも――』とか言っていた。
あれは、素直に許容できない。
監視役になる彼氏なんかイヤだ。
たしかに、わたしも言い過ぎだったけど、あの発言だけは取り消してほしい。
……だけども、わたしの怒りの度合い、やっぱり行き過ぎだったし、晩ごはんを投げ出したわたしを目の当たりにしちゃったから、アツマくん、謝りにくくて、『許してくれ』とか『さっきの発言は取り消す』とかゼッタイ言い出しにくくて……!
……だけどだけど、わたしの中では、『彼の方から謝ってほしい』ってキモチの方が、『わたしの方から謝るべきだ』ってキモチよりも、強くって……!!
ラチがあかない。
混乱したココロが落ち着きを見失う。
自分のコトも彼氏のコトも見失いかける。
眼をギュッと閉じる。カラダに余分なチカラを入れてしまう。
ソファのある場所まで彼が接近してくる気配が無いのも気になって仕方が無い。
息苦しくなってくる。
とうとう、わたしはわたしのカラダを裏返す。
仰向けで、呆然と、天井を眺め始める。
そのまま10分は経過しただろうか。キッチンの水が流れる音が聞こえてきた。
食器も音を立てている。2人分の食器。
半分は、わたしが全然食べなかった分の食器。
わたしが全然食べなかった分は、きっと彼が、『後で美味しくいただいた』んだろう。
アツマくんを太らせちゃった。
しかも、食器洗いを全部アツマくんに押し付けちゃった。
ひと晩寝たら、彼はお仕事なのに。余計な負担をかけちゃった。
「――わたしの方が、悪いのね」
天井に向かって呟く。
わたしの方が悪かった。わたしの方がダメだった。わたしの方がバカだった。
アツマくんの指摘は、正しいんだ。
「ココロをキレイにするコトが、どうしてもできない……」
天井に向かっての呟き、その2。
すれ違ったまま日付が変わったら、わたしたぶん泣いちゃう。
ココロがもっとキレイでもっとキチンとしてたら、すれ違いもすぐに元に戻るのに。
わたしは、弱い。
……もう1回、眼を閉じようとする。
その途端に、キッチンの水音が聞こえなくなる。
アツマくんが食器を拭き始めたのだ。
予感がある。
アツマくんは……手早く食器拭きを終えて、わたしがダメダメになっているソファまでもうすぐやって来る。
× × ×
ソファに仰向けのまま、
「ごめんなさい、わたしの分も食べさせちゃったから、今のあなたカロリーオーバー」
「なーに言ってんだ」
彼は、明るく、
「筋トレでもすりゃあ、カロリー燃やせるんだし。おまえが気に病む必要なんぞあるワケ無い」
わたしは、早口に、
「でもっわたしっ、いきなり食事投げ出しちゃったしブサイクな怒り方しちゃったしっ」
「料理はすこぶる美味かったんだから、OK牧場だ」
唐突に、昭和のギャグ。『OK牧場』だなんて。
だけど、なぜだか、彼の『OK牧場』によって、わたしのカラダが軽くなる。
仰向けなわたしを見下ろすアツマくんが、中腰になり、わたしの栗色の長髪に右手指をそっと触れさせる。
彼氏だからできる芸当。
彼女たるわたしは素直じゃないから、
「もうっ。髪にイタズラしてこないでよっ。くすぐったいじゃないのっ。彼氏だからって、やってOKなコトとOKじゃないコトがあるでしょ?」
と、本心とハンタイのコトバを浴びせる。
すぐさま、わたしのオデコに右手のひらを乗せてくる彼。
『あったかい』と思ったから、
「そういうスキンシップも、くすぐった過ぎるのよっ。もっと、彼氏として、弁(わきま)えて!?」
と、本心とハンタイのコトバを再度浴びせる。