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【愛の◯◯】後輩女子のコトで突っつかれたくないのに

 

エマニュエル・レヴィナスという哲学者についての入門書を読んでいる。しかし書かれている内容が頭に入ってこない。内容が難しいだけではない。夏休みが終わってから読書にあまり集中できていないのだ。

レヴィナスの入門書を閉じる。周囲に眼を配る。

【第2放送室】のある旧校舎から大きく離れた場所におれは立っている。

【第2放送室】のある旧校舎から大きく離れていないと不都合なのだ。なぜなら放課後のこんなおれの姿をタカムラかなえに見られたくないから。情けない読書を目撃されたくない。不甲斐ない読書を目撃されたくない。放課後に校舎の外の日陰に立って読書するのは以前からの日課だ。しかしこの頃はそんな日課が危うくなってきている。

安定していないトコロをタカムラかなえに見られたくない。半年近くに渡っておれに対して攻撃的な態度を示し続ける後輩女子に見られたくない。

周囲に入念に眼を配る。

タカムラかなえらしき人間の姿は視界に入ってこない。

 

× × ×

 

2学期に突入してから、以前のような態度でタカムラかなえに接するコトができていない。鉢合わせるとツラくなる。鉢合わせると視線がタカムラから逸れてしまう。タカムラの眼に眼を合わせられないのに耐え切れず、「逃げ」のコトバを吐いてその場から去ってしまう。鉢合わせになる可能性を出来る限り低くしたい。

 

きっかけは8月最終土曜日の夏祭りだった。

浴衣姿のタカムラを目の当たりにした途端に感情が揺らいだ。感情が揺らぐトコロなんて、関わりのある人間に見られたくなかった。たとえ感情の揺らぎを少しも覚(さと)られなかったとしても見られたくなかった。タカムラかなえという後輩女子には殊更(ことさら)見られたくなかった。

しかし成り行きで行動を共にするコトになってしまった。おれは衝動的にたこ焼きの代金を払ってやり、衝動的にかき氷の代金を払ってやった。夏祭りからの帰宅後、タカムラの食い物の金を全額負担してしまっていたコトを受け入れられず、深夜2時まで眠られなかった。

おれは未だにタカムラに借金返済の催促をしていない。そもそも催促するつもりもない。

ただ、「衝動的な全額負担」をしてしまった事実は10月に入ってからも消化できていない。自分で自分をコントロールできなかったがゆえの行動を思い返すと気持ち悪くなる。行動が取り消せないコトの重みもおれを押し潰そうとしてくる。

自分で自分をコントロールできなかった原因は明らかにタカムラかなえの浴衣姿だった。白地(しろじ)のところどころに青や黒の水玉模様がついていた浴衣姿だった。

 

× × ×

 

タカムラが視界に現れる気配がなさそうで少し安堵した。レヴィナス入門を読むのを再開する気は起きなかった。『この場を離れて校外に出てしまおう』というキモチが強くなってきていた。

足を踏み出そうとする直前、左サイドから女子生徒が通りがかってきた。

髪型はツインテールだからタカムラとは別人だった。

別人ではあるが面識のある女子生徒だった。

寺井菊乃(てらい きくの)という同学年の女子だった。

「マスダじゃん」

おれの存在に気付かないワケもなく寺井菊乃は目線もカラダもおれに向けてきた。寺井の眼を以前からおれは『サディスティックな眼だ』と思っていた。過度に攻撃的におれを見てきて過度に攻撃的な態度をとってくるワケではない。柔らかな眼つきとは真反対に見えるから『サディスティック』であると形容しているだけだ。もちろん、こういう認識を寺井には一生知られたくない。

「なにしてんの、こーんなトコで」

ツインテール同学年女子は微笑しながらおれに一歩近付いてくる。踏み出そうとした足が踏み出せなくなる。

校外へ行こうとした出鼻をくじかれた。面倒くさい状況に嵌(は)まり込んでいきそうな気配がしてくる。

「そのコトバはそっくりそのまま、おまえにお返しする」

おれは抵抗するが、

「わたし、『なにしてんの』って訊いてるんだけど。訊き返す前に答えてほしいんだけど」

と微笑で跳ね返されるから、

「……なんにもしてねーよ」

と言わざるを得なくなる。

「読書は? マスダって、放課後、こーゆー場所で立ちながら本読んでるコト多いじゃん。いかにも文芸部所属!! って感じでさ」

おれは少し顔をしかめながら、

「文芸部所属とおまえは言うが、3年の秋だから、半分以上は引退してるようなモノだ」

と言ってから、眼を険しくして、

「おまえの放送部は奇妙だよな。『3年の秋になっても部室兼放送室に居座り続ける』って伝統があって」

ツインテールの放送部副部長は微笑を崩さず、

「マスダにそんなコト言われたくないんですけど」

と軽やかに言い、

「わたし、本校舎の部室兼放送室から旧校舎の【第2放送室】に移動しようとしてたんだけど、気が変わった」

不都合な感情のようなモノがおれの中で形作られ渦巻き始める。

【第2放送室】というコトバが耳に響いたからだ。

【第2放送室】を拠点にしている『KHK(桐原放送協会)』のタカムラかなえ。タカムラの拠点に寺井は赴こうとしている。寺井とタカムラは仲がいい。寺井が姉貴分でタカムラが妹分のようにも見える。

寺井がこの場でタカムラの名前を出してきたなら、タカムラに対して複雑な感情を抱いているおれは、寺井から逃げたくなってきてしまう。

嫌な予感は的中して、

「マスダさぁ。かなえちゃんとの『敵対関係』を修復するつもりはないの? 先輩の方から歩み寄るのが筋(スジ)ってもんじゃないの?」

と、おれの内側で最も弱っている箇所の1つを突っつかれてしまう。

「グズグズしてると卒業式だよ。高校生活終わっちゃうよ。ギスギスしたまま、かなえちゃんを置き去りにしちゃうなんて、わたしはどーかと思うけどねえ」

『置き去りにしちゃう』という表現に過敏に反応するおれは、

「おれはおれで、タカムラはタカムラなんだっ。干渉し過ぎるコトなんて、あいつは望んでねーだろっ」

と強めに言い、

「おまえはずっとタカムラの味方だよな、『かなえちゃん』って下の名前呼びで、親しさを強調して……!」

と、語気(ごき)をさらに強くする。

「マスダぁ」

ニヤけた声の寺井菊乃は、

「あんた、荒れてなーい?? そんなあんたを下級生に目撃されちゃったりしたら、評判が落ちちゃうかもよ?? せっかく、『読書姿が似合う文芸部のクール男子』ってイメージが定着してんのに。もったいなぁい」

うるせぇよ……!!

 

 

 




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