『あんたはいつまでパラサイト・シングルを続けるつもりなのかねえ』みたいに母に言われるコトが増えた。『30を過ぎたんだから、もっと危機感を持ったらどうなんだ?』みたいに父に言われるコトも増えた。
ひとり娘をコトバでチクチク刺してくる両親に対しては、『わたしにも考えはあるから』と言うコトで対処している。嘘はついていない。考えがあるのは紛れもない事実である。ただ、その『考え』というモノが具体的にはいったいどんなモノなのか、両親にはまだ伝えるコトができていない。
伝えるコトができていないのは、デリケートな◯◯が絡んでくるから。『◯◯の中身は何ですか?』という疑問の声がどこからともなく聞こえてきたら、『中身が言えたら苦労しません』と答えるだろう。
× × ×
パラサイト・シングルの朝はスポーツ新聞を読むコトから始まる。わたしは高校の教員で、『スポーツ新聞部』という世界でオンリーワンの部活の顧問をしている。ゆえに、(もちろん自腹で)某・スポーツ新聞を購読しているのである。スポーツ情報をたくさん仕入れていないと、部員の子たちの話についていけないのである。
「澄(すみ)、スポーツ新聞をテーブルの上に広げてたら、朝ご飯が置けないじゃないの」
母のコトバが降(ふ)りかかってきた。
応戦のわたしは、
「わたしの教え子が、来年からスポーツ新聞社の記者になるの。これって、スゴいコトだと思わない?」
と言いながら、某・スポーツ紙を両手でパサリ、と持ち上げる。
「『高校生作文オリンピック』で『銀メダル』を獲ったって娘(こ)?」
わたしの眼前(がんぜん)に朝食のお皿を素早く置きながら、母が言う。
「そう、その娘。わたしの誇れる教え子よ」
閉じたスポーツ紙を胸に抱くというオーバーな仕草と共に、わたしは言う。
「あんただけの手柄じゃないでしょーに。なんでもかんでも『わたしが育てた』って言うのは、どうかと思うわよ?」
たしなめ口調で言ってくる母。
わたしはそんな母をスポーツ紙を抱いたまま睨みつける。
× × ×
今まで、『スポーツ新聞部』から、たくさんの子たちを送り出してきた。
どの子も、教え甲斐があったし、育て甲斐があった。
中でもやっぱり、戸部(とべ)あすかさんは極めて優秀で、彼女が『高校生作文オリンピック』で『銀メダル』に輝いた時には、校内において『社会現象』のようなモノが巻き起こされ、スポーツ新聞部への注目度が一気に上昇した。
来年度からスポーツ新聞の記者として社会に出ていくあすかさんを見失わないようにしたい。そのためには、購読するスポーツ紙を2紙(にし)にしなければならない。もちろん、あすかさんが記者になるスポーツ紙を追加で購読するのだ。
『あすかさんみたいな人材を、もっと送り出したかったな』
そんな風にココロの中で呟いてしまう時がある。
『送り出したかったな』という言い回しになっているのは、わたしの勤続年数が『大台(おおだい)』に届きかけているから。
× × ×
当然ながら、来年の人事の話なんて生徒たちに言ってはいけない。賢い子なら、『それ』を感じ取ってしまうのかもしれないけど、公表されるまでは黙秘を貫いておく。
放課後の活動教室のドアを開けてみたら、男子生徒2人だけが滞在していた。
どちらも2年生である。ノジマくんとタダカワくん。
ノジマくんは野球記録などの数字に強く、タダカワくんは試合観戦のレポートを書くのに長(た)けている。
わたしは、ノジマくんの間近にある机の椅子を引き、腰掛けてから机上(きじょう)で両手の指を組む。
「他の子はどーしたの? みんな取材?」
間近のノジマくんに訊いてみたら、
「1年女子は新体操部の取材に行きました。貝沢(かいざわ)部長は図書館に用事があるそうで、5時頃にこの教室に来ると言ってました」
と彼は答えてくれた。
「そーなのね」
と言いつつ、ノジマくんの顔から眼を離さずに、
「新体操部の取材に、1年女子かー。もったいないコトしちゃったねー」
怪訝そうになるノジマくんは、
「もったいないコト……? 1年女子を新体操部に行かせるのは、今週の月曜の時点でもう確定してましたし、そもそも、ぼくやタダカワは、最初から新体操部に行く気なんか……」
「ノジマくんって、そんなに我慢(ガマン)強かったの?」
敢えて、教師にはちょっと相応しくない問いを割り込ませてみる。
まだ怪訝のノジマくんは、
「……あのっ、椛島(かばしま)先生は、どういう意味でそう仰(おっしゃ)るんでしょうか」
わたしは、わざとらしく前のめり姿勢になり、
「だって、新体操部なんじゃないの!!」
迫られたが故(ゆえ)にたじろぐノジマくんが、
「でっですから、ぼくには、先生のコトバの意図が」
前のめり状態をやや緩和してあげるわたしは、
「ノジマくんって、どこまでも『健全』だったのねぇ」
と、上司の先生に聞かれたらマズい事態になりそうな発言を送り届けてしまう。
この発言の意味を最初は呑み込みにくそうなノジマくんだったけど、彼の顔はやがて、ほのかな朱(しゅ)に染まっていくのだった。
タダカワくんが席を立つ音が聞こえてくる。
赤面のノジマくんと向き合い続けるわたしに寄ってきて、
「先生。生徒からは、あまり意見してはいけないのかもしれませんが、お上品ではないコトバを連発してしまうのも、如何(いかが)なモノかと」
と、『もっとも』な注意をしてくる。
わたしは前のめり姿勢になるのをあっさりとやめて、
「タダカワくんの言う通りね。タダカワくんが正しいわ。――ノジマくん、ごめんなさいね、わたし、女性教師の権利を濫用(らんよう)して、ハラスメント寸前の行為をしちゃっていたわ」
と謝る。
タダカワくんから、
「……なんなんですか、『権利を濫用』って」
というツッコミが飛んでくるけど、お構いなしに、
「わたし無自覚だった。ヒトは誰もがデリケートな側面を持ってるってコトに。わたしはノジマくんのデリケートなカサブタを剥がそうとするような真似をしちゃってた。お給料減らされても、文句言えない」
顔の赤みが少し和らいだノジマくんが、
「あまり、気にしてませんから。ハラスメントだとか、思ったりしてませんし」
わたしは、オトナな笑顔を創(つく)り上げて、
「ありがとう」
のひらがな5文字を言ってあげる。
「……どういたしまして」
と言ってくれるノジマくん。
ここで、わたしから見て右斜め後ろ辺りに立っている、背の高いタダカワくんが、
「椛島先生って、ときどき――」
と言いかけるけど、コトバがいったん停まってしまう。
「どうして言い切らないのかな。意見も不満もわたしは大歓迎よ?」
右斜め後ろに視線を寄せて促すわたし。
「それなら、申し上げますけど」
そう言ってから、タダカワくんは、短く息を吸い、それから、
「ときどき――女子高生みたいになりますよね? 具体的には、休憩時間におしゃべりしてるクラスの女子みたいなしゃべり方になったり、発言内容も、休憩時間のクラスの女子がしゃべるようなコトの引き写しみたいになったり」
わたしは、タダカワくんの貴重なるご指摘を耳に入れた瞬間に、ジンワリとした微笑みをタダカワくんにプレゼントしてあげるのをガマンできなくなる。
タダカワくんは、困惑。『なんでこの先生は、怒ったりテンパったりしないで、余裕で微笑(わら)っていられるんだ!?』とか、思っていそう。
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タダカワくん、鋭いご指摘、ありがとう。
わたし、「実家暮らし」だっていうのが、ときどき実年齢の半分ぐらいの幼さを見せちゃう理由になってるんだって思うの。
自立できないから、教え子よりもコドモになっちゃうのね。
もっとちゃんとしなきゃね。あなたたちだって、『もっとちゃんとしてほしい』ってキモチは否定できないでしょ?
ちゃんと自立していかないといけないわね、いろんな意味で。
……「自立する」ってコトには、「巣立つ」ってコトも、含まれてくると思うけど。