夕方。マンションのリビングで明日美子(あすみこ)さんと通話している。『話し相手になってよぉ~~』と明日美子さんの方から電話をかけてきた。わたしも退屈しかけていたトコロだったからちょうど良かった。
通話の流れの中でアツマくんが俎上(そじょう)に載せられた。俎上に載せたのはもちろんわたしの方だった。仕事から帰ってきた後のアツマくんが如何にだらしないかを明日美子さんに伝えた。夕食後の彼のくだらない発言、夕食後の彼のくだらない行動。彼の実のお母さんたる明日美子さんにそれらをどんどん説明していくと、どんどん愉快になってきて、笑いが顔じゅうに拡がるのを食い止め切れなくなる。
説明しまくったせいで喉が乾き、スマートフォンを丸テーブルに一旦置いてアイスコーヒーをカラダの中に流し込んでいたら、
『アツマのおかしな振る舞いを聴くのも、楽しいんだけどぉ』
という明日美子さんの声が聞こえてきて、
『今日はね、用意してたのよ。何を用意してたかって言うと――わたしの、JK時代の、オ・ハ・ナ・シ』
えっ、なにそれ超気になる。
明日美子さんが女子高校生だった頃のコトを、明日美子さんが話してくれる!
傾聴(けいちょう)しないワケにはいかない……!!
× × ×
「あなたのお母さんの自分語りがすっごく面白かったのよ」
夕食の片付けはとっくに終わっている。ソファに座って◯リラッ◯マのぬいぐるみを抱き締めながら、夕方の通話のコトをアツマくんに話していこうとする。
カーペットにあぐらをかく明日美子さんの息子は、右手で頬杖をつきながら、
「母さんがまた、JK時代の出来事を開示したってか」
「あなたって気味が悪いぐらいカンが鋭いのね」
若干苦い顔になる彼氏は、
「息子だからな」
と応える。
わたしは、
「とある放課後。明日美子さんが、トモダチ女子と教室に残っていて」
と、彼女の面白エピソードを紹介する流れを作り始めて、
「トモダチ女子と、『佐野元春(さの もとはる)のアルバムの中で最高傑作は何か?』って議論していたんだけど――」
× × ×
「――トモダチと仲直りに成功するまでに、ずいぶんヘンな道のりを辿ったんだな」
「それがいいんじゃないの」
「いいかあ? 『女子って、昔っから、人間関係がもつれると相当面倒くさいコトになるんだな』って感想をおれは抱いたんだが」
「思わなかったの? 『体育倉庫の裏には、告白以外にもいろんな用途がある』って」
『佐野元春アルバム論争』が下校時刻まで終わらなかったせいで、明日美子さんとトモダチ女子がギクシャクし始めてしまい、教室での席が近かったにもかかわらず、1週間以上ほとんど会話ができなかった。でも、意を決した明日美子さんがトモダチ女子を体育倉庫裏に呼び、明日美子さんの方から『ごめんなさい』を言い、めでたく仲直りに成功したのだった。
「体育倉庫の用途云々は、いいとして」
わたしの話に乗り切ってくれないアツマくんは、
「『佐野元春アルバム論争』に、結論は出たんか?」
抱き締めていた◯リラッ◯マぬいぐるみを膝上に置いてから、わたしは、
「それは、このエピソードの本質じゃないでしょ。佐野元春は、このエピソードの脇役に過ぎないの。もうちょっと正確に話を理解してもらいたいトコロね」
「ふうん」
なによあなた。
せっかくあなたのお母さんの意外な側面を伝えてあげようとしてるのに、どうしてそんなに薄い興味しか示さないの?
実の息子なんでしょ!? 明日美子さんが可哀想よ。
視線を尖らせてアツマくんに不満を示していくわたしがいた、のだが、
「ところでさあ」
と、本当にいきなり、間の抜けた声をアツマくんが発してきたから、わたしのカラダに強張(こわば)りが兆す。
なんだか、アツマくんの目線が下降しているような気がする。不埒(ふらち)なニュアンスすら感じ取ってしまう目線。
おバカなアツマくんの方がまだマシだ。スケベなアツマくんは、アツマくんらしくない。アツマくんの本質じゃない。
それなのに、どうして、脚フェチに急激に変貌しちゃったみたいに……。
「おまえは、夕食時に既に、そのパジャマに着替えてたワケだが」
◯リラッ◯マぬいぐるみを握る手が弱まるわたしに向かって、
「昨日に引き続き……中学生が好きそうなパジャマ、着てるよなあ。今日はパジャマズボンの丈がショートだから、なおさら幼く見えちまう」
× × ×
暴力を振るった後でリビング奥の「わたし占有スペース」に急行したわたしは、ノートの見開きの端から端まで、アツマくんを非難するコトバを暴力的に書きつけていく。
右手にチカラが入り過ぎたせいで、ノートの紙に穴が開いてしまう。
カラダの怒りの熱は収まっていない。罵詈雑言(ばりぞうごん)を記すコトで怒りの熱を冷まそうとするけど、思うようにいかない。
『彼の胸板(むないた)を再び連打しまくるしか、『熱冷(ねつさ)まし』の方法が無い……!』
そう思い始めて、壁向き目線を180度転換させる。視線の延長線上に、項垂(うなだ)れ気味にあぐらをかいているアツマくん。
項垂れているのは、さっき胸板をパンチし過ぎたからかもしれない。彼なりに反省しているのかもしれない。
チクリ、と蜂に刺されたような感覚を胸に覚えた。胸板をパンチし過ぎたから、わたしの胸にも痛みが来ちゃったのかも……。因果応報?
わたしに籠もり続ける熱の上手な放出方法がわからなくなってくる。
もしかしたら、彼を再度痛めつけるコトで熱を発散させようとするのは、間違った方法なのかもしれない。
漫画やアニメの往年の暴力ヒロインみたいな態度を取り続けるのは、たぶん、良くない。八つ当たりしてしまったら、彼をますます落ち込ませてしまう。
わたしの中に溜まっているやり場の無い怒りの熱は、バイオレンスな方法とは異なる方法によって、昇華(しょうか)されなければならない。
そうであるのならば、どんな方法を選択するのか?
パジャマズボンが短いから露出している両膝に両手をくっつけて、模索を始める。
× × ×
「アツマくん、わたしの下の名前は、なんだっけ」
項垂れアツマくんの背後に立ち、穏やかな声音(こわね)になるよう努力して、答えのわかり切っている問いをあえて投げかけてみる。
わたしの彼氏は、わたしに背中を見せ続けながらも、
「……愛(あい)。」
と言ってくれる。
「そーね」
わたしはわたしの好きなオトコノコを見下ろし続けながら、
「わたし、間違ってたわ。『暴力も愛』だと認識しちゃっていて、あなたの胸板への連続パンチを止められなかった」
一旦、コトバの溜めを作った後で、
「暴力以外のスキンシップの方が、きっと、純粋なる『愛』の行使なのよね……」
と、シットリと言ってみる。
「……カッコつけやがって。見た目とは裏腹に、ダサいセリフ言いやがって」
「問題は無いでしょ。ここには、わたしとあなたしか居ないんだから」
そう言いながら、腰を下ろし、彼のカラダとの距離を1センチ未満にして、
「わたし、今日のパジャマの『肌触り』には、自信あるの。あなたは、『中学生が好きそう』って、けなしていたけど」
と言った直後に、わたしのモスグリーンのパジャマを、彼の大きな背中に密着させていく。
「――どう? これでも、中学生だって思う?」
わたしの問いかけに対し、しばしの躊躇(ためら)いの後で、
「おまえの口ぶり、いちいち、キワドいっ」
と、やぶれかぶれな声を上げて、
「オトコ向けの深夜アニメの美女キャラみたいなコトバを吐くなっ!!」
と、やっぱりやぶれかぶれに絶叫する。
わたしは、
「ずいぶんと、わたしの値打ちを低く見積もるのねぇ」
と言ってあげて、愛する彼氏の左肩に、オデコを静かにくっつける。