後期がまだ始まっていなくて学生会館に人が少ない。大変良いコトである。羽根を伸ばすようにしてくつろげる。
5階のラウンジ的なスペースにいる。わたくし羽田愛(はねだ あい)と城(じょう)ミアちゃん。どちらも大学5年生を絶賛満喫中である。
留年親友女子コンビはゆったりとした椅子に座って向かい合っている。わたしは、本当に羽根を伸ばすかの如く、背もたれに背中を委ねて両腕をダラ~ンと広げている。
そんなわたしだったのだが、
「この前、元カレと出くわしてさー」
といきなりミアちゃんに言われたので、背もたれから背中が離れ、ダラリとだらしない姿勢でくつろぐのが不可能になり始めていく。
× × ×
オープンなスペースであるのにもかかわらず、元カレと出くわした一部始終をミアちゃんは非常に詳細に語った。
「愛ちゃんはゼッタイ幸せになってよね、アツマさんと」
そんな念押しで、ミアちゃんの語りは締めくくられた。
× × ×
「――こういう風なコトを彼女は語ってくれたワケなのよ」
アツマくんと「ふたり暮らし」のマンション。夕食の席にて、ミアちゃんが語ってくれたコトを自分なりに要約し、アツマくんに伝えたトコロだ。もちろん、アツマくんに伝えるべきではない箇所はカットした。『ゼッタイ幸せになってよね』というミアちゃんの念押しも胸の奥にしまい込んだ。
秋鯖(あきさば)の塩焼きを食べている最中のアツマくんに向かって、
「わかるわよね? ミアちゃんには、とってもデリケートな面があるの。今度彼女と出会った時は、デリケートな面を考慮してあげなきゃダメよ?」
と言うも、コップの麦茶をぐびっ、と飲んだアツマくんは、
「おまえはそう言うけど、ミアさんと会う機会、そんなに無くないか?」
そういう問題じゃないでしょ。
「『頻度』じゃないのよっ」
怒り始めるわたしは、
「あなた、ミアちゃんとは2回会ってるんだけど、2回とも、ミアちゃんに対して口数が少なかったわよね? ミアちゃんのコトが、どーでもいいってコト!?」
「なーんか『飛躍』してねーか? おまえらしくもない」
わたしの怒りに慣れてしまっているアツマくんは、
「どーでもいいワケねーだろ。おまえの大事なトモダチなんだから、テキトーに接するコトはできないよ」
「だったら、どーして、会話をもっと重ねようとしないワケ!?」
「これからは、重ねる。もっとも、さっきも言った通り、ミアさんとはなかなか会えんかもしれんがな」
腕組みを開始しているわたしは、
「近い内に、ミアちゃんとわたしとあなたの3人で会う機会をセッティングしたくなってきたわ……!」
とプレッシャーをかけるけど、
「お好きに」
と軽薄に応えたかと思えば、どういうワケか秋鯖の塩焼きの皿にジンワリと視線を向けて、わたしの彼氏は、
「ところで、この鯖の塩焼き、ほんとーに美味いなぁ! 普通の鯖じゃないよな? どこで水揚げされたんかな!? おまえ、魚屋さんで訊いたりしてないんか!?」
× × ×
パジャマに着替え、ソファよりも少し奥の場所で、ごろりごろりとカラダを転がしている。
ミアちゃんのコトを棚上げにして秋鯖の塩焼きに話題を逸らしたペナルティで、90分間キッチンのお掃除をするコトをアツマくんに命じていた。
その90分間がまもなく終わってしまう。浅ましいアツマくんは、ペナルティのキッチン掃除を終えたらすぐに、わたし近辺まで足を運んでいくコトだろう。寝転びながらキックしてあげようかしら?
水流しの音が止む。90分間の終わりである。予想通り、こちらまでズカズカとやって来る音が聞こえてくる。大げさに足を踏み鳴らしているような勢いが感じられる。こういうトコロも彼氏の浅ましさである。
寝転びのわたしの間近に立ってくるアツマくんに、
「あなたは何がしたいの」
と挑発的なコトバをお見舞いするも、
「キッチン掃除の報告がしたい……と思ってたトコなんだが」
と言ったかと思うと、
「おまえの寝転びぶりを見て、気が変わった」
苦々しい表情にならざるを得ないわたしに、
「おまえはダークグリーンのパジャマに着替えたワケだが」
と不穏めくコトを言い始め、そしてそれから、
「――中学生が着るみたいなパジャマだな♫」
と、わたしの血流を一気に煮えたぎらせる言(げん)を発してきて……!!
× × ×
寝転びながらの足蹴りだけでは不完全燃焼だと思ったので、「ペナルティ・タイム」を付け加えて、アツマくんを30分間正座させた。
だが、課された正座を終えたアツマくんは、ソファにふんぞり返るわたしに向かって歩み寄ってきて、しかもヘラヘラした笑顔。
「あなたにロリコン疑惑が発生したんですけど」
足蹴りされて正座させられた理由がわかっていないみたいだから、厳しい口調で言ってみる。
「『中学生が着るみたいなパジャマ』って言っちまったからか?」
と彼。
「その通り」
とわたし。
「まーなんだ、アレだ、アレ」
『アレ』ってなによ。徹頭徹尾、誠意のカケラも無い態度ね。
「『着るみたいな~』って喩(たと)えただけなんだから、大目に見てくれや」
「大目に見れないわ」
ピシャッと言ったわたしは、
「ショックよ。ガッカリよ。わたしの見た目が、そんなに中学生に近いように見えるワケ??」
「だからぁ。喩えってだけだよぉ。おまえの見た目のコトを言ったんじゃなくって、身にまとうパジャマのコトを言ったに過ぎないんだよぉ」
『なんなのその口調……』と思いながら、苦々しいモノを噛み潰すわたしは、
「幾ら、中学3年の2学期から、身長もスリーサイズも全く変化してないからって……!!」
と、右拳を握り締める。
「いや、スリーサイズは、言う必要無かったろ」
「ホントになんにもわかってないのね!! 言うわよ、言ったらわるいの!?」
わたしの眼前(がんぜん)にドシッ、と腰を下ろすバカな彼氏は、
「身長とスリーサイズだけじゃーないよな。カラダの重さも、無変化だ。おれにはわかるんだ、中2の秋からおまえをずーーっと見てきてるんだから」
と、ハラスメントまがいのコトバを吐き出しながら、おぞましき笑顔を見せつけてくる……!!
右拳を握り締めたまま、背筋を伸ばし、眼を非常に険しくさせてアツマくんを見据え、
「あなたの観察眼が優れてるのが、こんなに悔しくて恐ろしいとは思わなかったわっ!!」
「悔しさと恐ろしさが、同時に?」
首をひねるアツマくんのトボケた声に耐えきれず、彼に向かってどんどん前のめりになっていき、
「わたしが中学生じゃないのを、これから証明してあげるっ!!」
と叫ぶ。
「どーやって証明するとゆーのか」
アツマくんのオトボケに一切構わず、わたしはわたしの腰を浮かせ、それから、一瞬にして、まるで襲いかかるかの如く、アツマくんのカラダを……カラダで、包んでいく。
「おーい、『唐突スキンシップ』は、やめよーなー」
「うるさい黙りなさい黙って包み込まれなさい。わたしの体温を黙って享受(きょうじゅ)しなさい」
「まーた、そんな言い回しする」
バカにしてくるアツマくん。
バカにしてくる彼氏は、ダイスキだけど、ダイキライ。
……その一方で、ダイキライだけど、ダイスキ、とも、無念ながらに感じてしまうわたしがいて。
右手をいったん彼から離す。握り拳を再び作る。
それから、結構なパワーで、彼の背中を連打していく。
「なかなかにリズミカルな『背中パンチ』、ご苦労さま」
と彼氏。
「おバカ」
とわたし。
「『バカ』ってコトバを濫用するのは、よくないぞ」
それぐらいわかってるわよっ。
「『背中パンチ』は、1000回だって10000回だって容認するけどな☆」
……そうでございますか。