水曜の夜はわたしの部屋に太刀川(たちかわ)ヒカリを呼んだけど、木曜の夜はヒカリの部屋にわたしが向かうことにした。ふたりとも高知を発(た)つ前日の夜だったから、名残惜しくて、日付が変わるまで語り明かしていた。
楽しく語り明かす中で、ヒカリの方もわたしを呼び捨てにするようになった。
例えば、こういう風に。
『愛(あい)の好きな海外の長編小説ベスト3ってなんなの?』
『愛ってピアノ弾けるのね! ただ弾けるだけじゃないんでしょ? あなたはタダモノじゃないんだから、絶対音感をきっと兼ね備えてるんだと思う』
火曜日に出会ったばかりなのに、水曜の夜と木曜の夜を経て、ヒカリはわたしに完全にココロを許すようになった。もちろん、ココロを許しているのはわたしも同じだ。
あっという間に距離が縮まった嬉しさがある。高知に来て良かったと思う。
× × ×
金曜のお昼過ぎの高知駅。改札の向こう側に行けばヒカリとはいったんお別れだ。『もしかしたら同じ列車の切符を持ってるのかも』と思ったけど、ヒカリが持っていたのは1本後の列車の切符だった。
「じゃあ、お先ね」
1階のコンコースで、眼の前のヒカリに言う。160.5センチしかないわたしよりも10センチ以上高いヒカリの顔に熱い眼差しを送り届けてあげる。美人同士の視線が共鳴している感じがしてくる。
今日は左耳にイヤリングを付けているヒカリが、
「近い内に、また会おうね、ゼッタイ」
と告げ、満面の笑い顔になる。
長髪のわたしとは対照的に短髪のヒカリに向かって、一歩踏み込んで、
「そうしようね。できれば、神奈川のあなたの実家(いえ)に、わたしからお邪魔してみたい」
とキモチを伝える。
「歓迎よ」
笑みを絶やさないヒカリはそう応えてくれて、
「あなたが来てくれたら、ママもゼッタイ喜ぶと思う」
ご両親を『ママ』『パパ』と呼ぶヒカリ。パパさんの方はずっと単身赴任中らしい。
「帰ったら、ママさんにも、わたしのコトを是非とも伝えておいて」
そうお願いするわたしに、
「もちろんよ」
と頷(うなず)き応えるヒカリ。
わたしが乗車する特急『南風(なんぷう)』が入線してくる前に、眼の前のヒカリに「ささやかなイジワル」をしてみたかったから、
「ママさんにだけじゃなくって、『恋人さん』にも伝えておいてくれたら、わたしは2倍嬉しいわ」
ヒカリの笑顔にほんの少しの困惑が混じったように見えた。
ヒカリの麗しいお顔に恥じらいの熱が産まれてきている、ような気がする。
イジワル過ぎたかな。
でも、いいや。
さらに一歩踏み込んでみる。それから、両手を差し出して、
「握手しましょーよ、両手で」
と言う。
「両手がいいの?」
とヒカリ。
「両手がいいのよ」
とわたし。
「どうして?」
と、いったんヒカリは問うけど、
「……ううん、理屈なんか無いのよね、たぶん」
と言ってくれて、両手を徐々にわたしの両手に近付けてきてくれる。
「あなたの手って、ヤキモチやいちゃうぐらいにキレイね」
そう言っちゃったのは、わたしの方。
「土壇場でヤキモチですか」
と、ヒカリは苦笑いしながら言うけど、
「あたしには、ちょっと真似できないな、愛のこーゆートコ」
と言い添えて、
「うらやましい」
と、さらに言い添えてくれてから、わたしの両手を自分の両手でギュッと握ってきてくれる。
× × ×
とっぷりと暮れた中、わたしの両手を街灯に照らして、ヒカリの両手の暖かさを蘇らせようとする。
某・豊島区に帰ってきた。マンションまでは、もう徒歩10分未満。
両手を掲げた街灯の下に佇んで、わたしの帰りを待つ彼氏をヤキモキさせてみようとする。
わたしだって、彼氏の顔を見るのは待ち遠しい。でも、わざと帰宅を遅らせてヤキモキさせちゃう方が、3日ぶりに彼氏の顔を見た時の喜びが大きくなると思ったから、前に進もうとするのをいったん停めて、街灯の光をしばらく浴びることにする。
× × ×
「あんまり心配させんなよ」
靴を脱ぐわたしにアツマくんの声が降りかかる。遅延行為がご不満なご様子だ。
「わたしの『時間稼ぎ』には慣れてるでしょ、あなた」
軽やかにそう言って、ジワァッ……と見つめてあげたら、
「慣れてるけど、慣れねーんだよっ!」
と、若干の混乱を呈した声が返ってくる。
「眼を逸らすのは良くないわよ。マイナスポイント」
「なにがマイナスポイントだ、ばか。ポイントシステムは廃止だ、廃止」
どうってことのないやり取りなのに、不思議と懐かしみのようなモノがあって、くすぐられたわたしは、思わず笑い出してしまう。
「笑うなよなっ!」
アツマくんは可愛く反発するけど、
「だって、あなたのそーゆートコロが、破壊的に面白いんだもん」
「は、はかいてき……??」
さらなる笑い声を懸命にこらえて、
「ゴメンゴメン、『破壊的』は言い過ぎだった」
と謝るけど、
「面白いのは事実よ。それから……」
「……なんだよ?」
「……あなたがダイスキなのも、事実」
『ダイスキ』を再確認してそのキモチを伝えたわたしのカラダは、アツマくんの大きなカラダにもう接触寸前である。
「3日間離れたら、あなたの温かみがこんなに恋しくなるのね」
ペロリと舌を出したりはしないけど、間近の相手をもてあそぶように微笑(わら)ってみる。
そしてそれから、彼の胸元にわたしのオデコをくっつけて、わたしの全部を彼のカラダに預け始める。
特急よりも新幹線よりも速く回した両腕で彼の背中を押さえつけているけど、
「5秒以内に抱き締めてよ。あなたの方からも抱き締めてくれないと、満足できないの。分かるでしょ、わたしのキモチ? 3日間も離れてたんだから、全力で抱き締めて包み込んでくれないと、すっごく不満だわ」
――アツマくんは、なにも言わずに、わたしの全部をガッシリと抱き締めて包み込んでくれた。
喜びがほとばしる中で、
「やるわね。ほんとに5秒以内にHUG(ハグ)してくれるなんて」
と、わたしはわたしの彼氏をホメる。
「おれだって、待ち遠しかったし」
わかる。
あなたのそういうキモチ、今のあなたのカラダの熱が証明してる。
「ありがと。そう言ってくれて」
わたしはわたしの彼氏に感謝してから、
「お土産の前に、『お土産』あげる。高知名物とかじゃない『お土産』。――どんな『お土産』だと思う?」
アツマくんの喉が鳴った。
わたしのキモチが伝わったからだ。
「自分に正直で、いいわねえ」
からかうように言ってから、胸を埋める強さを2倍以上にしていく。
「わたしが合図したら、HUGをいったんほどいて」
そうお願いして、それから、
「もうわかるわよね、わたしがなにをしたいのか。言うまでもなく、世界でいちばん、通じ合ってるんだから……」