学生会館の5階には雑談スペースのような場所がある。テーブルとソファが置いてあって、誰でも自由に使える。
長期休暇中だったので、幸いに5階は閑散としている。雑談スペース的な場所でテーブルを挟んでソファ座りのわたしと城(じょう)ミアちゃん。向かい合う留年女子大学生コンビの横を通り過ぎる人間はいない。
ペットボトルコーヒーを飲みながらミアちゃんと楽しく話していたわたしは、
「あのね」
と言ってから、照れ気味な表情をワザと作り上げ、コトバをワザと溜めた後で、
「わたしの彼氏が、昨日、わたしに優しくって……」
ミアちゃんが、
「アツマさんが、愛(あい)ちゃんに、優しく? 具体的には、どーゆー状況だったのかな」
わたしはミアちゃんの興味に応え、『塞ぎ込んでいたら、助けてくれた』昨日の日曜日の一部始終を語っていった。
「アツマさん、料理上手いんだね」
とミアちゃん。
「わたしが長年教えてたら、予想以上に上達しちゃって」
と苦笑気味に言ったら、ミアちゃんから、
「わたしが今までつきあったカレシは、料理とか全然してくれなかった」
あ……。
「みっミアちゃん!? ネガティブな回想は、ほどほどにね!?」
「わかってるよぉ」
今度は、ミアちゃんの方が苦笑気味になって、
「良かったよね~、愛ちゃん。卒業旅行出発直前になってココロの風邪を引いちゃったりしたら、大変なコトになってただろうから」
「ホントホント。アツマくん『さまさま』よ。……わたしがピンチで弱ったら、すぐに助けてくれる」
「高知旅行してる時も、こまめに連絡するといいよ、アツマさんに」
「そうするべきよね。彼の存在が、ホントにココロ強いわ」
ニヤけ気味になるミアちゃんが、
「『ゴールイン』が、本格的に近付いてきた感じ、しちゃうな~~」
わたしはほんの少しだけ痛い部分を突かれるけど、すぐ持ち直して、
「そんなコト言わないのよ。込み入ったハナシは、また別の時に別の場所でしましょう」
と言った直後に、
「ミアちゃん、あなたも、もうすぐ卒業旅行に出発するんでしょう?」
と、話題を転換させていこうとする。
「出発するよ」
答えて、ミアちゃんは、
「愛ちゃんがずいぶん西に行くのに対して、わたしは、東の方に」
「――目的地は、まだ、ヒミツ? 泊まる場所だとか」
「ヒミツ。残念ながら」
「ズルいわねえ。ミアちゃんらしいけど」
× × ×
「そっちのソファ、行ってもいいかな」
わたしの方から、ミアちゃんに言った。
寄り添いたかったのだ。単純に。
不意を突かれた御様子で、ミアちゃんは背筋を大仰に伸ばしてしまう。
「来てもいいけど……なんで?」
「おしえない」
「愛ちゃん……?」
彼女のうろたえを味わいながら立ち上がる。
ゆったりとした足取りでミアちゃん側のソファに近寄る。
ぽふ、とミアちゃんから見て左サイドに腰を下ろす。
予想以上にうろたえているミアちゃんが、わたしから眼を逸らしてしまう。
わたしの顔のお肌に潤いがあり過ぎたのかしら。
「……意外な大胆さだね」
とミアちゃん。
「なにゆーの。あなたの反応の方がよっぽど意外だわ」
とわたし。
ミアちゃんが押し黙るから、わたしは黙ってミアちゃんの左手を握った。
わたしの右手の熱が浸透するから、ミアちゃんはますますこっちに眼を向けられなくなる。
「後期が始まるまで、1ヶ月切ったわよね」
ミアちゃんの左手にわたしの右手の愛情を注ぎ込み続けながら、
「頑張って乗り越えていきましょうね。大学6年生にならないように。来年の3月に、一緒に卒業よ」
「わっ、わたしも、おんなじ、キモチだよ!?」
「――嬉しいわ」
素直にコメントするわたし。
ミアちゃんは未(いま)だ、わたしの顔を上手に見られていないけど――「萌える」から、いいや。
× × ×
「というワケで、ミアちゃんの可愛らしい側面をさらに掘り下げられたのよ」
夕食後のコーヒータイム、真向かいのアツマくんに、学生会館5階での一部始終を語ったわたし。
「ミアさんに『やりたい放題』し過ぎなんじゃねーの?」
ちょっとちょっと何よそれっ。
そうやって批判される筋合いなんか無いし。
それと、
「あなたどーして未だにミア『さん』呼びなの!? ミア『ちゃん』って呼んであげなさいよ。『さん』付けをいつまでも続けて他人行儀だと、彼女、泣きたくなっちゃうわよ」
「んー」
わたしのお叱りを真剣に受け止めてくれていないのか、間の抜けた表情の彼氏は、
「そんなもんかねー、他人行儀だと、悲しませちまうのかねー」
と、トボけた声の応答を……。
「もう怒ったっ!」
勢いをつけてわたしはダイニングテーブルの椅子から立ち上がり、
「アツマくん、起立っ!!」
「えーっ」
バカな彼氏は気怠(けだる)げに、
「どーせ、『スキンシップしながら延々お説教』に持ち込みたいんだろー??」
「そーよそのとーりよ!! よくわかってるじゃないの!! あなたのバカみたいな喋り方とかマジでムカつくけど!!!」
重い腰を上げるアツマくんが眼に映った。
即座に、
「わたし明日からしばらく高知だから、1週間分ぐらいの愛情をあなたに与えてあげるわ」
「恥ずかしいセリフ禁止な」
「禁止しない!!」
「『1週間分』っておまえは言うが、実際は旅行は3泊4日」
「あああああっもうっ」
ダイニング・キッチンであるにもかかわらず、わたしはアツマくんに駆け寄っていた。
ギュミューッ、とアツマくんの胸に自分の顔を埋める。そして、回した両手で彼の背中を強く強く押さえつける。
カラダの重さを預けると共に、目一杯の愛情を送り届ける。
愛情は、とーぜん、「無償(むしょう)」だ。
「……いっぱい電話してあげるからっ」
わたしは彼氏の胸にそう伝えた。
彼氏の態度に対するムカつきがいつの間にか吹き飛び、甘えたいキモチが全身に満ち溢れていた。