「いいお肉が手に入ったのよ。近所のお肉屋さんで買ったの。『お姉さんには特別サービス価格だ!!』って言ってくれてね」
「『特別サービス価格』は、具体的にはいくらだったんだ?」
「それを開示するのは、あなたがこの唐揚げをしっかり味わって、きちんとした感想を言ってくれた後よ」
「……ちぇっ」
不満げになりつつも、わたしの真向かいのアツマくんは、夕食の主菜(しゅさい)の1つである唐揚げに箸を伸ばし、ガブリと噛みつく。
大きめのサイズに揚げたのに一口(ひとくち)でお腹に収めてしまったけど、豪快で、アツマくんらしいと言えばアツマくんらしい。
わたしは、トロ~リとした眼をアツマくんに見せつけて、「唐揚げ食(しょく)レポ」への熱い期待感を示す。
「夏の名残りが感じられる、ジューシーさだった」
彼から届けられたのは、こんな食レポ。
笑い出してしまうのをこらえ切れないわたし。
「なんだよっ! おれ、ジューシーさをどう表現するのか、頑張って考えたんたぞ」
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」
笑い声を出し続けたくなるキモチを懸命に抑え込んだわたしは謝るけど、
「あなたの言語センスって、良い意味でも悪い意味でも独特ね。良い意味も悪い意味もひっくるめて、あなたのそういう『オリジナリティ』が、わたしは大好きよ」
アツマくんは、一瞬唖然となって、一瞬コトバを失う。
麦茶をガバリとあおってから、
「嬉しいよ、おれの『オリジナリティ』を認めてくれて!」
と、半ばやけっぱちに言う、わたしの彼氏がいたのだった。
× × ×
夕食を片付けた後は音楽鑑賞タイムだった。Kinks(キンクス)というブリティッシュ・ロックバンドの6枚目のアルバムを聴くことになった。知ってるヒトは知ってるわよね、Kinks(キンクス)ってバンド? ビートルズ、ストーンズ、ザ・フーと並ぶ60年代UKロックの四天王として名高いバンド。今夜聴くことになったアルバムは1968年リリースで今から57年前のアルバム、わたしの両親も産まれてないしわたしの彼氏のお母さんも産まれてない時代の音楽だけど、それが何だって言うのよ。まさか、60年代後半のUKロックが「骨董品」だとか思ってるヒトがいる!? 無理解ねー。自分のモノの見方をもっと変えた方がいいわよ。
……派手に記述を脱線させながらも、ダイニングテーブルでホットコーヒーに舌鼓を打ちながら、キンクスの音をゆったりじっくりと味わう。
真向かい席のアツマくんも、炭酸水ペットボトルを時折口に持っていきつつ、右手で頬杖をつきながらキンクスに静かに耳を傾ける。
× × ×
音楽鑑賞の後で小一時間読書をしたわたしたちは、リビングで気ままにくつろいでいる。わたしはクッションを抱きながらカーペット座りで両脚を前方に伸ばし、アツマくんがソファの中央に腰掛けて筋力トレーニング特集の掲載されている某・メンズ雑誌を読んでいるのを眺めている。
某・メンズ雑誌をぱしん、と閉じたアツマくんが、
「おまえ来週高知旅行に行くんだろ。準備に取り掛からなくていいんか」
わたしは即座に、
「わかってないわねー。わたしがどれだけテキパキしてると思ってるの?」
「でも、3泊4日なんだし」
「たとえ3泊4日の長丁場であっても、荷造りぐらい、3時間か4時間で終わらせられるわよ」
若干苦々しい顔になってしまうアツマくんは、
「それは非現実的と言うんではないでしょうか、愛(あい)さん……」
あらぁ。
あなた、今晩、『わかってないわねー』を100万回言われたいのかしら?
荷造りには絶対の自信があるのよ。これまで、友だちの家に何度も何度もお泊まりした。訪問の1時間前に急遽お泊まりになるのが決まったコトもあったぐらいだし、荷造りのスピードは必然的に超・高速になっていったの。
友だちとのお泊まりを重ねたのが、わたしの荷造りテクニックを鍛えたの。
「あなたが13時間も14時間も荷造りに時間をかけてしまうのに対して、わたしは3時間か4時間しか荷造りに時間を費やさないんだからね?」
笑みを崩さず、やや挑発気味に言ってみたら、
「根拠」
と、彼氏から不甲斐無いコトバが。
わたしは直ちにクッションを投げ出し、
「根拠なんてあるワケないでしょ!! 根拠の代わりに、『行動』があるだけよ!!」
と叫びながら、立ち上がる。
「だけど」
と言ってからわたしは、
「『荷造りパフォーマンス』は、旅行直前になってから。まだ『お預け』よ」
と言いつつ、ずんずん彼氏に向かって進軍し、
「立ってよ」
と要求する。
なかなか要求に応えてくれないアツマくんがいたので、
「そんなに立つのがダルいってゆーの!? もしかして仕事疲れ!?」
というコトバを浴びせた後で、
「仕事疲れがあるのなら、なおさらわたしが『包み込んで』あげなきゃいけないじゃないの」
というコトバを発し、アツマくんの顔に動揺の色を浮き上がらせる。
「あなたを『包み込む』のは、確定なんだからね」
わたしがHUG(ハグ)を予告したから、アツマくんはより一層目線を下げる。
立ち上がろうとしなくなる懸念があった。
……しかし、目線の下降はやがて停まり、ゆっくりゆっくりと、彼氏の腰は上昇を始めていく。
腰の上がり方がこれだけ「重い」ということは、仕事疲れが本当にあるのかもしれない。それならば、2倍の愛情を籠めてハグしなくちゃ……!!
完全に立ち上がったわたしの彼氏は、
「どーぞ、ご自由にー」
と投げやりな口調で言う。
彼女であるわたしは、穏やかに、
「くたびれてるんでしょ? お見通しよ」
しかし彼氏は、
「……おれの体力を舐めやがって」
瞬時に、
「つよがり~~。アツマくん、ツンデレ~~」
と言うと共に、両手を叩くわたし。
「おれはツンデレじゃないっ!!」
説得力のない否定を聞いて、もうガマンができないわたしは、彼の胸にどんどんカラダを傾けていって、やがて、むしゃぶりつくように、背中をがっちりと押さえて抱き寄せる。
彼の胸に深く顔を沈み込ませていく。オデコに伝わってくる感触がどんどんどんどん温かくなる。
『こうでなくっちゃ。』
アツマくんの胸の奥に向けてわたしは呟く。
ツンデレたるアツマくんのカラダが、ますます頼りがいがあるように感じられてくる。
温かくて、ガッシリしていて、わたしを強く守り通してくれそうなカラダ。
……鍛え続けてるのね。