暑い季節はまだ当分続くけど、夏休みはもうすぐ終わってしまう。
2学期に向けて調子を上げていくために、休暇中であるのもお構いなしに登校して、旧校舎の【第2放送室】にやって来ていた。
部屋の奥の方の木造り椅子に座るトヨサキ三太(サンタ)くんが、クリアファイルを団扇(うちわ)代わりにして頭部をパタパタ扇ぎながら、とってもダルそうにしている。
「よくないねー」
トヨサキくんを左斜め前に見ながらパイプ椅子に足を組んで座っているわたしは、『よくないねー』と詰(なじ)った後で、
「なんで、もうちょっと気合いを入れられないの!?」
トヨサキくんは、ダラ~ッとした眼つきで、
「休日出勤だから」
「違うでしょ!! 休日出勤じゃないでしょ」
「違わねーよ」
にっくきトヨサキくんは、
「まだ夏休みなんだから、今日は休日だ。したがって、今日学校に来て部活をやらされるってコトは、休日出勤を強制されてるってコトだ」
右手の握力が5倍になったわたしは、
「高校生に労働基準法は適用されない!!」
「ホントかぁ?」
ヘラヘラ笑う彼が居たから、
「ねえっ。明日の『夏祭り』で、キモチ悪い行動だけは、ゼッッタイにしないでよね」
非常に都合の悪いコトに、初参加するコトになった明日の某・夏祭りに、トヨサキくんも『くっついてくる』コトになったのである。
幾ら注意喚起しても、喚起し過ぎじゃない。……わたしは、そういうキモチ。
× × ×
灼熱の午後1時半過ぎ。本校舎への渡り廊下をわたしは歩いていた。
日陰に、非常に都合の悪い先輩男子の存在。
3年のマスダ訓史(のりふみ)先輩が、文庫本のページを立ちながらめくっていたのだ。
黙って通り過ぎようとしたのに、アッサリ気付かれた。
「こんな所で何してんだ、タカムラ」
「答えたくありません」
ココロの中で『あっかんべー』をしながら、歩を進めようとする。
が、
「おまえらの顧問の守沢(もりさわ)先生に相談とかがあったから、【第2放送室】のある旧校舎から抜け出して、職員室のある本校舎に入ろうとしてる。……そんなトコなんだろ」
げっ。マスダ先輩、キモチワルイ。
端正な顔立ちで、日陰に立って文庫本読んでるのもサマになってる。なのに、キモチワルイほどの「読み」の鋭さ。
「先輩は、探偵会社に就職したらどーでしょーか?」
そう言いながら今度こそマスダ先輩を振り切ろうとするが、
「明日の『夏祭り』、行くんだろ」
と突然に彼が言ってきたから、わたしの時間がピタリと停まってしまう。
その場に立ち止まって、驚きの渦中(かちゅう)からなかなか抜け出せなくなる。
なんでこの男子(ヒト)が明日の夏祭りの存在知ってんの!? なんでわたしが明日行くコトまで把握してんの!?
「『どうしてお祭りのコト、拡散しちゃってんの』って言いたげな顔だな、おまえ」
容赦の無い3年男子から顔を逸らして、
「いったい、どこから、拡散してきたんですか」
と問うけど、
「高度情報化社会だからだ」
という答えを浴びせられるから、くちびるを強く噛みたくなってくる。
顔を逸らしたまま、夏草の茂りを見つめながら、
「まさか、先輩も『ついてくる』なんて、言いませんよね?」
「行くコトに非常に『前向き』だが、おれは」
――うそでしょ。
マスダ先輩まで、明日のお祭りに関わってくるなんて。
一気に、トヨサキくんの存在が目障りだったのが、どーでも良くなってくる。
ただでさえ目障りなマスダ先輩の存在が、まさかの『お祭り参戦』で、ますます目障りになってくるから、なってくるから……!!
「おまえがこのタイミングで首を振りまくる理由が分からんのだが」
ひとりでに首を横に振りまくっていたから、不思議がられた。
すぅぅ……と、視線を先輩に戻していって、弱めの声で、
「わたし、100%の確率で、浴衣を着て、会場に来るんですけど」
と言い、弱めなのは変わらないながらも鋭さを混ぜ込んだ声で、
「浴衣姿のわたしを目撃したからって、鼻の下を伸ばさないでくださいね……!?」
マスダ先輩は、答えない。
わたしから視線を外して、文庫本読書に復帰。
わたしは、渡り廊下を蹴りつけるように強く踏んでから、本校舎の入り口に近付いていく。
× × ×
思ってもみないコトになった。マスダ先輩による、『突然の夏祭りへの言及』と『突然の夏祭り参戦表明』。どうにかして「拡散」を押し留めるコトはできなかったんだろうか? 悔しい。
せっかく、わたしのクラブ活動のOBである羽田利比古(はねだ としひこ)さんや、利比古さんの実のお姉さんである羽田愛(はねだ あい)さんに会えると思って、ワクワクドキドキしていたのに。
異物が約2名。トヨサキ三太くんと、マスダ訓史先輩。
どちらも、空気を読めるか読めないかで言えば、読めない方……。
『KY男子』2名の来襲で、お祭り自体が台無しにならないか、超心配。
守沢先生との話を済ませて職員室から退出し、マスダ先輩との残念な遭遇をしてしまった場所まで戻ってきたら、マスダ先輩はもう居なかった。
『もし、マスダ先輩がまだあそこに立っていて、わたしが日傘を携帯していたなら、持っていた日傘をマスダ先輩に投げつけていたのに……』
そう思いながら、誰も居ない日陰を睨みつけたけど、マスダ先輩はもう立っていなかったし、わたしの手には日傘など存在していなかった。
左太もも近くの制服スカートを左手でグシャァ、と強く握った。
× × ×
ムカムカを軽減できないままにドアノブをひねった。
なおも、部屋の奥の方の木造り椅子に大儀(たいぎ)そうに座り続けて、トヨサキ三太くんは、クリアファイルでカッターシャツの襟元付近を扇いでいる。
わたしは、わたしのココロが少し軽くなるのを自覚した。
戸惑った。
なぜなら、こんなにだらしないトヨサキくんを眼にした途端に、わたしの中に、ストレスの増幅とは逆の事態が起こったから。
つまり、こんなにだらしないトヨサキくんを見て、わたしはホッとしたのだ、ホッとしてしまったのだ。
どんなに美味しいホットケーキを食べても、ここまで大きくホッとするコトは無い……。
……大げさ過ぎるだろうか?
……だよね、きっと大げさ。
わたしの人生観を変えるぐらい美味しいホットケーキが、この世界には存在してるはずだし。
トヨサキくんの存在が、『そんな域』に達してるはずも無いし。
トヨサキくんは、美味しいホットケーキになんか、成(な)れっこない。