朝ご飯を食べに階下(した)に行こうと思っていたら、侑(ゆう)からLINEが来た。
『わたしに今度スイーツを奢(おご)ってちょーだいよ』
『できればザッハトルテ』
『ザッハトルテがダメならレアチーズケーキ!!』
『昨日の「ペナルティ」なんだからね!?』
……LINEの文面に侑のキモチが迸(ほとばし)っていて、たのしい。
× × ×
朝食の後で『リビングA(仮)』に移動した。『広々とした』というレベルではないほど広大なリビングのソファにペタリと腰を下ろす。お邸(やしき)住(ず)まいのメンバーはほとんど外に出ていた。唯一残っていた明日美子(あすみこ)さんは明日美子さんの寝室で二度寝を開始していると思われる。したがって、『リビングA(仮)』は広大な上に閑散としている。
わたしの退屈を埋めてくれる徳山(とくやま)すなみさんは9時50分ちょうどにお邸(やしき)にやって来た。今は『リビングA(仮)』のソファに座っている。わたしから見て右斜め前に着座している。ライムグリーンのスカートに思わず眼を奪われる。徳山さんの脚がわたしの脚より長いからだ。身長165センチの徳山さんの脚を清涼感のあるスカートが包んでいる。スカートも徳山さんもちょっとズルい。
しかし、スカートを凝視し続けるワケにはいかなかった。同性とはいえ下半身に眼を凝らし続けるのは卑猥である。卑猥なオンナだとは思われたくない。わたしの視線の「いかがわしさ」に徳山さんが気付く前に顔を上昇させる。徳山さんの眼にわたしの眼を当てる。愛情の籠もった笑顔を作り出す。作り出した笑顔から温かさを醸し出す。醸し出した温かさを徳山さんに注ぎ込んであげる。
徳山さんは1年浪人して大学に入った。わたしより産まれ年度が1年下だから現在3年生だ。わたしの方が産まれ年度が1年上なのだから、何事もなければ大学を卒業して社会人1年生になっているはずだった。しかし、わたしには「留年」という出来事があったので、大学生活5年目に突入してしまっている。1浪と1留。強いシンパシーが自然と生まれる。
だけど、1年つまづいたわたしはもう1年つまづきそうになってしまっているのである。要因は、教員採用試験の不合格。教職員になるレールから外れた。もちろん、来年以降にチャンスはまだ残されている。でも、来年度にめでたく採用試験を突破できたとしても、それまでは「宙ぶらりん」な状態が続くわけである。不安定な境遇に耐えられるだろうか。「何者か」になるために、強い自分を保っていけるだろうか。
「コーヒーが冷めちゃいますよ? 愛(あい)さーん」
徳山さんに言われてビクゥッ、とした。不覚。わたしはいつの間にか「考え込み」モードに入っていて、眼の前のコーヒーのコトを忘れ去っていたのだ。コーヒーが意識から消えるぐらい将来のコトをあれこれと考えていた。そして、あれこれと考えても「見通し」を立てられないままだったから、不安に直面していて、そのせいで視線も肩も落としてしまっていたのである。
「落ち込んでるんですか?」
徳山さんはそんな問いをわたしのココロとカラダに染み込ませてきて、
「さっきは、あんなにキレイで優しい笑顔をわたしに見せてきてくれたのに。急に悩ましげな様子になっちゃったから、わたしちょっと戸惑っちゃいましたよ」
『戸惑っちゃった』とは言うものの、今の徳山さんは「満面」に限りなく等しい笑顔。わたしの方が戸惑い混じりにドキドキしてしまう。
「わたしが不安定でごめんなさい、徳山さん」
とりあえず謝っておく。
しかし、徳山さんは間髪を入れずに、
「愛さんって、わたしのコト、頑なに『苗字呼び』ですよね?」
「うっ……うん、そうね、そうだけど」
不意打ちされたわたしは胃袋の痛みを感じながら、
「徳山さんは、『徳山さん』ってわたしが呼び続けるの、イヤなの?」
と懸命に訊くけど、
「イヤじゃありません。だけど、『すなみちゃん』って呼んでくれたら、もーっともっと愛さんのコトが好きになるかな」
と意味深スマイルでキモチを伝えられてくるから、つらくなる。
× × ×
2人して階段を上り、かつてお邸(やしき)暮らし時代にわたしが寝起きしていた部屋に入った。
入室直後にベッドにわたしが座ったら、わたしの着座直後に徳山さんもベッドに座ってきた。間近の左隣。緊張する。
「……積極的ね。それもあなたの魅力だと思うわ、徳山さん」
と言うけど、
「どこまでホンキで『魅力』だと思ってるんでしょーか?」
と言われてしまい、
「相変わらず、『徳山さん』呼びですねえ」
と苦笑と共に言われてしまう。
『そんなに『すなみちゃん』って呼ばれたいの……?』
胸中オンリーでわたしは呟く。彼女のキモチは理解できるが、『すなみちゃん』と発声する勇気が出ない。
「『『すなみちゃん』って呼んでください』なんて、言いませんから」
わたしのキモチを正確に読み取ってくる左隣の彼女が、そう告げながら右肩を寄せてくる。柑橘系シャンプーの芳香が届いてくる。
「だっだけど、あなた、『『すなみちゃん』って呼んでくれたら、もーっともっと愛さんのコトが好きになる』って」
「でも、強制するのはダメでしょ? 愛さんにしたって、『すなみちゃん』呼びを『デフォルト』にする勇気を出せないみたいだし」
「……厳しいのね」
「いいえ?」
「厳しいのは、厳しいのよ」
「愛さん、なんだか、混乱してる」
楽しげな声音(こわね)で言い、徳山すなみさんは右肩をより一層寄せてくる。
焦りが倍増しになってしまって、
「だってね、だってね、あなたがズバズバわたしのキモチを見通してくるんだもん」
「『ズバズバ』じゃないです、見通せるのは、見通せるコトだけ」
西尾維新の某・小説の某・女性キャラクターみたいなコトを言ってくる彼女に完全に翻弄されながらも、
「ごめんけど……『徳山さん』呼びを、続けさせてくれないかな」
と、どうにかコトバを絞り出すコトができる。
それから、
「とっ、ところでさぁ」
と、不甲斐無く、右サイドの窓際まで視線を移して、
「今日、お天気、いいよねぇ。あすかちゃんとお外で遊んだりしたら、楽しいんじゃないかなぁ??」
徳山さんは若干呆れ気味な声で、
「どーして、このタイミングでいきなり、あすかさんの名前を出してくるのかな」
キョドるわたしは、
「それは、それは……徳山さんとあすかちゃんは、高校時代からのオトモダチなワケだし」
「そうではありますけども、今日これまで1回も彼女のコトが話題になってなかったのに、唐突過ぎますよね~?」
わたしは右サイドの窓際にますます視線を寄せていって、
「……あのね?? あなたぐらい感覚が冴え渡ってたら、気付くと思うんだけど」
と言い、
「あすかちゃん、この夏、ナーバスになりっ放しなのよ。あなたが彼女とお外で遊んであげたりしたら、彼女のナーバスもだいぶラクになるんじゃないかなー、って」
と懸命に言うけど、
「あすかさんより愛さんのナーバスの方が重要だと思うんですけど、今は」
と、左サイドから容赦ない指摘がやって来るから、背筋がヒヤリとなる。
「そっ、そんなコト、ないんじゃないの」
わたしは、図星ではないのを装うけど、
「嘘が下手なんですね、案外」
と容赦無く見抜かれて、
「嘘が下手過ぎるのも、本調子になれていない証なんだと思っちゃう」
と何故か「甘み」の混じった声で言われてしまって、
「ご奉仕できる限り、ご奉仕してあげますよ?」
「ごほうし!? ごほうし!? メイドさんみたいなコト、言うのねえ!?」
叫びつつ完全に自分を見失うわたしに対して、
「メイドさんじゃないですから」
と、苦笑いしているのが確定的な口調で徳山さんは応えて、
「わたしがどんなコトしたら、嬉しくなりますか? 5分間だけ時間をあげますから、考えてみてくださいよ♫」
と、厳しく追い込んでいく。
シャツの半袖と半袖がとっくの昔に触れ合っているのも、わたしがわたしであるコトを見失わせる強力な要因になっていて……!