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【愛の◯◯】愛くるしい弟と、某駅前ロータリーにて

 

弟の利比古(としひこ)の頭頂部を、10分間以上ナデナデし続けている。

「中1日」でマンションにやって来てくれたから、嬉しくて。

ソファに座っている利比古を見上げながら、ナデナデしてあげているのだ。『これだから、ぼくの姉は……!!』と言いたげな表情を利比古はしているけど、気にしない。わたしと似たような栗色系統の髪が、サラサラだ。

「どうしてぼくの頭をナデナデしたがるのかな、変な姿勢になって。第三者が見たら、眉をひそめちゃうよ」

「ひそめないわよ、ひそめないって決まってるの」

わたしは、利比古の意見を否定する。

「アツマくんが遅番だから、さみしいの。さみしいから、癒やされたいの、あんたの頭部の感触と頭髪の感触に」

理由の提示は、忘れない。

「だからっ、『頭部の感触と頭髪の感触』なんて言っちゃうから、第三者が眉をひそめちゃうんだよっ」

「第三者って、だあれ?」

イジワルな姉のわたしは、イジワルに問う。

「仮に『第三者』がいたとしても、どーせ烏合の衆の中の1人に過ぎないでしょ」

そう言ってから、利比古の頭頂部の中央部でナデナデの右手を静止させる。

それから、昨日21歳の誕生日を迎えた弟のとってもとっても整った顔立ちに、熱い視線を注いでいく。

それからそれから、

「昨日、スパークリングワイン飲んだんでしょ。誤魔化せないわよ、姉の眼は」

「どどどどーしてわかるのっ」

「姉だから」

飲んだモノや食べたモノを言い当てるのには、かなり自信がある。スパークリングワインを言い当てて、「的中率」がまた上がった。

「ぼくが飲んだお酒をピンポイントで言い当てられるだなんて、おかしいよ。昼ご飯と一緒にカクテルでも飲んだんじゃないの、お姉ちゃん?」

弟は、苦い顔を持続させる。

「飲んでないわよ、カクテルなんて。素面(シラフ)なんだから、今日のわたしは」

「疑わしいな」

頑(かたく)なに疑う可愛い利比古の頭頂部から、右手を離す。「予定していた時刻」が迫ってきていたから、やむを得ずスキンシップを終わらせた。

「15分後に、わたしと一緒に外に出なさい」

姉として、命令。

「何がしたいの、外出して」

訊く弟。

「決まってるでしょ、夕涼みのお散歩よ」

答える姉。

「お散歩するのなら、『お散歩コース』はぼくに決めさせてほしいんだけど」

「分かるわ分かるわ、わたしが好き勝手に寄り道するって予測してるのね?」

「……お姉ちゃんの、言う通り」

「でも決めさせないわよ」

唖然となって、

「わ、ワガママなっ」

と、弟は。

 

× × ×

 

「東京ドームと反対側に歩くわよ」

マンションの建物を出るなり、わたしは高らかに宣言する。

東京ドームに背を向けるのを告げるコトで、アンチ読売巨人軍の立場を明確にする。

利比古は、可愛く閉口する。

「なによなによー」

利比古に向かい何歩(なんぽ)か進み寄って、

「『プロ野球が絡むと面倒くさいコトになる女子の典型だ』とか、思ってるんじゃないのー?」

と言いながら微笑(わら)ってみる。

 

まだ明るいけど、徐々に気温が下がっていく。

夕蝉(ゆうぜみ)の、けたたましい鳴き声。蝉のシーズンが後半戦に入っているのも儚(はかな)いし、蝉の鳴き声自体も儚い。

ちなみに、「蝉声」と書いて「せんせい」と読む。わたしの普段使(づか)いの国語辞典には載っていないけど、大きめの辞書だったら載っているはず。

「蝉声(せんせい)」をバックグラウンドミュージックに、わたしたちは読売の本拠地の反対方向へと突き進む。

「月末の夏祭りは、どうするの?」

わたしは、左隣の利比古に訊いてみる。

「何も決めてない、まだ」

利比古は、右隣のわたしに答える。

多摩地域某所においてすっかり定着した某夏祭りの今年の開催日は、8月も終わりの終わり。夏を惜しむようにして、多数の花火が空に舞い上がるコトだろう。

それにしても、『何も決めてない、まだ』だなんて、利比古は煮え切らないしだらしない。

お仕置きしたい、煮え切らない弟に。お仕置きしたい、だらしない弟に。

「ペナルティよ、利比古」

このコトバが、お仕置きしたいキモチの発露だった。

「……思ってる? お散歩する時間を引き延ばしたいって」

「よく分かったわね、流石はわたしの弟。『羽田姉弟(はねだきょうだい)仲良し散歩』っていうテレビ番組があるのなら、番組枠を拡大するの」

「突拍子もないコトばっかり、次々と……。あのね、レギュラー編成のテレビ番組は、放映枠を濫(みだ)りに拡大できないんだよ」

何故か放送文化全般に『うるさい』利比古が、ツッコミを入れる。

わたしは動じないから、

「向かっちゃうわよ、高田馬場まで☆」

と具体的な地名を出して、お散歩距離とお散歩時間の延長を確定させる。

 

× × ×

 

「お姉ちゃん、どうして早稲田大学受けなかったの?」

高田馬場に来たからそんな質問をするんだろうけど、ちょっと可愛くない。だから、駅前ロータリーに立つわたしは、こっそりと右手を握り締める。

でも、

「あ、お姉ちゃんの右手が、グーパンチの予備段階になってる」

とアッサリ覚(さと)られてしまうから、わたしから見て右前方に聳(そび)える『ビッグな箱』を凝視して、

「ボウリングでも、する? ボウリングアニメの『サプライズ第1話』も、話題になってたコトだし」

「B◯GB◯X、ボウリング、まだあったっけ」

「無かったら、また『距離延長』するまでよっ!!」

「うへぇ」

超・好青年らしからぬ下品な呻(うめ)きの後で、

「ぼくは、イヤだな。お姉ちゃんとボウリングのスキルに格差があり過ぎて、イジめられちゃうし」

『忍耐強くなりなさいよ、少しは……』と思いつつも、

「だったら、バッティングセンターよ。バッセンなら、点数競うんじゃなくって自分の飛距離を追い求めるだけでいいんだから」

しかし、首を横に振って、弟は姉の意思を裏切ってくる。

血流が煮えたぎる兆しを感じてしまう姉のわたし、だったのだが、

「断ったのは申し訳無いけど、いい兆候だと思うよ、お姉ちゃんが積極的にカラダを動かそうとしてるのは」

沸き上がりかけたわたしの血流が、一気に落ち着く。右手に作り上げられていた握り拳も、ほどける。

教員採用試験の失敗でダメージを受けていた状態を踏まえた上で、わたしの積極性が『いい兆候』であると言ってくれる。

愛(あい)くるしい弟は、わたしが前向きさを取り戻し始めているコトを、わたしに初めて自覚させてくれる。

涙が流れたりはしないけど、感動した。

ビビッ、と巨大なるボックスの方を指差して、

「あんたが食べたいモノを何でも言いなさい!? 何でもおごってあげるから!?」

と絶叫する。

ロータリーの喧騒の中だから、わたしの絶叫は誰かの妨げにはならないんだけど、

「アツマさんと晩ご飯食べてあげなきゃいけないんじゃないの、アツマさんは遅番で疲れて帰ってくるんでしょ」

と言われ、さらに、

「『ふたり暮らし』を営んでる恋人なのに、配慮のカケラも無いんだから。……アツマさんを『ひもじくさせない』のが、アツマさんのカノジョとしてのお姉ちゃんの務めだと思うよ」

と嘆かれる。

それから、利比古は、溜め息をひとつ。

こういう時にわたしは実感するのだ、

『弟のこういうトコロを見られるのも、尊い幸せ』

だというコトを。

 

 

 




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