ぼくの誕生日である、紛れもなく。ぼくの誕生日である、日本国民全員が祝うワケが無くとも。
姉に濃(こ)ゆいスキンシップをされてしまった昨日(さくじつ)を経て、羽田利比古(はねだ としひこ)は21歳となったのであった。
起床直後にスマートフォンでウィキペディアを読むのに熱中したりは、しなかった。ベッドから抜け出た、いつもの5倍速で。そして直行した、階下(した)の洗面所へと。新品と同等の洗顔フォームを使用して、いつもの5倍入念に顔面の手入れをした。
『ダメなんだ、もっと20代らしくならなくては……!』
そういう意識が産まれていたのだ、昨夜(ゆうべ)のベッドの中で。21歳。姉のベタつきを拒絶するワケでは無いけど、自立のレベルを何段も上げていかなければならない時期に来ているんだと思う。表記を、自「立」ではなく自「律」としてもいい。
とにかく、21歳のオトコとして、姉の彼氏のアツマさんみたいなチカラ強さをほんの少しでも得(え)たかった。そうであるがゆえに、タオルで顔面を強く拭うなどして、誕生日を祝いに来るヒトたちに顔の手入れの甘さを見せないように努力した。
× × ×
ぼくのバースデーを祝うヒトたちの中に、あすかさんがいない。
あすかさんはいつの間にかお邸を出ていた、彼女のお母さんである明日美子(あすみこ)さんですら気付かなかったほど忽然(こつぜん)と。あすかさんの行方は、誰も知らない。明日美子さんがニコニコと言っていた、『どーせ、お腹がすいたら帰ってくるわよ』と。明日美子さんがニコニコと言うのだから、今日の日付が変わるまでには帰ってくるのだろう。しかし、動かなかった、ぼくのバースデーパーティーを彼女がドタンバキャンセルしたという事実は。
10時頃に自然な流れで始まった立食パーティーの中に佇(たたず)みながら、『どうしてあすかさんはドタキャンしたんだろうか』と考えていた。
生ハムメロンを食べながら、
『もしや、無意識の内に、嫌われてしまうような言動を彼女に……』
と思ってしまって、生ハムメロンのお味が急激に分からなくなっていってしまった。
幾らこのお邸の「基盤」が盤石だからといって、生ハムメロンを毎日毎日味わえるワケでは無いのだ。もったいないのだ、お味が分からなくなってしまうのは。
しかしながら、
『ひょっとしたら、梅雨明け以降に、自覚がないままに『やらかし』を……?』
と、ドタキャンの「原因」がぼくの中に潜んでいる可能性を深追いしてしまう。
突然に、
『ぞわり』
という心地悪い感覚が、ぼくの背筋を舐めるように撫で付ける。
その感覚はほんの一瞬で去ったんだけど、バースデーの主役が本来上げていくべき気分が上がっていかなくなってしまう。
× × ×
『リビングF』と仮に呼ばれているリビングがある。『F』を付けたのは、あすかさんだ。『このお邸で6番目に広いリビングである』という可能性が、高いかららしい。だが、広さを測ったワケでも無いし、あすかさんの『F』はかなりいい加減な『F』であった。さらには、『リビングF(仮)』は1階の中心部からかなり離れていて、この広大なお邸の『リビング群(ぐん)』の中でも指折りの不人気を誇っていた。
そんな「僻地(へきち)」という定義待った無しの『リビングF(仮)』に、大盛況のパーティーから一旦離れてぼくはやって来ていた。『ハッピーバースデー!!』の嵐や写真撮影の嵐に疲れたのも大きいが、なんといっても『あすかさんのドタキャンについて、落ち着いて考えてみたい』というのが最(さい)たる理由だった。
しかしながら、正方形のテーブル上に「驚きのモノ」を発見してしまって、思索の余裕は奪い取られてしまった。
置かれていたのだ、メンズ用リンスインシャンプーが。
しかも、置かれていたのは、メンズ用リンスインシャンプーだけではない。
『お誕生日プレゼントの中の1つ』
ぼくは、テーブル上に貼られたメモ書きに釘付けになり、
『byあすか』
と記入されている部分により一層釘付けになった。
× × ×
『by』という前置詞の文法的正しさは、この際問題ではない。
どうして『リビングF(仮)』なんて場所にプレゼント置いたんですか、あすかさんっ。
まさか、完璧に予想していたワケでもあるまいし、ぼくが『リビングF(仮)』に迷い込んでくるなんて……!!
あすかさんからのプレゼントを思わぬ場所・思わぬタイミングで発見した衝撃を受けたぼくは、ぼくが主役のはずであるパーティーの喧騒へとふらふらしながら戻ってきた。
「どーして、のたうち回ってんの?? 羽田利比古くんっ」
ぼくの前方から、まるで放送局の女性アナウンサーのような声。
板東(ばんどう)なぎささん。出身高校の1期先輩。『KHK(桐原放送協会)』というクラブ活動で切磋琢磨(?)した仲だ。
地方局のアナウンサー選考で良(い)いトコロまで行っているという「風の噂」のある板東なぎささんが、ムッスリとした顔でぼくに迫ってくる。
詳細は省くが、気合いの籠もったファッション、であるのは、いいんだけども、
「ぼくが『のたうち回ってる』と断定する理由は、何ですか?」
板東さんは、ぼくの問いを無視して、
「巧(たくみ)くんは野放しにしておいたよ、羽田くんと喋るのにジャマだったから」
『巧くん』とは、すなわち黒柳巧(くろやなぎ たくみ)さん。出身高校の1期先輩で、『KHK(桐原放送協会)』で「二人三脚」のように切磋琢磨した仲だ。
それ以上に重要であるのは、黒柳さんが高校卒業間際からの板東さんの彼氏であるコト。
自らの彼氏を『野放し』だとは、相変わらず板東さんは「厳しい」を通り越して「ヒドい」。
「なーに、その怒(おこ)りん坊みたいな眼つきは。わたしと『Fight(ファイト)』したいってゆーの」
「しませんよ」
ぼくはピシリ、と疑いを退けるけど、板東さんがイヤリングをしているコトに気付いてしまって少しだけ「たじろぐ」。
イヤリングをした板東なぎささんなど、未だかつて眼にしたコトが無い。
たじろぐから、取り繕って、
「そういえば、あすかさんと同じ学年なんですよね、板東さん……。出身高校こそ違えど」
「ばっかじゃないのあなた」
「ば、『ばっかじゃないの』とはなんですか、『あなた』とはなんですか」
「なんでもいいでしょ。ただね、わたしはね、『あの娘(こ)』と同じ学年とかいうワケの分からない指摘を挟まれて『流れ』を止められるのが、イヤなだけ」
「『流れ』?? ますますわかりません、イミが……」
「羽田くんは今まで何をして生きてきたの!? 大学に約2年半も通ってるのに、なんにも『磨かれてない』じゃないの」
ぬなななっ。
「呆れるねー。こんなんだから、あすかちゃんもお邸から飛び出すんだよ」
ぐぐぐぐっ。
「川又(かわまた)ほのかちゃんと、合流(ごーりゅー)しなくても、いいワケー?? ほのかちゃん来てるのに、まさかの別行動だよねえ!? 自分のガールフレンドに、この仕打ち!!」
ぎぎぎぎっ……!!
歯ぎしりをしてしまっている。今朝の洗面所での「決意」は、なんだったんだろう。幾ら板東なぎささんとはいえ、バースデーパーティー参加者に対して、ダサい態度。
たしかに板東さんはパワーハラスメントという名の棒を握ってぼくを打ってくるけど、川又ほのかさんについての言及には正しさしか無いから、言い訳も言えなくなってきてしまう。
下りる微妙な沈黙。誰かが察知したら、『奇妙な沈黙だなあ』ときっと感じるだろう。
歯ぎしりをやめるも、顔を逸らすぼく。
そんなぼくの顔の右側に、
「『鍵を握る第三者』は、疲れるんだからね」
という、板東さんの謎のコメントが当たってくる。
『言語による平手打ち』のような強烈な勢いは、無かった。少しダルそうな声で、右ほっぺたを撫でてくる……そんな感じだった。
× × ×
あすかさんの大親友の久里香(くりか)さんが、スパークリングワイン片手にぼくに近付いてきた。
スパークリングワイン同士の乾杯の後で、久里香さんはぼくの肌ツヤを褒めちぎってくる。
ここまでは、何も無かったんであるが、
「あすかも素直じゃないね」
という含みありまくりのコトバを発した後で、スパークリングワインをグイグイッと飲んでいく久里香さん。
『ぞわり』
またやって来た、背筋に、『ぞわり』が。本日2度目だ。
久里香さんに次に言われるコト次第では、バースデーパーティーの主役らしからぬ巨大な危機に陥ってしまうかもしれない……!
覚悟した。
でも、
「まーいいやー」
と久里香さんは軽く軽く言い、
「あすかの話題は、今日はほとんど出さないようにするから」
と、告げてきた……!!
たすかった。よくわからないが、たすかった。
「わたしさぁー。まだ、眼にしてないんだよね。利比古くん、キミの、英語力の真骨頂を」
そう言いながら、細長ワイングラスをクルクル回す久里香さん。
「イケメン帰国子女なんだからさ、キミは。『英語オンリーで、このお邸を紹介』ぐらいは、してもらわなくちゃ☆」
さっきまでとは違った意味合いで半分窮地に陥るぼくは、
「できますけど……英語オンリーでの、紹介は。問題は、久里香さんに、どれぐらいリスニング力(りょく)があるか……」
「アッそーだった!! わすれてた~~、共通試験の英語リスニングが壊滅的だったせいで、某・◯弁大学の受験を諦めたって過去を☆」
久里香さんッ!?
Pardon!?
「よ~し、そうと決まれば、切り替えていく」
おかしな久里香さんは、
「◯OEIC、何点よ!? おしえて~~!? その点数を肴(さかな)にして、1日中お酒が飲めるからさ!!」
と、ぼくに向かってより一層、歩(ほ)を進めて……。