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【愛の◯◯】わたしは「主人公」で、「メインヒロイン」なんだ。

 

「あんまりクヨクヨしないでほしいかな、わたし。クヨクヨし過ぎちゃうコトがあったら、すぐに電話してください。すぐに駆けつけるんで」

そう言ったのは、真向かいの席のあすかちゃんだった。あすかちゃんの眼に、ココロの強さが漲(みなぎ)っているように見える。彼女のココロの強さに負けているわたしは、目線を少し下げて自分のコーヒーカップの中を見てしまう。『クヨクヨしないでほしい』というあすかちゃんのキモチに応えられなくて、情けない。

わたしは、弱々しく、

「もちろん、あすかちゃんのキモチは嬉しいんだけど」

と言ってから、

「あすかちゃんにしたって、抱え込んでるコトもあるんだって思ってるし」

と言いつつ、恐る恐る……といった感じで目線を上げて、あすかちゃんの表情を視界に入れようとする。

あすかちゃんは、満面の笑顔になっていた。ドキリとして、たじろぐ。

わたしよりもあすかちゃんは年下だけど、今みたいに、あすかちゃんの方が「お姉さん」みたいに見えるコトも少なからずあった。

情けなくも、目線がやや下がり気味になり、

『不用意なコト言っちゃって、ゴメンね……』

と、消え入るような声を出してしまう。

わたしが消え入るような声を出したのを知ってか知らずか、

「わたしの顔、もっと見てくれたっていいのに。もっとも、わたしの顔なんか、おねーさんと違って、見どころなんか皆無なんだけど」

そう言うあすかちゃんに対し、反射的に、

「そっ、そんなコト、無いわよっ」

と声を発するけど、

「だったら、具体的に説明してくれますか?」

と言われてしまったから、つらくなる。

具体的に説明できないから、代わりにあすかちゃんの顔に視線をあててあげた。

やっぱり、満面の笑顔。『具体的に説明してくれますか?』と鋭いコトバを飛ばしてきたけど、満面の笑顔は柔らかだし、慈愛(じあい)みたいなモノすらも感じられる。

「――やっぱいいや」

と、あすかちゃんは軽く言ってから、

「おねーさんに出来る限り優しくしたいキモチ、もっと分かってほしい。この想いだけは、強調しておきます」

やっぱり、あすかちゃんは、わたしより、強い。

彼女の強さにあっさり負けて、コーヒースプーンを手に取り、コーヒーカップの中をぐるぐる掻き回す。縮みこむから、こういう無意味な行動に出てしまう。

 

× × ×

 

アツマくんの帰宅まではまだ時間があった。

わたしの手元には、2杯目のホットコーヒー。「ダメージ」がまだ大きいから、カフェインを摂取するピッチがなかなか上がらない。

その「ダメージ」が胸の中に侵食していきそうになる兆しがあって、コーヒーカップの把手(とって)に手を伸ばせなくなってしまう。

ここで、依然としてダイニングテーブルの真向かい席のあすかちゃんが、

「わたしもコーヒー、ブラックで飲んでみよっかなー、おねーさんみたいに」

意表を突かれて、

「どうして、そう思うの?」

「それは、おねーさんに『合わせたい』から」

「どうして、『合わせたい』の?」

「理由を言い始めたら、日が暮れる」

「えっ」

 

結局、あすかちゃんは自分のコーヒーにスティックシュガーを投入した。

互いに、自分のコーヒーカップの中身を減らしていく。

中身を減らしていくだけで、何かをコトバにして声に出すコトができていない。だから、わたしは、自己嫌悪の沼の中にどんどん引きずり込まれていく。

わたしはわたしの自己嫌悪を認めるのがつらくて、

「……うっかりミスどころじゃないミスが多かった気がするの、試験」

と、言う必要も無い「反省」を、口から出してしまう。

「このタイミングで『反省』だなんて、スゴい度胸ですねえ、おねーさん」

あすかちゃんの明るい声が聞こえてきて、胃袋がキリキリと痛み始める。

「クヨクヨし過ぎないでくださいって言ったでしょー、わたし? これだけ『引きずる』ってコトは、おねーさんが本来のおねーさんから大分(だいぶ)かけ離れてるってコトだ」

自己同一性が失われた結果、自己嫌悪が襲ってくる。……彼女の指摘が、胃袋に響く。

「おねーーーさんっ」

晴れ晴れとした声で呼びかけてくる彼女から、

「野球の話しましょーよ、野球の話」

「えええっ!?」

びっくり。

また、意表を突かれた。動揺がわたしの中を走る。

「横浜DeNAベイスターズについて語り合う方が、湿っぽい話するよりも、よっぽど生産的で楽しいじゃないですかー」

それは……確かに、言えるけど。

産まれた瞬間からベイスターズファンなわたし、ではあるんだけど。

 

× × ×

 

それでも、ベイスターズの現状についてあすかちゃんと意見交換していたら、胸が温まったし、胃袋の不快感も洗われていった。

 

そして、アツマくんが帰ってきた。ダイニングテーブルの仲良し女子2人組の前に姿を現してからすぐに、キッチンに赴き、帰り道のスーパーマーケットで買ってきてくれていた夏野菜を勢い良く洗い始めた。

 

時間は飛んで、夕食後。3人とも『ごちそうさま』を言った後。

「すごく成長してるわね、お料理の腕。今の状態のわたしが、今日作ってくれたパプリカの肉詰めを作ろうとしても、アツマくんみたいなクオリティにはならないわ」

「おいおいなんだよ。そんな自己卑下(じこひげ)するだなんて、試験結果に直面した時のダメージが、相当残ってるんだな」

「バカ兄(あに)!! わざとやってんの!? おねーさんの痛いトコロをわざと突っつこうとしてんの!? 信じらんない」

「いいのよ、あすかちゃん」

「でも、おねーさん……」

「あすかちゃんだって、彼が今日作ってくれたオカズがとっても美味しかったのは、否定できないでしょ」

わたしの右隣のあすかちゃんが、口を結んだ。

「それは、彼のお料理の腕前を肯定するっていう意思表示ね」

図星みたいで、右隣の彼女は食べ終わったお皿をまじまじと見つめる。

「言ってあげなさいよー、アツマくんに、『お兄ちゃん、美味しかったよ』って」

ためらうあすかちゃん。

ためらうのも、仕方が無い。

だけど、彼女には「ためらい」を「打破」してほしいから、わたしの右肩をこっそりと彼女の左肩に接近させて、様子を窺(うかが)ってみる。

 

× × ×

 

あすかちゃんがひたすら食器を洗う音が響いている。

いったん席を立ったわたしは、冷蔵庫に歩み寄って、某・ヤクルトさんの某・乳飲料を取り出して、あすかちゃんの顔の火照(ホテ)り具合をチラチラ見ながら飲んでいく。

その後で、アツマくんを見下ろす。わたしの真向かいの席で自分が作った夕飯を食べていた彼は、席に留まり続けている。

わたしは、両手を後ろ手にして、

「かなわないな……」

と、思わず、コトバをこぼす。

すると、アツマくんが椅子からがばっ! と立ち上がった。いきなりだった。

『どうしたの!?』と訊くヒマも無く、

「なーにが『かなわない』んだよっ!」

と元気な声を浴びせられて、

「試験失敗のダメージを減らしてほしくて仕方が無いみてーだな」

と言われて、グングンと接近される。

彼の体温を感知できるほどに、カラダとカラダが近付いた。

1秒後にはカラダの全部を包み込まれていた。

彼からの抱き締めも日常茶飯事だけど、今はあすかちゃんも来ているから、少し恥ずかしい。

そうではあるんだけど、偽りのキモチなど存在しているワケも無い温もりを彼が提供してきてくれたから、ほんとうに、嬉しい。

 

× × ×

 

アツマくんの体温を注ぎ込まれた反動で、リビングのソファに小さく座り込むコトしかできなくなっていた。

ペタペタという足音が聞こえてきた。

あすかちゃんの足音だ。

軽やかな足取りでリビングに入ってきたあすかちゃんは、速やかに、わたしから見て左斜め前の地点までやって来る。

1秒後には、わたしの左隣に着座していた。

わたしとあすかちゃんの距離が1センチメートル未満になる。

密着寸前状態になった1秒後に、わたしの左手にあすかちゃんの右手の感触がやって来る。

揉まれ始めた。モミモミという感触が、正直キモチ良(い)い。カラダが明確に軽くなって、採用試験の1次選考の結果を目の当たりにしたダメージも明確に軽減されていく。

あすかちゃんの、癒やし。あすかちゃんなりの、癒やし。

「まるで……エステサロンとかでのバイト経験が、あるみたい」

「なにをおっしゃいますかー、おねーさーん」

「だって」

「だって?」

……わたしは首を横に振り、

「ううん、やっぱりいい。……あすかちゃん、ワガママ言っていいかな」

「モミモミされる時間を延長したいんでしょ♫」

「そうよ、そうなの」

「じゃあ、がんばります☆」

「おねがい」

 

× × ×

 

なんとアツマくんまでもがソファに座ってきた。わたしの右隣。つまり、現在(いま)、戸部兄妹(とべきょうだい)からわたしは『サンドイッチ』されているのだ。

アツマくんはわたしの右肩をさすってくれる。

あすかちゃんに左手を揉まれて、アツマくんに右肩をさすられた。兄妹の両方から、両サイドから、癒やされた。

だから、

「ふぅっ」

という息を、吐かざるを得ない。

「大分(だいぶ)抜けたみたいだな、余分なチカラが」

アツマくんの指摘に対して、

「うん」

と応答し、

「チカラが抜け過ぎたら、しばらく立ち上がれなくなっちゃうかも、だけど」

いきなり、左サイドから、

「も~~~っ。おねーさんってば、キワドいですよ~~~っ」

と、あすかちゃんの声。

キワドい理由が分からないから、

「どうして、キワドいの?」

と、流し目を送りつつ、疑問を呈示するけど、

「女子のヒミツですっ☆」

とあすかちゃんが言うものだから、わたしの流し目は持続してしまう。

「おいコラ。愛(あい)もあすかも、茶番劇を演じ過ぎるんじゃないっ」

わたしの右サイドから、アツマくんのお叱り。

「愛よ。おまえをサンドイッチの如く挟み込んだ理由が分かるか」

問われたけど、押し黙る。

……そんなわたしを、

「今夜は、おまえが主役なんだよ」

と、アツマくんが、元気づけてくれる。

『主役』、という響きが、嬉しかった。

「そーですよそーですよっ」

あすかちゃんも、お兄さんたるアツマくんに負けじと、

「おねーさんは、なんてたって、主人公でメインヒロインなんですから!!」

そっかあ。

わたし、主人公なんだ。わたし、メインヒロインなんだ。

もしかしたら、2人とも、そういう「自覚」を、わたしに持ってほしいのかも。

わたしに自信を取り戻してもらいたいんだ、きっと。

そうよね、そうなのよね。自信を取り戻してもらいたいのが、兄妹の願い。もし、この部屋に1ヶ月遅れの七夕竹(たなばただけ)が飾られていたら、2人はきっと短冊に、『愛が早く、自分らしさを取り戻しますように』『おねーさんが早く、おねーさんらしさを取り戻しますように』って書いているコトだろう。

わたしがわたしであるコトは、やっぱし、大事なんだ。

例えば、朝、自分の顔を鏡で見ながら、アツマくんに向けて、『わたしってやっぱり美人で可愛いと思わない!?』と問いかける。こういうのも、どうしようもない自分らしさだけど、紛れもない自分らしさ。

 

両サイドからの2人の温かみに包まれ続けたまま、夜が更けていく。……それも悪くないって、わたしは、思い始める。

ダメージの入った器(うつわ)が、どんどん重さを失っていく。

 

 

 




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