愛(あい)とのLINEのやり取りを終える。
あんまり引きずってほしくないけど、引きずらない方が無理かな。
愛は強がっていたと思う。可愛いスタンプを連投(れんとう)していたのが証拠の1つ。
失敗したショックは、強がるコトで癒せるワケじゃない。強がり過ぎるのは、心配。
あっちが少し落ち着いてから、声を聴いてあげたい。スマートフォンで通話するだけでもいいんだと思う。耳を傾けてあげるだけでもケアになるし。愛に喋ってもらった後で、何かアドバイスをプレゼントしてあげられたら、大親友としての務めを果たせる。
わたしの誕生日前日というコトでアカ子がわたしん家(ち)に乗り込んでくる。アカ子が入ってくるのに備えて軽く部屋掃除をする。みすず書房の厚めの本を部屋の隅っこに放置してしまっていた。些細なコトかもしれないけど、放置しておくよりは書棚にちゃんと戻しておいた方がいいと思う。
例によって白色(しろいろ)の装丁のみすず書房の本を部屋の隅っこから拾い上げ、書棚に戻し入れた。そのついでに、結構充実してきたラインナップを右から左へと眼でなぞっていく。税込み3000円以上の書籍だけを並べている箇所だった。だいぶ、学術に専心する人間らしくなってきたと思う。
それからわたしは書棚から離れ、ベッドにぽーんと腰掛ける。
「ふぅ」
と小さく息を吐き、学術書を読もうとしてもなかなか読めないような状態(コンディション)であると思われる羽田愛(はねだ あい)の助け方をあらためて考え始めていく。
× × ×
17時30分ちょうどに青島家(あおしまけ)に乗り込んできたアカ子が、わたしの部屋のわたしの勉強机の手前の椅子に優雅に腰掛けている。アカ子は身長158センチだけど、160センチに届いていないのを感じさせない……そんな椅子の座り方だ。163センチのわたしと同じくらいの背丈であると錯覚してしまう。流石に某・自動車メーカー経営者一家(いっか)のお嬢さまは違う。椅子の座り方1つとっても違うのである。
愛の「事情」はアカ子にはもう伝えていた。『それなら、明日のさやかちゃんのお誕生日祝いに来られないのも仕方が無いわね』と、アカ子はすぐさま理解を示していた。
現在時刻は18時をとっくに回っている。窓の外が夕焼け空に近付くのを感じ取る。
ベッド座(ずわ)りのわたしはアカ子に再び向き合ってから、
「夕飯が出来上がって母さんが呼んでくるまでもう少し時間ありそうだし、『アフターケア』の方法でも考えてあげよっか」
背筋がエレガントに伸びている社長令嬢は、
「愛ちゃんへの『アフターケア』よね。どんなサービスをしてあげたら元気になってくれるかしら?」
「あんたの方が思いつき易(やす)いんじゃないの?」
「どうしてそう思うの?」
「わたしと違って社会人だから」
「なあに、それ」
柔らかくエレガントな笑顔を絶やすコト無く、アカ子は、
「社会人1年生も大学院1年生も、そんなに変わりは無いと思うんだけれど」
「いやいや、変わりは有るでしょ」
「具体的には?」
「それを説明してたら、アカ子が夕ご飯を食べられなくなっちゃう」
「説明が長引くってコトね。分かったわ、説明しなくても許すから」
「たはは、許されちゃったよ」
「夕ご飯をいただけなくなるのは困るもの。わたしが今『腹ペコ状態』であるのぐらい、さやかちゃんだって把握してるでしょ」
アカ子が『腹ペコ状態』とか言っちゃうのが可笑しくて、ついつい笑い声をこぼしちゃう。でもわたしは、余計な笑い声をこぼしちゃった後で、
「把握してるよ。あんたと何年トモダチだと思ってんの」
とチカラ強く伝えて、チカラ強くアカ子を見る。
アカ子の笑い顔もキリリとなった。引き締まった笑顔で、わたしの両眼に視線を伸ばしてくる。
わたしも何も言わず、アカ子の美しい眼に視線を伸ばしていく。
× × ×
青島家4名にアカ子を加えた計5名の夕飯は賑やかだった。
賑やかさの余韻に浸りながら部屋のドアを開けたわたしは、今度は勉強机手前の椅子を選択して着座する。椅子を先取りされたアカ子は、大人しくベッドの上を自分の座席にする。
さっきとは逆の構図で向かい合った直後に、
「モンスター食欲は健在だったねえ」
と、食卓でのアカ子の「暴れぶり」をからかってみる。
自由奔放にご飯をお代わりし、自由奔放にオカズをお代わりしていた。わたしの向かいの席の兄さんが苦笑するのをわたしは見逃さなかった。兄さんが呆れ笑いに限りなく近い苦笑い顔になってしまうほどに、アカ子は食べまくっていた。これで『幾ら食べても太らない』という属性持ちなのだから、『モンスター』どころの話ではないのかもしれない。漫画やアニメの世界から抜け出してきたんではないかと本気で疑ってしまうぐらいの食べっぷり。たいへん宜しいコトで……。
からかわれてしまったアカ子だったが、むしろニッコリ顔の度合いが増して、
「このお家(うち)のお米の蓄えを減らしてしまってごめんなさい」
と、謝罪といえるのかどうかビミョーな返答を届けてくる。
「ホントだよー。主食は貴重だよー」
と言ってから、わたしは、
「あのさ。あんたの『萌えキャラ的大食い』以上に不可解なコトがあって」
「なにかしら?」
「『なんで、明日まるまる1日お休みできるのか』ってコト。明日は日本全国木曜日じゃん? お盆になるのは1週間先じゃん? 社会人1年生なのに、このタイミングでよく休暇が取れたものだよね。職場の方々の眼とかが気にならなかったの」
「あらー」
余裕を見せるアカ子は、
「なーんにも分かってないのねえ、さやかちゃんってば☆」
とコトバによってさらに余裕ぶりを見せつけ、
「用意周到にお休みを作ったのよ。たしかにわたしは社会人1年生だけれど、こういったスケジュールの作り方には慣れてるの。社会人になる前から、場数を踏んでたから。経営者の娘として……ね」
場数を踏んでいたのとスケジュール作りの周到さにどんな因果関係があるんだろうか。
正直、不審なのだが、『わたしの知らない世界が存在してるんだろう』と、不問にして、ピンポイントで休暇を作り上げられたのも不問にしておくコトにする。
「さーやーかちゃんっ☆」
唐突に前のめり姿勢になって唐突に名前を呼んできたアカ子が視界に入ってきた。
「こんな話題で時間を浪費するのは『やめ』にしましょーよっ。8月7日が迫ってるのよ? あなたの誕生日になっちゃうのが迫ってるのよ? 日付が変わる前に、『前祝い』を済ませなきゃ」
アカ子が何がしたいのかというのが手に取るように分かってしまうのだが、とりあえず、
「『前祝い』に向けて前のめりになるのはいいけど、『前祝い』を始める前からあんまりコーフンし過ぎるのは良くないと思うよ。テンションは適度に上げなさい」
たしなめられたアカ子は「半笑い」と定義できるお顔になって、
「厳しいわね」
と言い、
「けれど、その厳しさをいつまで続けられるのかしら。わたしに無理に『ついていこう』としたら、さやかちゃんは絶対に『呑(の)まれちゃう』でしょうに」
『呑まれちゃう』とアカ子は表現した。
何を呑んだ結果、何に呑まれるのか……。読者の皆様も、そろそろ感づく頃。
「わたしがダイニング・キッチンに行って、ボトルをここに持ってくるわ! わたしがボトルを持ち込んで冷蔵庫に入れさせてもらったんだから、わたしの自己責任!!」
アカ子は叫ぶ。
『自己責任論はアルコール関連に留めておこうね……』と、わたしは胸の中で独(ひと)りごち。
× × ×
甘かった。アカ子が持ち込んだ洋酒が甘かったのではない。わたしの見通しが甘かったのだ。持ち込んだ2本のボトルで『アルコール激強(げきつよ)お嬢さま』が満足できるワケも無かったのである。わたしの部屋に、長短(ちょうたん)さまざまの空き缶が乱立……。もちろん、缶のストックが最初から豊富だったワケでは無い。回数は本人の名誉のために伏せておくけど、アルコールを調達するのが目的で、お嬢さまは何度も家の外に出ていた。
アルコールのためなら、たとえお店まで最低徒歩1時間かかるとしても、お嬢さまは軽やかな足さばきで歩いて行くコトだろう。羽田愛のコーヒー偏愛も相当だが、アカ子お嬢さまのアルコールへの愛情の傾け方も眼を見張るモノがある。飲み物が、人間の眼の色を変える……。恐ろしいコトだ、ほんと。
アカ子お嬢さまとは違って慎ましくアルコールを摂取していたわたしは、
「空き缶回収までが『前祝い』だよ」
と注意する。
「あはははっ。さやかちゃーん、おもしろーい♫」
ちょーっとちょっとっ。
そのリアクション、ちょっとばかし、おかしいよ?
もしや、アルコール、あんたの中に「食い込んで」きてる?
だとしたら、不可解なんですけど。アカ子がアルコールに敗北するトコなんて、今まで一度たりとも眼にしたコトなんか無いのに……!
椅子を離れてカーペットに腰を下ろしていたわたしは、アカ子の様子に本日最大の注意を払う。
飲み干すコトで乱立させた空き缶を用いて遊び始めたりしないかどうか警戒するわたしに、
「空き缶回収なんて日付が変わってからでもいいのよっ!! ねえねえ、さやかちゃん、さやかちゃんってばっ、わたしに『100の質問』をしてちょーだいよっ。古(いにしえ)のインターネット文化では盛んだったってゆーじゃないのよ、『100の質問』的なページを自分のサイトに設けるってゆーのが。あれは自作自演の『100の質問』も多かったって聞くけれど、まあそんなコトはどーでも良くって、つまりね、さやかちゃんには一刻も早く質問を投げかけてきてほしいの!! なんだってOKよ!? たとえばー、そーねえー、わたしの初任給……あなたはまだ、ご存知無いでしょっ!? 今夜が『訊きドコロ』よっ、『訊きドコロ』!!!」