学生会館の中をすいすいと歩いていく。『PADDLE(パドル)』編集室にノックもせずに入っていく。7年生の結崎純二(ゆいざき じゅんじ)がデスクトップPCのキーボードを乱打している。
キーボードを打ちまくる結崎の安楽椅子目がけて、
「日曜出勤~~」
と声を掛ける。
タイピングの指を停めないまま、結崎は、
「浅野(あさの)かよ」
と不満げな声をこぼす。
「そーよ。浅野小夜子(あさの さよこ)よ。仕事が休みだから来てあげたの。感謝して?」
「おまえに感謝などするか馬鹿!」
キーを強打したかと思うと、乱立しているエナジードリンクの缶に向けて左手を伸ばし、その中の1本を掴み取り、一気に飲み干すような勢いで喉に流し込む。
そんな結崎が本当に面白くて可笑しいから、笑い声を出すのを我慢できない。
「おい浅野、それだけ爆笑してるってコトは、もう十二分に満足したってコトだろ。出ていけ」
「満足って何のコト?」
余裕たっぷりのわたしはイジワルに、
「あなたの留年大学生ぶりなら、まだ少しも味わい尽くしてないんだけど?」
途端に、結崎がデスク上をエナドリ缶で叩いた。虚しい音が室内に響き渡る。
「大学7年生がパワーなハラスメントしようとしても説得力無いわよ」
「おっまえなあっ……!! 幾ら、このブログに超久々に登場できたからって」
チカラを籠めてメタフィクションなコトを言う結崎に、
「超久々の登場が、どーかしたの?」
と、悠々と反撃する。
× × ×
放蕩(ほうとう)留年大学生が座る安楽椅子に急接近のわたしは、
「ねえ、あすかちゃんは来ないの?」
放蕩息子・結崎は、近付いてくるわたしの存在が如何(いか)にも鬱陶しそうに、
「知らん」
わたしは、
「本当に何にも知らないの?」
結崎は、
「特に連絡とかは来とらんし」
わたしの存在から眼を背けようとして必死な結崎に対し、わたしはわざとらしく両手を両方の腰にあてて、
「どうしてもっと密(みつ)に連絡をとらないのよ。あの娘(こ)があなたに協力しないと、『PADDLE』っていう雑誌は前に進まないのよ?」
と、怒っている「フリ」をする。
「おまえに叱られる筋合いは無い」
結崎の殺伐とした声が若干震えを帯びる。
結崎があまりにもどうしようもなく無惨なので、結崎の上半身に向けてわたしが前のめりに「なってあげよう」とした時、ドアが動く音がした。
あすかちゃんだ。
× × ×
社会人みたいなオトナっぽい装いのあすかちゃん。もしかしたら3つ年上のわたしよりもオトナっぽい装いかもしれない。
この娘も、あと8ヶ月したら社会人。具体的な描写は諸般の事情で省くけど、実年齢より何歳か上の社会人女性と言われても信じてしまうぐらいのオトナっぽさを身にまとっている。
「結崎、結崎」
「なんなんだよ浅野。ぼくの苗字を連呼するな」
「あなたって、ファストファッションの洋服しか持ってないのよね」
「……意味が分からんのだが!? 唐突な」
『お兄さんのファッショナブルさと比べたら、天と地の差……』というコトバを胸に丁寧にしまい込んで、
「あすかちゃんの身だしなみをちゃんと観(み)てあげなさいよ。相当気合い入れてオシャレしてるのよ?」
と告げ、安楽椅子を無理やり回し、パイプ椅子のあすかちゃんのオシャレに直面させる。
リアクションに困り始める結崎純二。
見かねて、
「彼女のオシャレを素直に認めてあげなさいよ」
と言うわたし。
なんだけど、
「『オシャレ』『オシャレ』って、浅野さんは言ってくれますけど」
と、なぜか弱めな声であすかちゃんが喋り出し、
「わたし、所詮は、サブヒロイン的存在だし。このブログで主役張ってるワケでも無いし。たしかに、ブログの主要構成員の1人ではあるけど、例えばアニメのED(エンディング)クレジットだったら、永遠に3番目にしかクレジットされないような……」
わたしは、やや慌てて、あすかちゃんのパイプ椅子に歩み寄って、
「お、おーい、あすかちゃーん?? なーんか、『あらぬ世界』に入り込んでないかしら??」
沈み込むようなあすかちゃんは、
「すみません……」
漫画だったら、『ズーン』という擬音が大きく描(か)かれそう。アニメだったら、ココロの沈み込みを表す重たい効果音が鳴り響きそう。
そんなあすかちゃんに、わたしは、正直言って当惑……。
× × ×
あすかちゃんのバッグのブランドを訊き出せないまま解散してしまったのは惜しかった。
× × ×
それにしても。
恋煩(こいわずら)いでも……あるのかな。