ダイニング・キッチンでそうめんを食べていた。
メンバーは、
・ぼく(流(ながる))
・梢(こずえ)ちゃん
・あすかちゃん
・利比古(としひこ)くん
の4名。
なお、明日美子(あすみこ)さんは当然の如(ごと)く絶賛お昼寝中である。
利比古くんが、真向かいのあすかちゃんに、
「あすかさん、めんつゆ要りますか?」
と声を掛ける。
そうめんが入った器(うつわ)に箸を伸ばそうとしていたあすかちゃんの手がビタァッ! と止まる。
あすかちゃんの右手はそのまま硬直。箸をキツく握り締めている状態。
利比古くんを見てあげないあすかちゃんは、縮こまるように、そうめんの残りが入ったガラスの器を見つめながら、
「とっ、利比古くんは、大胆なんだねえ、あははっ」
と、いつもと違う声を出す。
「え。それはどういう意味なんでしょうか」
きょとん、として利比古くんが真向かいの彼女に問い掛ける。
「ぼく、追加のめんつゆが要るかどうか訊いたんですけど」
「だ、大胆は、大胆だよっ。……うん、そーなんだ、そーなんだよ」
震えを帯びるあすかちゃんの受け答え。
「利比古くんは、夏が深まるに連れて、大胆に、なってるよね……!?」
噛み合っていない。明らかに噛み合っていない。ぼくは利比古くんの左隣に座っているのだが、ぼくの真向かいの梢ちゃんも、噛み合わない状況に違和感を覚えているはずだ。
ぼくは梢ちゃんに眼を向ける。梢ちゃんは介入しようという素振りも見せず、微笑みながら、めんつゆや薬味を入れた自分の容器を箸で軽く突っついている。……「違和感」の3文字はどこに行ったというのだろうか。
「あすかちゃん」
ぼくの方からも呼び掛けてみる。
「利比古くんは、追加のめんつゆが要るかどうかって、あすかちゃんに訊いてるんだよ」
あすかちゃんは箸を置き、テーブルの端に両手指を添える。チカラが抜けてしまったかのようだ。
あすかちゃんの閉じられた口から、ぼくは「悩ましさ」のようなモノを感じ取る。
× × ×
あすかちゃんの様子には違和感しか無い。
利比古くんのコトバに上手く応答できなかった昼のダイニング・キッチン。あの情景を思い返すと、
『もしや、利比古くんへの意識が過剰になってるとか?』
と考えてしまう。
『過剰な意識といってもいろいろだけど……』
考えていくぼくは、
『『異性』として、過剰に意識してるとか?』
と疑い始めてしまう。
あすかちゃんは女の子。利比古くんは男の子。
1学年下の利比古くんがこの邸(いえ)にやって来たのは5年前の春であった。あすかちゃんの部屋に近い部屋で利比古くんは寝起きしたりするコトになった。
部屋が近い異性同士だったのだが、これといった『波乱』も無いまま5年間が過ぎていった、ように感じていた。
ただ、ぼくの見えないトコロで『出来事』があり、『変化』があったのかもしれない。ぼくの部屋が1階であるのに対して、あすかちゃん&利比古くんの部屋は2階。ぼくはほとんど階上(うえ)に上がらないから、2階の様子はよく分からない。
『穏やかな関係性だ』と思っていたのは思い違いだったのかもしれない。「何か」が起こったから「何か」が変わっていき、その結果として、昼のダイニング・キッチンにおいてあんな風に振る舞うしかできなくなるあすかちゃんが生まれた。
× × ×
夕食が終わった。昼食と同じメンバーだった。
あすかちゃんは一切コトバを発しなかった。
ぼくは『リビングD(仮)』で文芸誌を読んでいる。『リビングD(仮)』とはあすかちゃんの命名である。このお邸(やしき)で4番目に大きなリビングだから、仮に『リビングD』としておくのだという。
文芸誌に掲載されていた小説を読んでいたのだが、段々と流し読みモードに移行していってしまった。あすかちゃんの様子の変化が気になってしょうがないのが流し読みモード移行の大きな原因であるのは否定できない。
『このまま流し読みを加速させてしまったら、読んでる意味もあんまり無いよな……』
そう思って文芸誌を閉じようとする。栞(しおり)が無いのでページの左上部を折ろうとする。
その時、
『流(ながる)くん、はっけーん!』
という元気で明るい声が、『リビングD(仮)』の入り口の方から聞こえてきた。
梢ちゃんだ。
ぼくから見て右斜め前のソファの中央に腰掛けた梢ちゃんが、
「ちょっとばかしマジメな話、したいんだけど?」
と、左腕で頬杖しながら言ってくる。
僅かな間(ま)を置いた後でぼくは、
「きみの『マジメな話』の主題(テーマ)はだいたい分かってるよ」
梢ちゃんは、
「それなら話が早い」
と言って少し前のめりになる。
ぼくは、
「『ふたり』を暖かく見守るのはいいんだけど、もう少し口出しをしても良かったんじゃないの? 特に、あすかちゃんに対するフォローのための。女子同士なんだからさ」
「え、ぜんぜん分かってないじゃん、流くん」
「……『ぜんぜん』って、なに」
「『オンナゴコロと夏の空』ってよく言うじゃん」
「それを言うなら『秋の空』だよ」
「『夏の空』でもいいんだよ」
今夜もずいぶんと「困ったちゃん」な梢ちゃんに直面し、ぼくは溜め息を吐いてしまうものの、再び彼女の眼をきちんと見て、
「あすかちゃん、かなりおかしくなってるけど、きみも当然気付いてるよね」
あすかちゃんの「変化」の裏にあるモノなら、ぼく以上に察してるのかもしれない。そういう「読み」でもって、梢ちゃんからの答えを促す。
「まさに、そんな点について、流くんとマジメな話がしたかったんだよー」
YESかNOで答える代わりに梢ちゃんはそう言って、
「ね、ね、流くんはさぁ、『どっち』に『BET(ベット)』する?」
「『BET(ベット)』? 賭け事ってことか?」
「なーんでそんなに鈍(ニブ)いかなー」
少しムカつくぼくに、
「あすかちゃんが、『惚れちゃってる』のか、『惚れちゃってない』のか。この2つの可能性のどっちかに、賭けるんだよ」
という梢ちゃんのコトバが来る。
「惚れる・惚れないの二分法(にぶんほう)で済まされるような問題でも無い気がするんだけど」
ぼくは言うが、ただちに、
「流くんウルサイ」
と、梢ちゃんから尖った声。
「お、おいっ」
少し怯(ひる)むぼくに、
「私、勝負師なんだから……。この丁半博打(ちょうはんばくち)、絶対に勝てる自信があるよ」
と、梢ちゃんの気迫の籠もった声が響いてくる。