小松(こまつ)まなみです。都内のとある私立大学の2年女子。『漫研ときどきソフトボールの会』というサークルに入っていて、カラダを動かすコトがもちろん得意だし好きです。
……んーっと、『漫研ときどきソフトボールの会』(略して『漫研ソフト』)が最近どんな感じなのか、知りたかったりしますか?
最近の『漫研ソフト』ですけど……そうですねえ、男子が不甲斐無いです。
男子会員の方(ほう)が多いはずなんですけど、おしなべて、不甲斐無いんであります。
ハイ。
× × ×
18時になった。学生会館のすぐ傍(そば)だ。あたしはスポーツバッグを肩に掛けていた。さっきまでソフトボールの試合をしていたのである。
男子の不甲斐無さは揺るぎが無く、無様(ブザマ)な三振や無様な被弾(ひだん)が比較的多く目立っていた。
でも、男子たちを酷評し過ぎると、次第に可哀想になってくる。
そして、さっきまでグラウンドで悲惨な姿を見せていた男子たちがますます可哀想になってくるほど「眩しい男子(オトコ)」が、あと少しであたしの眼の前に姿を現してくれるコトになっている。
しかも、その「眩しい男子(オトコ)」は、なんというか……あたしより、年下で。
× × ×
河端海也(かわばた かいや)には些(いささ)か頼りなげな部分もあるのは否定できない。だけど、眩しさの魅力の方が圧倒的に上回っている。「眩しさの魅力」ってのは、見た目の魅力でもあり、中身の魅力でもあり。……もっと具体的な、魅力? あたし、上手に説明できる自信が無い。『漫研ソフト』の男子を9球で3者連続三振する方が、よっぽど簡単。それぐらい、形容が難しい。どうやっても形容するのが難しいぐらい、眩しい。
あたしの前に現れたばかりの海也は、薄手の半袖シャツからのぞいている二の腕もよく日焼けしている。それぐらいコンガリ焼けてるのが『眩しい』なんて妙な形容かもしれないけど、具体性のある海也の魅力って言うコトができないかな。
「まなみセンパイ、なんで無言でジーッと眺め続けてるんですか? オレの肩に蝉(せみ)が引っ付いてたり……?」
あっ。ヤバい。海也のコト、見つめ過ぎてた。
もちろん演技でもって右手をヒラヒラさせつつ、
「蝉なんか引っ付いてるワケないじゃ~ん、もぉ~っ」
と親しみを籠めた口調で言って、それから、もっと至近距離になって、
「ねえ海也、マックとモスの、どっちが好き?」
とクエスチョンを投げかけて、1期上のお姉さんらしさを示していく。
同じ高校の1期下で、学部やキャンパスこそ違えど同じ大学の1期下な河端海也は、
「いきなり迫ってきましたね」
と少し驚きを見せながら言い、
「ファーストフードの好みは、多種多様ではありますけども……」
と前置きした後で、姿勢が完全に前のめり状態のあたしの鼻のあたりに視線を当てながら、口をゆっくりと開く。
× × ×
時刻は18時40分をまわったトコロである。
あるんだけども、
「あんたがロ◯テリアを指名してくるもんだから仰天しちゃったじゃんよ」
まさかの海也の「推し」だったのである。
近場には店舗が無かったので、公共交通機関を使う羽目になったし。
「◯ーキンの方がお店見つけやすいよね? 最近は特に」
とあたし。
「よく言われてますよね」
とあたしの後輩。
「ロ◯テリアと◯ーキンの関係、よく分かんないんだけど」とあたし。
「オレもです」と後輩。
がくーっ。
「だったら、なーんでわざわざ、ロ◯テリアを?」
尋ねるあたしに、
「それは、ロ◯テリアだからですよ」
「海也っ、それは無いよ、納得できないよっ」
なぜか、照れ笑いが、海也の魅力的な顔面に浮かび上がる。
かすかな高鳴りがあたしの胸に起こった。
少しだけ下がる目線の先に、海也の上半身を包む薄手の半袖シャツ。
黄土色(おうどいろ)の地(じ)で、よく読み取れない黒色の横書き文字が胸の部分に描かれている。たぶん、英語の筆記体とかだと思う。
「いちばん懐かしさを感じる外食チェーンが、ロ◯テリアなんです」
海也の声が「理由」を示した。
ほんの僅かなざわめきがあたしの胸に起こった。
「懐かしさって。……しかも、ハンバーガーのみならず、全部の外食チェーンを対象にした結果、ってか」
「そうなりますね」
海也の受け答えの声は明るい。
僅かならぬざわめきを胸に感じ、そのざわめきの直後に、どくん、という明確な音が、胸の内部の左側で、跳ねる。
いちばん大切な臓器がジャンプした結果、あたしの視線の角度が過剰に下がる。手前のトレー上の某バーガーを両手の指で弱くつまみ、口元に持っていく。
萎縮するつもりなんて無かった。
今、せっかく海也を眼の前にして2人きりで食事をしているというのに、海也の真向かいの不甲斐無い「年上お姉さん」は、どんどん小さくなっていってしまっている。このまま身も心も縮小し続けると、小動物どころか蝉(セミ)のごとき虫レベルのちっぽけな存在になっちゃいそう。
海也のおかげで極端に縮小する。海也のせいで極端に縮小する。
……レタスの歯ごたえが、気に食わなくなる。
でも、
「すみませんセンパイ、オレ、突っ走り過ぎましたか?」
という謝り声(ごえ)が耳に響き、その結果、1期上のセンパイ女子としての感情が再び盛り上がってくる。
感情というのは、ほとんど責任感。コドモみたいに自分勝手に弱って縮こまって、好きな後輩男子を戸惑わせてしまった。その責任を感じているってコト。
すっく、と顔を上げるあたし。すううっ、と息を吸うあたし。
「突っ走ってないよ。」
ハッキリクッキリキッパリとコトバを出したあたしは、
「むしろ、あたしの方が突っ走ってたまである」
「え? どういうコトですか、センパイが、『突っ走ってた』??」
「んー。どーいえば、いーのかな」
苦笑いするあたしがいた。
苦笑いに愛情を目一杯籠めたくて、がんばる。
そして、がんばりながら、
「海也」
と、さり気なく名前を呼んで、
「あたしの顔、よーくチェックしてよ。マヨネーズとかソースとか、付着してないかどうか、あんたの眼で確かめてほしいんだ」
海也は、ほんのちょっとの間(ま)の後で、
「かしこまりました」
と、ほんのちょっと変な応答をしてから、あたしの顔に視線を注ぎ込み始める。
想定外だった。
海也とのこれまでのコミュニケーションでは経験したコトの無かった心臓のハイジャンプがたちまちに発生したのだ。
どんどん高鳴る。がんがん高鳴る。
高鳴る音、止(や)まない。
連動して顔が絶対赤くなってるはず。顔の赤みを海也は絶対に把握するはず。海也の二の腕の日焼けと違って少しも魅力にならない赤みが、あたし史上最高に恥ずかしく……!!!