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【愛の◯◯】夢と魔法の(?)「延長戦」

 

20時55分。俺のアパートへと続く道。

大井町侑(おおいまち ゆう)さんと「反省会」をしている。いったい何の「反省会」なのか? 

「『海の日だからこそ『シー』』っていう選択肢もあったと思う。だけど、まずはやっぱり『ランド』からよねぇ」

……右隣を歩く大井町さんがどんな場所について言及しているのかお分かりだろうか。

そう。お気付きになられた方も多いかもしれない。千葉県浦安市にあるクセに『東京』を名乗っているあのテーマパークである。言い換えるならば、『夢と魔法の国』である。

なんと大井町さんにとっては人生初の『夢と魔法の国』だったという。帰りの京葉線車内で『ホントのホントで行ったコト無かったの?』と訊いた。すると、彼女は苦笑しながら『無かったのよ』と答え、『家が貧乏だったからテーマパークで遊んだりする余裕も無かったの』と理由を説明した。気まずくて俯く俺に、『友達も多くはなかったし』と彼女が付け足す声が響いた。車両の床面に視線を固定させてしまう俺が居た。見かねた彼女から、『新田(にった)くんが沈み込む必要なんて無いのよ?』と優しい声が届けられ、俺は少しだけ回復した。

――現在に戻る。すっかり暗くなった中で大井町さんの左隣を歩いている俺は、

「きみが嬉しそうで俺も嬉しいよ。楽しかったキモチがきみの中に残り続けてるのを感じる」

「ずいぶんカッコつけるのねぇ。あなたらしくない付け焼き刃な言い回しにしか聞こえないわ」

ん……。

「嬉しかったのは事実。楽しかったのも事実。楽しさが今にまで続いてるのも事実」

そう言ってくる大井町さんが街灯に照らされる。タイミングが良い。いや、良過ぎる。

背中に少しだけかかるぐらいの黒髪ストレートが街灯に照らされ、髪の輪郭が光を帯びる。そして、彼女が元気に笑っているのも俺の方にダイレクトに食い込んでくる。

「元気だね。俺の疲労度の半分以下の疲労度なんだろうね」

「言えてる~」

無邪気な声。少しビビってしまう。

「わたし、反省会を進めたいんだけど」

「どうやって進めていく?」

「アトラクションの感想を言い合うのよ」

「それ、いつまで続けんの」

「あなたのアパートに入るまで」

彼女は無邪気な声を持続させているし、『あなたのアパートに入るまで』とか言ってくるし、俺は立ち止まるしか術が無くなってきてしまう。

俺の立ち止まりに構うコト無く彼女は、

「飛沫(しぶき)を浴びるマウンテンがあったでしょ? 落ちてゆく瞬間のあなたの情けない顔が今でも眼に焼き付いてるわ」

と俺をグリグリと口撃(こうげき)してきて、

「でも、スプラッシュなマウンテンも良かったんだけど、ビッグでサンダーなマウンテンはもっと良かった」

絶叫マシンへの耐性が強いんだろうか。俺はどちらかと言えば絶叫系は苦手だ。もし、彼女が今後『富士の急行的なハイランドに行ってみたいわ!』とか言い出したらどうしよう。生きた心地がしないデートになっちまうぞ。

「スリルがある方がいいのよ。創作だってそうでしょ。わたしが作ってる絵本にしても、あなたが作ってる漫画にしても」

「確かにな……。手塚治虫がしょっちゅう言ってた気がするよ、『この作品にはスリルをいっぱい盛り込んでみました!』って。手塚作品には確か『スリル博士』ってのもあったはずだ」

「まるで手塚治虫先生に実際に会ったコトがあるみたいな口ぶりねぇ」

容赦が無い彼女は、

「そして、伝家の宝刀たる漫画ムダ知識」

「……漫画の知識にムダなんて無いよ」

「あなたの声のトーンからして説得力皆無だわ☆」

胃が少し痛くなってきた。

が、

手塚治虫もディズニーに憧れていた。有名な話だが」

と脱線覚悟で言ってみる。

「あ。それぐらいのコトなら、わたしも知ってるわ。『バンビ』だったっけ、『白雪姫』だったっけ? 映画館に通い詰めて100回以上観たとか」

「『バンビ』、だったかなあ。俺も正確には憶えてなくって」

「なあに、それ。オタクとして、『ちゅーとはんぱ』じゃない??」

なぜこんなにコドモっぽい声を発してくるのだろうか……!

まるで、俺に、『甘える』かの如くに……?

甘くないのが大井町侑さんのはずなんだ。どれだけ距離が接近したって甘くないのは変わらないはずだ。

だから、コドモみたいに甘えるようなモノを彼女から感じ取ると動揺してしまう。夜道を上手に進められなくなってしまう。

 

アパート入り口までもう少しといった所まで俺は何とか辿り着いた。

対照的な大井町さんは悠々と、

「ごめんね、わたしばっかりがアトラクションの感想を言っていて」

と謝りコトバを発する。

『ごめんね』の響きにやはり甘さがある。ヒンヤリとしたモノを感じてしまう。

大井町さんが早足になり、俺よりも数メートル先行する。

立ち止まって振り向いてくる彼女が、

「謝るだけなのは良くないし、謝るだけだと後味悪くなるから」

と言い、

「新田くん。あなたには、わたしの目一杯の感謝をプレゼントしたい」

とキモチを伝えてくる。

俺の方も足を早めて大井町さんに近付く。大井町さんの位置が再び俺のほぼ真横になる。

微かなる顔面の発熱を自覚しながら、

「感謝をプレゼントって、なに」

と俺は訊くが、

「コトバ通りよ」

と無情なる彼女は答え、

「なによー鈍(ニブ)いわねー。そんなに鈍感だから、大学卒業間際までカノジョができなかったのね」

と言ってからすぐに、

「わたしがカノジョになってくれて、ほんとーに良かったわね☆」

とか言ってくるから……俺の発熱が加速していく。

「だけど、あなたからの感謝は後回し。今は、わたしからの感謝をプレゼントするお時間」

アパートの建物の間近の街灯が大井町さんをキラキラ照らす。

手を後(うし)ろ手(で)にして彼女は前のめり。前のめりになる対象が俺以外に存在しているはずも無く。

彼女の凛とした眼に自分の眼を合わせづらくなる俺に向けて、

「ありがとう。わたしをTDLまで導いてくれて」

「みちびく……?」

「分かりにくかった? 夢と魔法の国に連れて行ってくれてありがとうってコトよ」

前のめりのままで微笑(わら)って言ってくる彼女は、一旦息継ぎをしてから、

「あなたがいなかったら、あなたと出会わなかったら、こんな機会も無いままに終わってたかもしれない」

と自らのキモチを表現し、少しだけ眼を伏せた。

恥ずかしがりかけている彼女。しかし、俺は、彼女の比ではない。発熱は絶賛持続中だし、連動して冷や汗が背中をどろどろ流れている。

彼女が眼を伏せ気味だったのは僅かの間(あいだ)だけで、

「イジワルかもしれないんだけど」

と言いながら、苦笑いの混ざった凛とした表情を俺に見せてきて、

「あなたの実家の太さ……つまり、新田家(にったけ)の太さが、わたしに足りないモノを補ってくれた。『財力』って言っちゃったら……気を悪くするかしら」

このコトバを受け止めた俺は、答えるべきコトを考え始める。

……20秒から25秒ほど考えてから、

「しないよ」

と答えてあげる俺。

それから、

「俺が太いワケじゃなくて、家が太いってだけだけどな」

と忘れずに付け加えておく。

「どっちだっていいじゃないのよぉ」

甘く笑いながらコドモのように無邪気な声を彼女が出してきたから驚いて狼狽(うろた)えた。

その直後に右手のひらで俺の胸板をとんっ、と突いてきたから、さらに驚いて狼狽えた。

暴力的な勢いではなかった。軽いチカラで突いてきたから痛くはなかった。しかしそれと引き換えに、彼女からのボディタッチ行使による衝撃が俺の胸の奥にジワジワと拡がり、精神状態が混乱を呈する直前にまでなってきた。

「あ・り・が・と・う」

わざとコトバを短く切って大井町さんは感謝を重ねる。

夜が深まっていく。

 

× × ×

 

「……まさか、ここで寝起きするワケじゃないだろ? 西武新宿線の終電なんか、俺、インプットしてないぞ」

夏休みなる概念は大井町侑さんには最早やって来ない。明日は連休明けの平日だ。眠らずに出勤するだなんて思っているはずも無い……たぶん。

だとしたら、日付が変わるまでには「この空間」から出ていかないといけないはずだ。たしかに、西武新宿線のダイヤなんて把握していないが、高田馬場駅西武新宿駅も徒歩圏内とは言い難いし、彼女が滞留を続ける余裕はあと僅かしか無いはずなのだ。

フローリングにぺったん、と彼女は体育座り。彼女の背後のベッドに彼女が腰掛けたら気が動転していたかもしれない。

明確化できない諸々の事情に突き動かされた結果、デスクの間近に立っている俺はブンブンブン、と大げさに首を振ってしまう。

「このアパートから自分のアパートに帰るためのスケジュールなら脳内に完璧にインプットしてるわ。あなたちょっと混乱し過ぎなんじゃないの? 自分のお部屋でしょ?」

「そっそれならっ、アパート出るべき時間に、ちゃんと出てくれっ」

「それはどーかしら☆」

「おおおおぉいっ!?」

彼女の眼つきが急に険しくなってくる。不可解だ。俺の絶叫のせいか!?

「あなたが想定してるよりもスムーズに帰宅できるんだから。あなたがビビってキョドる必要性も無いんだから」

彼女のコトバにはチクチクとした感触。

「もうちょっとだけ話しましょうよ。座ってくれないと、わたし怒る」

彼女の眼つきの威圧感によって屈服してしまい、腰を落とす。

「素敵よ。もう怒らない。安心してね」

いや、安心は……できそうにないんですが。

きみ、どんな話、繰り広げるつもりなの。繰り広げたら、それこそ電車に乗り遅れちゃうんでは……?

「ねぇ新田くん。あなた、知りたがってるんでしょ」

「知りたがってる?? も、も、目的語を添えてくれ」

『もうっ……』と言いたげな意味深な眼つきで、

「わたしが高校時代も共学校だったのを忘れてるワケ無いわよね」

「……うん」

「よかった。もし忘れてたら、ひっぱたくトコロだった」

「おいっ!?」

「わたし、思うのよ」

「だからだから、目的語ッ」

「『何歳まで出身高校の制服が着られるのか』的なコトを女子が思うのって、男子の妄想の中だけのハナシじゃなくって。30歳に近付くに連れて制服を『着直す』行為がツラくなるから、『着直す』タイミングはひょっとしたら今なのかもしれないなー、とも思うワケで」

「みみ見えてこない、言いたいコト、見えてこない」

「回りくどくてゴメンナサイ」

『……』という沈黙の記号が付くのを回避できないほどに唖然としてくる俺。

俺の唖然など「どこ吹く風」で、彼女は、

「ちょっと話をズラしてみるわ」

と言い、

「『JKだった頃のわたし』に焦点を絞ってみる」

大井町さんに『JK』という略語は、似合わない……! しかし、ツッコミを入れられない……!!

「新田くん。あなたは高い確率で、JKだった頃のわたしを知りたがってるんだと思う。具体的には――『現在と比べて髪の長さがどのくらいだったのか』とか、『クラスの中で存在感がどれだけあったのか』とか、『クラブ活動にどれだけコミットしていたのか』とか、それから、『男子との交際経験は通算何回だったのか』……とかも」

バクバクバクバクと心臓の打楽器が強打され鳴り響く俺に向けて、

「全部教えてあげるわ。ぜ・ん・ぶ・よ。連休明けじゃ無くなる前に教えておかないと、わたし、気が済まないんだもん」

 

 




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