夕方の手前の時間帯だった。家の自分の部屋にわたしは居た。
洋菓子店でのアルバイトから帰ってきたばかりだった。ベッドに座り、少し前かがみになり、独(ひと)りだけの反省会を開いていた。反省会は、バイト開始から欠かさず開いていた。反省しないと、前に進めない。バイトに限ったコトじゃない。
常連さんの顔をだいぶ憶えた。バイトしている洋菓子店は女性客の方が明らかに多い。わたしの見積もりだと約8割が女性客だ。わたしはわたしの見積もりに自信があった。計算だけは得意だったからだ。言わば、『数学脳』なんだと思う。高校時代はいつも、数学だけ飛び抜けて成績が良かったのだ。
約8割が女性客。というコトは、男性客は約2割。
男性客の方が少ないというコトは、男性客の方が印象に残るというコトだ。割合が少ない方が印象に残るのは不変の真理だ。
今日のコトだった。ショーケースを挟んで、大学生ぐらいの年代の男性のお客さんと向かい合った時、
『マッキーが、お店に来てくれたら……』
という邪(よこしま)な想いが、わたしの中に立ちのぼってきてしまった。
マッキー。本名は巻林英雄(まきばやし ひでお)。
マッキーも大学生だけど、まだ10代だ。わたしたちと共に高校を卒業したばかりなのだから。まだ18歳だっけ、それとも19歳になったんだっけ。マッキーの誕生日が思い出せない。不甲斐無い。
反省会は事実上中断していた。今日のバイト時にマッキーを想い起こしたのを想い起こした途端に、高校時代のマッキーの顔までも想い起こしてしまった。必然的に、反省会どころでは無くなっていった。
今のわたしは絶対に眼つきが険しくなっている。そして頭に鈍痛を感じ始めている。
苦しくなる理由は明らかだった。
卒業式の日以来、マッキーと1回も会っていないからだ。
わたしのせいで、去年の秋、マッキーと大喧嘩してしまった。完全に仲を修復できないまま、わたしもマッキーも母校を去った。
甘いお菓子は食べてしまえばそれまでだけど、人間関係は甘いお菓子じゃない。「無くなってしまえばそれまで」という性質のモノじゃない。修復できる。結び直せる。
それなのに、わたしは何をやっているんだろう。
弱々しい手つきで左サイドのスマートフォンを手に取った。右人差し指で電話帳を開いた。
『マッキー』
という4文字が登録されている。
忘れようとするワケなんか無いから、残している。忘れられるワケなんか無いから、残している。決して忘れたくないから、残している。
でも、受話器マークのボタンを押す勇気なんて、あるはずも無かった。
仰向けで、カラダを全部ベッドに委ねた。高校3年1学期の始業式の日と比べておよそ1.7倍長くなった髪に、窓からこぼれてくる陽射しが当たった。もし、茶髪系統に髪を染めていたら、わたしの髪に煌(きら)めきのようなモノも少しは生まれていただろう。でも、美容院で染めてもらう資金なんて作っていなくて平凡な髪色が持続しっぱなしだったから、陽射しは髪の煌めきを少しも生むコトが無かった。陽射しも鬱陶しかったし、わたしの髪も鬱陶しかった。
『これからわたしはどうなるんだろう』
というネガティブ寄りのキモチがある。
でも、そんなキモチ以上に、
『マッキーと、『これっきり』なんて、イヤだよ……』
という痛くて苦しいキモチが、胸を際限無く締め付けてくる。
仰向けから横向きになる。カラダの左側をベッドの掛け布団にくっつける。
胸の締め付けは緩和されない。
バイトから帰ってきた時のままの服装なのも、胸の締め付けを助長しているのかもしれない。だけど、服装のコトとかは、二次的な要因。
一次的な要因は、
『マッキーが恋(こい)しい』
という事実。
男子が恋(こい)しいというコト。
強く意識するから、わたしがどんな姿勢をとったとしても、束縛になる。