山手線の中の某・食品スーパーに来ている。利比古(としひこ)も一緒だ。
利比古の姉とは違って利比古はとっても真面目なので、
「アツマさん。ぼく、調味料をあっちから取ってきます」
と言ってくれた直後に調味料コーナーに向かってくれて、頼もしさを存分に発揮してくれる。
利比古の姉である愛(あい)は利比古とは大きく違って人使いが非常に荒い。早番(はやばん)だったので17時になる頃にマンション部屋に帰ってきたら、玄関で靴を脱いだ瞬間に眼の前に立ちはだかってきて、多数の食料品の列挙されたメモ用紙を突きつけてきた。
利比古に渡す分も含めて2枚のメモ用紙を受け取ったおれを、『休んでる暇(ヒマ)なんか無いわよ?』と、愛は即座にマンションから追い出したのであった。
綺麗な文字なのはいいのだが食料品の名前で埋め尽くされ過ぎなメモ用紙に眼を凝らしていたら、調味料を買い物かごに沢山入れた利比古が思ったよりも早く戻ってきた。
「ご苦労ご苦労」
利比古の眼をちゃんと見てやりながら『ご苦労』を言ったおれは、
「買い物かご重いだろ、そんなに沢山調味料入ってると。おれの買い物かごの中に調味料を移そうや」
と言った直後、調味料ボトル2本を利比古の買い物かごから取り出し、おれの買い物かごの中に入れてやる。
「ありがとうございます。助かります」
うむうむ。
混じりっ気(け)の無い爽やかハンサムスマイルだ。
美人なのは疑いようもないのに邪悪な意思のようなモノが混じるコトのある誰かさんのスマイルとは大違いだな。
× × ×
夕焼けの広がる空の下を歩きながら、
「最近、晩飯の時に、愛の『お行儀』が悪いコトが多いんだ」
と、右隣を歩く利比古に言う。
「テーブルマナーのコトですか?」
「いや、テーブルマナーは悪くないんだがな、2日に1回ぐらいのハイペースで、おれの分のオカズを何の予告も無く奪ってくるんだよ」
「それはいけないですねえ」
利比古は苦笑い。もちろん、爽やかでハンサムな苦笑い顔だ。尊い。
「オカズを強奪するのも、テーブルマナーの乱れの1つのような気もしますけども」
尊い表情を持続させる利比古は、
「ぼく、今日の晩ご飯の時、ダイニングテーブルでの姉の動きに眼を光らせてみようと思います」
という心強いコトバをおれに送り届けてくれる。偉い!!
マンションの建物がもう少しで見えてきそうになる。
利比古が、
「見境(みさかい)が無いんですよね、ぼくの姉って」
「見境?」
「ハイ」
おれに向かって素晴らしい苦笑をまたもや見せてきてくれると共に、光り輝くようなほっぺたを左人差し指でポリポリと軽く掻きながら、
「見境無く、ぼくの所有物を勝手に自分の所有物にする……そういう悪癖(あくへき)が、昔っからあるんです。たとえば、ぼくの部屋にノックもせずに入ってきたかと思うと、本棚の前に直行して、5冊ぐらい一気に本を抜き出した後で、ぼくの承諾を得ようともせずに部屋から出て行ったり」
思わず、
「つらい思いをしてるんだな、おまえも。弟として」
と同情を寄せるおれ。
「愛のヤツ、おまえからパクっていった本、絶対に返してくれんのだろ」
「くれないんですよねー。ぼくは許してあげますけど、『きょうだいの間(あいだ)だから問題に発展しないんだよ?』って釘を刺した方がいいのかもしれません」
「おれが釘を刺しておいてやるからさ。安心しろ、利比古。おれはいつでもおまえの味方だ」
そう言った後で、右サイドの利比古との距離を詰めていくおれ。
色濃い夕焼け。
そんな中で、尊き弟分たる利比古の顔が、輝かしさを増す。
× × ×
「品行方正(ひんこうほうせい)という漢字4文字を、おまえにはインプットしてもらいたいものだな」
「ななななにを言うのよアツマくん……。約束の時刻の5分遅れで帰ってきたと思ったら、いきなり……」
立ちはだかってくる前に、立ちはだかる。これが、愛を制御するコツだ。
ダイニング・キッチンの手前で、真っ向から愛に迫っていく。背後の利比古が呆れ混じりの笑いになっていないワケが無い。
「5分遅れは申し訳無かった!! 頼まれた食料品は全部買ってあるはずだから確かめてくれ!!」
畳み掛ける。ダイニング・キッチンに突入する。ダイニングテーブルのド真ん中に、おれと利比古の2人分の買い物バッグをドドーン、と置く。
振り向けば、唖然とする愛が居る。
「ほらよ」
おれは余裕たっぷりに、
「固まってないで、早くこっちまで来てくれよ。もし『漏れ』があったら、おれがすぐに買いに行ってやるからさ」
「……ちょっとまって」
オロオロしながら立ち止まっている愛が、
「なんなのよ、『品行方正』って。どういう流れで、わたしに『品行方正』を求めたくなったのよ。買い漏らしてないかどうかの確認なんかより、そっちの疑問を解消するほうが……先だわ」
笑い声を出したくなるほどにおれのパートナーがどうしようも無いので、
「利比古からタップリと『事情聴取』してあるんだ」
と、買い物バッグの中身を出し始めつつ、告げてみる。
「じじょうちょうしゅ!?」
せっかく透き通った綺麗な声の持ち主だというのに、驚きのあまり、叫び声が度を越すほどに裏返ってしまっている。
そんな愛には最早、買い漏らしていないかどうかの確認など無理そうだったから、おれが代わりになって、バッグの中から食料品を次々と出してやりながら、
「たとえ家族であるにしても、ヒトのモノをしょっちゅう強奪するようなヤツに、教員採用試験を受ける資格は果たしてあるんだろーかねぇ??」
と、からかうような声音(こわね)で、教員採用試験が間近に迫っている美人女子大学生にコトバをブチ当ててみるのだった。
ブチ当てられた結果、丈(たけ)短め・涼し気(げ)な色合いのスカートの一部を、愛はギュヌッ、と右手で握り締めてしまう。
優しい利比古は、弱っていく姉に向かって少しずつ歩を進めていく。
慈悲深(じひぶか)い利比古は、距離が1メートル未満になったトコロで、姉の弱々(よわよわ)しき右肩を、ぽんぽん、と軽く数回、左手で叩いてやるのであった。