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【愛の◯◯】こんな「返礼」なんて

 

わたしが起きた瞬間にわたしの誕生日を祝福してくれたおねーさんは既に大学に行っている。おねーさんの恋人たる兄貴は『仕事が終わったら来てやる』と言って、邸(ここ)にバースデープレゼントを携えてやって来る予定時刻まで示していた。だけど兄貴なので予定時刻とか全くアテにならない。おねーさんとは真逆だ。少しも信用するコトができない。

おねーさんの大学への登校と入れ替わるようにして、川又ほのかちゃんが邸(いえ)に来てくれていた。大親友のほのかちゃんはリビングB(仮)でわたしから見て左斜め前のソファに座っている。邸内(ていない)で2番目に規模が大きいリビングB(仮)の壁時計は午前9時55分を示している。

ほのかちゃんが、

「利比古くん何してるのかな。わたしとしては、彼を加えた3人で盛り上がりたいんだけど」

わたしは、『彼を加えた3人で~』というほのかちゃんの言い回しによって、カラダを一瞬だけ強張(こわば)らせてしまうけど、持ち直して、

「『寝ながらスマホ』でウィキペディア見てたら、つい読み耽(ふけ)ってしまって、階下(ここ)に来るべきなのを忘れてしまってる。――きっと、そんなトコだと思うよ」

ほのかちゃんは、

「あすかちゃん、利比古くんの『生態』が手に取るように分かるんだね~~」

と面白そうに言って、

「さすがは同居者だ。うらやましい」

と朗らかな声でキモチを伝えてきた。

わたしの背中にひと筋(すじ)の冷たい汗が流れる。

『さすがは同居者だ。うらやましい』

ほのかちゃんのこんなコトバが、わたしの内部で反響して、なかなか鳴り止(や)んでくれない。

どこまでマジで言っているのか分かんない。だから、狼狽(うろた)えの冷や汗が流れる。

左斜め前のほのかちゃんは本当に無邪気に見える。やや幼い見た目も相まって、中学生に戻ったかのような雰囲気を醸し出しているのを感じ取ってしまう。

 

× × ×

 

利比古くんの真向かいにわたしは立っている。

いつも通りのイケてる顔面を上手に見られない。わたしの背後ではほのかちゃんが満面の笑みでこのシチュエーションを眺めているだろうから、カラダのいろんな箇所に余計なチカラが入ってしまう。こうなるのはある程度予測していたのに。情けない。

「あすかさん」

利比古くんの呼び掛け。右手の指が震えだす。

「ぼくとしては、ぼくが今両手で持っているモノに、もうちょっと注意を向けてほしいんですけども」

言われた通りに注意を向けてみた。利比古くんの両手の包装されたバースデープレゼントが視界に食い込んできた。視線が自ずとまた下がってしまった。

利比古くんは明るく、

「今日のあすかさん、すぐに顔が下向きになっちゃうんですねえ」

……無神経。

ヒトの気も知らないで。

不満な感情。この感情が、バースデープレゼントを受け取る瞬間のドキドキを軽減してくれたらいいのに。

不満な感情で取り繕(つくろ)いたいわたしは、

「さっさとわたしに渡してよ」

とムキになる。

「わかりましたよ」

わたしとは桁違いのゆとりある声音(こわね)でそう言いつつ、両手に持ったバースデープレゼントをわたしに接近させてくる。

触れさせようとしてきたから、触れていくしかない。

グズグズと受け取らないでいたら、ほのかちゃんにヘンに思われる。

背後の大親友の女の子に違和感や不審感を抱かれるのが、いちばんイヤだ。

これ以上挙動がおかしくなってしまったら、わたしと彼女のあいだに、隔(へだ)たりが産まれ始めてしまう気がして。

たじろいで引き下がるよりも、勇気を出して前に踏み出す方がいい。

たとえそれが、かりそめの勇気だったとしても。

だから、わたしは触れた。中身を知らされていないバースデープレゼントに触れた。

両手で掴んで、彼から引き離した。

その途端に、不都合過ぎるぐらい不都合な異変が、わたしのカラダに生じてきた。

顔面の温度の目盛りが沸点に急速に近付いた。首から下の肌の温度の目盛りも沸点に急速に近付いた。

やがて、沸点に急速に近付くのがカラダの温度の目盛りだけではなくなった。ココロの温度の目盛りも沸点に急速に近付いた。

ココロとカラダが連動して、内面においても外面においても、わたしはわたしの『炎上』を否認するのが極度に困難になった。

気が付いたら、左脇にプレゼントを抱えて、わたしは前方にダッシュを始めていた。

利比古くんの顔を一切見ずに利比古くんの横を通り過ぎた。すごい速さで通り過ぎた。

根拠不明のすごい速さで、2階へと続く階段まで突き進んだ。

 

× × ×

 

雨音は強まる一方だった。照明を点(つ)けていない2階廊下。驟雨(しゅうう)が、恥ずかしさや苛立ちや戸惑いや不安や罪悪感を増幅させる。利比古くんとほのかちゃんから離れたのに、わたしの外側もわたしの内側も落ち着いてくれる気配が無い。外面と内面が交わる場所としての心臓が鳴り止まない。ガンガンガンガン響いて、ガンガンガンガン撲(なぐ)ってくる。外面も痛ければ内面も痛い。外面も痛々しければ内面も痛々しい。

驟雨が弱まり始めて時間の経過に気付いた。暗い廊下の柱時計を恐る恐る見たらほとんど正午だった。どれほど立ち尽くしていたのか計算できなかったけど、利比古くんやほのかちゃんを困惑させるには十分なぐらい立ち尽くし続けていたのは明白だった。

驟雨の収束と入れ代わりに、わたしにとって最悪に不都合な音が聞こえてきた。

男の子の足音ではなかった。女の子の足音だった。

猫背の背中に『その気配』を感じてから数秒後に、

「どうして、いきなり走り出しちゃったの? 利比古くん、ビックリした後で、とっても気まずそうな顔になっちゃってたよ?」

と問う柔らかな声がやって来た。

ほのかちゃんの声は柔らかかったし、優しかった。わたしのお母さんの優しい問いかけに近いぐらいの優しい問いかけだと認識した、から、わたしは右拳を強く強く握り締めてしまう。

「戻ろうよ、とりあえず。利比古くんのトコロに」

また、ほのかちゃんの、柔らかくて優しい声。わたしより段違いにオトナの、今のほのかちゃん。

胸がむず痒(がゆ)くて仕方無いわたしは、

「ごめん」

と、ワケの分からないタイミングで、小さく弱く謝ってしまう。

いかにも微妙な空気が漂った後で、

「どうして謝るの? 謝る必要、無いと思うけど……」

というほのかちゃんの疑問がわたしに迫ってくる。

だから、

「ごめんてばっ」

と、自分でもワケの分からないままに、ワケの分からない声の強度で、突っぱねてしまう。

亀裂を走らせたくないのに、走らせてしまう。

わたしのせいで、ほのかちゃんにも、利比古くんにも、心地悪さを与えてしまう。

バースデーのお祝いのお返しが、心地悪さだなんて……。

立ち尽くし通しの廊下が、より一層暗く沈み込んでいく。

 

 

 




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