「あすかちゃんのふてくされた顔がとっても可愛かったのよ」
ダブルベッドの上に脚を伸ばすアカちゃんがそう言った。
アカちゃんから見て右隣でやはり脚を伸ばしているわたしが、
「突っつき過ぎたら怒らせちゃうわよ。アカちゃんは社会人なんだから、『コンプライアンス』はしっかりとしておかないと」
と微笑(わら)いながらたしなめたら、
「お上手なコト言うのねえ。流石に、中高生時代にわたしより少しだけ成績が良かっただけあるわ」
と、どこまで本気なのか分かんないコトをアカちゃんは。
「なに? 眠たくなるまで中高生時代の学業成績トークをする流れ?」
わたしがそう言ってみると、
「互いにオール5ではあったけれど、文系3科目のテストの点数は、愛ちゃんの方がいつも2点か3点高かった」
と言いながら、アカちゃんが勢いよく身を横たえた。
「些細なコトでしょーに」
またもささやかにたしなめるわたしに、
「あなたを褒め称えたいのよ。高等部時代にあなたが世界史Bの定期テストで通算何回100点を取ったのか、わたし暗記してるんだもの」
と、横向きになってわたしを見つめながら言ってくるアカちゃん。
わたしの定期テストの点数に対する親友の執着に少し戸惑っていたら、
「たしか、共通試験の世界史Bも、自己採点100点だったわよね?」
とか親友のお嬢さまが訊いてくるけど、
「記憶が間違ってるわよ、アカちゃん。わたし、共通試験は一切受けてないから」
と戒め混じりに応答しながら、身を横たえ始める。
× × ×
ここは、お邸(やしき)の明日美子(あすみこ)さんの寝室。
日曜日の夜だ。明日はアカちゃんは出勤だ。ふたりでひとつのベッドに眠るのならば、わたしの部屋のベッドよりも、明日美子さんのダブルベッドの方が絶対に良(い)い。広々としたベッドの方が熟睡できるはず。月曜日の朝をアカちゃんは最高に気持ちよく迎えられるコトだろう。
そんなワケで明日美子さんには譲ってもらった。明日美子さん、今頃はダイニング・キッチンで晩酌しているのかも。言わずとしれた酒豪なんだもんね……。
そして、わたしの左隣には、23歳にして明日美子さんに引けを取らない「お酒大好きっ子」が。
少し距離を詰めつつ、
「アカちゃん今日は一切『呑(の)まなかった』わよね? 珍しいコトもあるものね」
消灯済みだから表情はよく見えないけど、明らかに苦笑いしていそうなのが感じ取れる声で、
「わたしが『呑む』のは、365日中350日『だけ』よ」
……自分からツッコまれたいのかな、アカちゃん。
『だけ』っていう副助詞の使い方、完全に間違ってるわよ。
しかも、
「今日がその『貴重な15日』の中の1日だったってコト?」
「そーよ」
即答のアカちゃん。
信用できないわたしは、
「不思議な日曜日もあるモノねぇ」
と言ってみるけど、
「いつもいつも『不思議な日曜日』ではないんだけれど、今日は『不思議』にしたい気分だったのよ」
と彼女は軽やかに。
わたしは正直、彼女の「躱(かわ)し方」が少し不満。
であるからして、
「アルコール摂取の代わりに、炭水化物をドカドカ摂取してた夕食のダイニング・キッチンだったわよね」
というコトバを発し、
「約30年ぶりの米不足だってゆーのに……。アカちゃん、こーゆーのも『コンプライアンス』案件だって思うんだけどなー、わたし」
と、イジワルになって付け加えてみる。
アカちゃんが沈黙モードになってしまった。
勢いが止まった。一気に勢いが止まった余りにフキゲンになり始めちゃっているのかも。
寝室がひっそりとなる。ダブルベッドだからアカちゃんのカラダの熱は感じられるけど、ココロが「冷めたココロ」になっちゃっているかもしれないから、ちょっと気まずい。
『ごめんね。わたしが悪かった、大食い属性に不用意に言及しちゃって』
こういう謝罪コトバをアタマの中で準備する。
……準備していたら、アカちゃんのカラダの熱の度合いが増してきた。
触れんばかりに、アカちゃんがアカちゃんのカラダをわたしに寄せてきているのだ。
「ねえ」
気品があるけど甘ーい声でアカちゃんが口を開いた。
「愛ちゃん。あなたに質問なんだけれど」
身構えるわたしに、
「このお部屋のこのダブルベッドでわたしとあなたが最初に夜を明かしたのって、いつだったかしら?」
ストライクゾーンの内角ギリギリを攻めてくるようなアカちゃんの「投げかけ」。瞬時にたじろいでしまう。
たじろいでしまうから、アカちゃんと仲良くなったのが何年前だったのか、瞬時に思い出すのが不可能になってしまう。
やっとのことで、
「……強い友情を結んでからすぐに、アカちゃんが邸(ここ)に初めて来てくれたのが……中等部3年の、11月」
と言えたわたしは、
「だから、たぶん、2017年が終わる前に、わたしとあなたはこのベッドで一緒に寝てる」
わたしの推測を承(う)けて、距離を詰めたままのお隣の社長令嬢は、
「愛ちゃんが言うのなら間違い無いわ。きっと、その頃。このベッドでこうやってあったまって、いつの間にか朝を迎えていて」
と言い、
「ということは――」
と言って、それから、
「愛ちゃんが、アツマさんを、まだ『名前で呼べていなかった』頃ねぇ♫」
と、アツマくんとまだ『そういうカンケイ』になっていなかった時期を掘り下げようとしてくるから……身を縮めて、くちびるを弱く噛んじゃう。