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【愛の◯◯】『見晴らしが丘』で見晴るかしながら◯◯

 

『見晴らしが丘』。正式名称ではないが通称として浸透している。母校の名物スポットのひとつ。様々な「ドラマ」が起こることで有名だった。在校時代のわたしも「ドラマ」の中の人物になったことがあった。なってしまったことがあった。わたしが演者になってしまった「ドラマ」の詳細は例によって文字数の都合で割愛する。『見晴らしが丘』では「波乱」がしばしば起こるということ……。この事実だけはアタマに留めてもらいたいところだ。

さてさてさて、実習時間の枠内から自由になったわたしは、初夏の薫風を感じ取りながら、想い出の『見晴らしが丘』にやって来たワケである。

眼の前には都心の風景が広がっている。あれが東京都庁、あれが代々木のドコモタワー……。『見晴らしが丘』という通り名に相応しい眺望。新宿副都心とかに実際に行くのも良いけど、こうやって「外」から超高層ビル群を見晴(みは)るかすのもベリーグッドよね。

「超名門女子校関係者の特権……」

誰もいないから呟いてみる。生徒の娘(こ)たちが来ている方が5倍ぐらい楽しいんだけどまぁいいや。

芝生を踏みながら『見晴らしが丘』の中央部に突き進んでいく。

『確か高等部2年の時だったと思うけど、授業が午前中だけだった日に、この辺りにレジャーシートを敷いて、アカちゃんとさやかとわたしの3人でお弁当食べたことがあったな……』

情景が比較的容易に思い描ける。あれは良かった。楽しかった。自分だけのお弁当では満足できないアカちゃんがわたしのお弁当箱に勝手に箸を伸ばしてきたり、アカちゃんの箸の動きをさやかが咎めたせいでアカちゃんのほっぺたが可愛く膨れたり。「わたしだけでなくさやかまでも自分のお弁当を3分の2しか食べられなかった」というオチがついたのも面白かった。

幾ら食べても太らないアカちゃんの破竹の勢いの食欲は現在に至るまで衰えていない。

社会人1年目のアカちゃんの仕事ぶりに思いを馳せつつ『見晴らしが丘』中央部に立っていた。少しだけお行儀悪く脚を開き、少しだけお行儀悪く左右の腰に左右の手を宛(あ)てがう。

ガサリ、と後方から音がする。誰かがこの領域(ゾーン)に足を踏み入れてくる音だ。領域(ゾーン)を制圧した気分は長くは続かなかった。『見晴らしが丘』を独り占めするのを許さなかったのは誰だろう? わたしは振り向いてみる。

 

× × ×

 

中等部2年の端本春音(はしもと はるね)さんは背もたれの無い石造りの細長の椅子に腰掛けている。わたしが中等部2年だった時とほとんど同じ背丈(すなわち160センチ一歩手前)の端本さんの座り方がカワイイ。わたしが中等部2年だった時の如(ごと)くカラダの均衡(バランス)がとれているのもステキだ。20代に突入してもわたしの如くカラダのバランスを維持してもらいたい。

「余計なことばっかり考えていますよ状態」から脱却したいわたしは代々木ドコモタワーから視線を外し、石造りの細長椅子にちょこーんと腰掛けている端本春音さんに顔を向ける。

顔を向けるだけではなく距離も詰めていく。距離が3メートルを切ったところで端本さんが顔をしかめたので、わたしは歩みを停めてあげる。

「好きなの?」

とだけ問うわたし。

端本さんは警戒しながら、

「好きって、何がですか」

即座に、

「この場所が。『見晴らしが丘』が」

と答えるわたし。

端本さんはやはり沈黙。漫画だったらフキダシの中に『……』と記されていることだろう。

イジワルになるしか無く、

「それともアレかー」

と思わせぶりに言ってから、

「この絶景スポットよりも、もーっと大好きなモノがあったりするのかー」

と弄(もてあそ)ぶが如く言って、それから、

「例えば、オトコノコ……だとか」

端本さんの眉間が急激に険しくなり、端本さんのカラダが一気に前のめりになる。

120%ムキになってしまって、紅潮していくのを制御できない顔で、

「とんでもなくバカなことを言わないでくださいっ」

と鋭く声を出してくる。

動じるワケも無いわたしは、

「そうね。生徒に『バカ』って言われても仕方がないわね」

と軽やかに応答し、

「あなたは、現実のオトコノコよりも、文学作品の中のオトコノコに恋してそうだし」

と軽やかに切り返し、

「もっとも、あなたが今スカートの上に置いてる森鴎外の『雁(がん)』の中には、あなたが好意を抱(いだ)いちゃいそうなオトコノコなんて出てくるとは思えないけど」

攻め込まれた端本さんは、新潮文庫の『雁』が乗っかっているスカートの真上に視線を落とし、

「どこに眼を向けてるんですかっ。……これっぽっちも無いですよね、実習生らしさが」

わたしはリズム良く、

「そう思われてもしょーがないのかもね。先週の『2つの出来事』も、瞬く間に校内に拡散しちゃったし」

端本さんは睨みつけるような声で、

「正直、めちゃくちゃなコトばっかり『しでかして』ますよね? 荒木(あらき)先生にカツ丼作って食べさせたり、阿久井(あくい)先生になぜか許されて音楽室で放課後ピアノリサイタルみたいなことしたり」

賢い子なんだな……とわたしはあらためて認識しながら、

「幻滅(ゲンメツ)しちゃった? 『教師としての適性が無さ過ぎる』とか思い始めちゃってる?」

と訊く。

予想通り。端本さんは無言になる。無言モードに突入していく。

そんな端本春音さんをわたしは15秒間暖かく見守る。

それから、都心のパノラマに向き直って、コンペに勝ち抜いた丹下健三(たんげ けんぞう)が設計してバブル末期に建てられた某・自治体庁舎ビルに視線をビビーッ、と伸ばしていきながら、

「端本さんがどう思うかは別として、わたしはチャレンジしたいのよ」

と言い、

「立ち向かっていって、勝ち抜きたいの――『教員採用試験』という漢字6文字に」

 

 




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