今日の部活見学は文芸部だ。わたしはこの学校の文芸部OGなのである。高等部3年の時に部長を務めていたのである。いや~懐かしい。懐かしいったらありゃしないわねえ。
文芸部の活動場所は図書館。文芸部以外で利用する子のために「仕切り」を設けてある。「仕切り」だけで果たして会話音をシャットアウトできるのかどうかは別として、今日の文芸部は恒例の読書会であった。部員の子たちがテーブルを囲んでいる。顧問の伊吹先生と実習生のわたしは現・部長の柏(かしわ)さんの斜め後方の椅子に座って読書会の様子を見る。
今日のテキストは三島由紀夫の『潮騒』だった。生誕100周年だからというのがテキスト選定の決め手だったらしい。わたしは実を言うと『潮騒』を在校時代に計5回通読している。初めて読んだのは中等部1年か2年の時だったと思う。ページ数少ないから容易に読み切れちゃうのよね。
やはりというか何というか末尾の文章の解釈で読書会は盛り上がった。『流石ね……。あなたたちの文学に対する熱い想いが伝わってくるわ』と思いながら部員の娘(こ)たちを眺めていた。
わたしは別に三島由紀夫大好きっ子というワケでは無いんだけど、『潮騒』や『仮面の告白』や『金閣寺』や『豊饒の海』以外にも興味深い作品が結構あるという情報を彼女たちに提供してあげたのだった。
「羽田先生はスゴいですね!! 現役時代はやっぱり『最強の文学少女』だったんですね!!」
現・部長たる柏さんから褒められた。読書会の熱も収束してクールダウン状態になりかけている時だった。
「わたし知りませんでした、三島由紀夫が劇作家でもあったなんて」
柏さんが言う。
「三島の戯曲は小説と同じくらい面白いのよ」
わたしが言う。
そしたら柏さんは眼を輝かせて、
「じゃあ今度読んでみます!!」
素晴らしいわねえ。
貪欲な吸収力……と暖かく柏さんを見つめていたら、
「羽田先生って」
と言いながら柏さんが見つめ返してきて、
「今は『最強の』美人で、昔は『最強の』美少女――」
エッなにそれ。
あなたは在校時代のわたしの写真でも目撃したの?
それと、『最強』っていう形容にここまでこだわるのはいったいどーして……。
× × ×
「キレイなのを柏さんに褒めたてられて嬉しかったんじゃないの?」
既に文芸部員の娘たちが去った図書館で伊吹先生がからかってくる。
下校時刻間際かつ閉館間際であり、生徒たちの姿はほとんど見られなくなっている。
さっきまで部員の娘たちが囲んでいたテーブルに伊吹先生と隣り合って着席しているわたしは、
「美人だとかキレイだとかカワイイだとか指摘されると、フクザツな気分にもなるんです。見た目だけじゃなくて中身の魅力も知ってほしいし」
「『毎朝鏡を見ると自分自身の容姿の美しさを実感する』のは否定しないんだね」
「なんですかそれ。唐突な」
「ふふーん♫」
「伊吹先生……。ほんとにもうっ」
わたしと伊吹先生のコンビは閉館後もテーブルに居残り続ける。
「あなたの実習も最終週になっちゃったねえ」
と伊吹先生。
「名残惜しいです。伊吹先生ともしばしお別れになっちゃうし」
とわたし。
「あたしのもとから離れるのがそんなに淋しいか~」
「本心ですよ本心。なんだかんだで、伊吹先生へのリスペクトを欠かす時は無いんだし」
「おお~~」
「ちょっとっ。リアクションのお行儀が悪いですよっ」
「しまったぁ。実習生に叱られちゃった」
伊吹先生とは反対方向の窓外(そうがい)の新樹を見やるわたしが居た。
流れを変えたいキモチが強くて、
「『見晴らしが丘』にでも移動しますか? 缶コーヒーでも飲みながら夕焼けを一緒に眺めるっていうのも……」
と誘ってみようとするわたしが居たが、
「羽田さん。『見晴らしが丘』は、明日以降よ」
「……どうして?」
「あたしはね、イマ・ココで、どーしても訊いてみたいコトがあるの」
「訊いてみたいって、わたしに?」
苦笑の伊吹先生は、
「あなた以外に誰に訊くのよ」
と言って、椅子の背もたれに過剰に背中を預けながら、
「――葉山むつみちゃんの、現在のご様子は?」
あーっ。
葉山先輩への興味かーっ。
葉山先輩がこの学校の生徒だった頃、彼女と伊吹先生、ちょっとした『因縁』があったものね。
「忘れられないのよ、彼女のコトが。なんてたって、15歳のむつみちゃんに、あたしはビンタされちゃったんだもの」
そうなんである。伊吹先生は教え子たる葉山むつみ先輩からいわば『逆(ぎゃく)体罰』を受けてしまったコトがあるのだ。
難しい性格の葉山先輩が最も荒れていた時期の「事件」だった。文字数の都合でコトの顛末は省かざるを得ない。
伊吹先生は葉山先輩を許している。むしろ、ビンタされたが故に「愛(あい)し甲斐(がい)のある」教え子だったという認識みたい。
デリケートかつ凶暴な側面の色濃かった時期の葉山先輩をわたしも思い浮かべながら、
「先生にはまだ伝えてませんでしたよね? 葉山先輩、とうとう大学受験に臨むんですよ。志望校は、百万遍(ひゃくまんべん)の某・旧帝国大学」
「どーして婉曲表現使っちゃうのよ。京都大学の文学部に行きたいんでしょ?」
「素晴らしく理解が速いんですね」
「なんだかんだ言って、あたしも愚鈍じゃないしさ」
そう言ってから、先生はひと呼吸置いて、
「だけど、京大志望なのなら、受かって進学したら東京(ここ)を離れるってコトよね? 少し心配ね。親元を離れるってコトでもあるし」
「それについては、ご両親と話し合いを重ねて、入念にプランを練ったみたいですよ」
「抜かり無いのねえ」
「ハイ。伊吹先生よりは、断然」
「こらこら」
「すみません言い過ぎました」
非礼をひとまず謝っておくわたしは、
「『2次試験の時は、あたしも京都に同行してあげる~』だとか、言い出さないでくださいね?」
とピシャリと要求する。
「どうかなあ」
『聖職者』らしからぬ態度を頻繁に見せるコトで有名な伊吹先生は若干不穏な微笑みでもって、
「京都旅行って名目でこっそり彼女を追いかけて、百万遍のキャンパスの前で『出待ち』をしてるかも」
とんでもない伊吹先生の発言を聞いたわたしは一気に慌てて、
「そんなコトしたら懲戒(ちょうかい)モノでしょーがっ!! 付き添うのなら、京大の受験生じゃなくて、東大の受験生にしてくださいっ!! いいですか!? これだけは念を押しておかなきゃなので……!!」
わたしや葉山先輩の恩師の彼女は落ち着き払い、
「だね。羽田さんの言うとーり。毎年毎年、東大受験生をいっぱい供給する学校なんだから、此処(ココ)は」
わたしは、ココロの内側で、
『そういう自覚があるのなら、もっと普通にちゃんとしてください……。わかりましたか??』
という声を響かせながら、ため息をつく。