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【愛の◯◯】兄の結婚と妹のちょっと◯◯な恋

 

まだ朝になったばかりだ。起床後約1時間のわたしは目薬で眼を癒してからタブレット端末を手に取る。ベッドに腰掛けて端末を指で操作していく。『あの日』の写真の中でいちばんお気に入りの写真で右人差し指が止まる。それなりに時間が経過したけどやっぱり胸がジーンと暖まる。

兄さんの結婚式の日の写真だった。

東京都の中枢部からさほど遠くない某ホテルを会場にして兄さん夫妻は式を挙げた。チャペルで誓いのキスをした門出のふたりをわたしは最前列で見ていた。否定できない寂しさは確かにあったけど寿(ことほ)ぎのキモチが打ち勝ったからわたしの眼に産まれてきたのは嬉し涙だった。

披露宴が中程まで進行した時に、

『さやか。こっちに来てくれよ』

と兄さんから壇上に誘(いざな)われた。

『さやかには『真ん中』に座ってほしいんだ』

そう希(こいねが)う兄さんがいた。『真ん中』とはすなわち新郎新婦の間(あいだ)のコト。

『ホントに、良いの? そういう場所に、わたしが来ても……』

オロオロしてしまう弱々(よわよわ)な妹になってしまったわたしに、

『良いに決まってんだろ~。ここが披露宴のクライマックスのひとつなんだ』

と兄さんが答えた。

兄さんは前々から『ビジョン』を描いていたみたいだった。新郎新婦の間にわたしを座らせるという『ビジョン』を。

従うしか無いわたしが兄さんの指定してきた通りの場所に腰掛けた途端に複数のフラッシュが焚かれた。

いま現在わたしが凝視しているタブレット端末の写真はまさにその時の写真だったのである。

「3週連続で日曜の朝にこの写真でジーンとなっちゃった」

僅かなる自嘲も含まれた呟きをベッド上で漏らしてしまうわたしがいる。

 

× × ×

 

羽田愛やアカ子たちも式に招待するプランも当然あった。

けれども愛とアカ子は、

『わたしを呼ぶべきはさやかが結婚する時よ』

『そうよ愛ちゃんが言う通りよ。さやかちゃん、あなたが式を挙げる時はご祝儀たくさん積み上げてあげるから』

とわたしを凄い勢いで説得してきたのだった。

愛とアカ子の親友コンビはどうやら自分たちよりも早くわたしに結婚してほしいらしい。

だけどねえ……。

わたしの『彼』はわたしの兄さんと同世代。古びてしまったコトバだけどほとんど『適齢期』ではある。

でも愛もアカ子も肝心な点を看過している。『彼』が着実に社会人経験を重ねているのに対してわたしは大学教育の中に留まり続けているのだ。

「そーゆーコトを真剣に考えていくのは、わたしがわたしだけの脚で立てるようになってからだよ」

そういう呟きを漏らしてしまったのは朝食後に舞い戻った自分の部屋だった。

勉強机の手前の椅子に腰掛けている。机上が少し散らかっていたので整理整頓した。机上をキレイにしたといっても勉強に勤しみ始めるワケではない。不真面目にもスマートフォンを机上の中央に持ってくる。

羽田愛と戸部アツマさんのツーショット写真を画面に表示させる。

愛の方が激しくスマホカメラに接近して天真爛漫な笑顔とともにピースサインをしている。そしてアツマさんの方はそんなどうしようもないパートナーの後ろで自分の首筋をポリポリと掻く仕草をしている。

凸凹(でこぼこ)カップル。そうであるがゆえにとってもステキなカップルだ。

「愛」

画面の中でピースサインの親友に呼び掛けて、

「あんたの方が先でしょ? モラトリアムから抜け出すのは。留年はしたけど、来年春には確実に卒業できるんだし」

とコトバを注(そそ)ぐ。

院生生活を突き進むわたしよりも先にモラトリアムから抜け出すというコト。

その事実が示唆しているのは何なのか……。わたしのココロの眼には『それ』が明瞭に見えている。

 

× × ×

 

『今度アツマさんの勤めるお店にいつ行こうか?』

『愛の教育実習が終わったらすぐに愛に会いたい。ふたりで会いたい。からかってやるんだから、愛の将来にまつわる◯◯や◯◯を口に出して』

そんな邪(よこしま)な考えを脳内に浮かべていたらあっという間に午前10時だった。

スマートフォンの画像ファイル漁りはもうやめる。迷いなくスマホの電話帳を開く。迷いなく『彼』の番号をタップする。

少し前まで名前欄は、

『荒木先生』

の漢字4文字だった。

それが、

『笙先生』

の漢字3文字に変化した。

『笙』は『しょう』と読む。笙野頼子(しょうの よりこ)という作家で読みを知った漢字。ただし『彼』の場合は下の名前だ。

電話帳にかつての恩師の連絡先を登録するというのもギャンブルな側面が強い。しかも男性教師なのである。

だけど、

『恩師と教え子』

というような関係性は最早かなり弱まっていて。

どの時点から『そうなったか』というのは非常にフクザツだから今日この瞬間は説明を省く。

指を震えさせてしまうコトも無く通話ボタンをフリックする。

7回目よりも少ない回数のベルでわたしと笙先生(しょうせんせい)は繋がる。

『おはよう青島さん。今朝も積極的だね、待ち合わせの時刻も場所もあらかじめ何回も確認し合ったのに、きみはよっぽど待ち遠しかったみたいで――』

わたしはワザと棒読みボイスで、

「あのぉー。『青島さん』って呼ばれたくないんですけどぉー、わたし」

すると笙先生は苦笑いの表情が見えてきそうな声で、

『あーあーあー。そうだった、約束を結んだんだった。……あらためておはよう、『さやかさん』』

わたしは一気に嬉しくなって、

「おはようございます、笙先生!!」

わたしのあいさつを聞いた笙先生は、

『理由があったから、さやかさんはこのタイミングで電話をかけてきたんだよねえ?』

「もっちろん♫」

語尾に音符マークを付着させるのを抑え切れなかったわたしは、

「わたし、デート場所を、追加させたくって」

と告げ、それからそれから、

「笙先生ならオッケーしてくれるって、信じてるから」

とタメ口めいた口調になって『元・恩師で現・恋人』の応答を待ち構える。

 

 




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