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【愛の◯◯】わたしの『自由主義』な実習授業

 

皆口(みなぐち)先生の背中を見ながら廊下を歩く。入るべき教室が近くなってくる。高等部2年であるのは昨日と同じだが違うクラスだ。『あなたの母校たる女子校は1学年何クラスなのか?』というご質問は後日受け付けたいと思います。

皆口先生が結構な勢いで教室のドアを引く。彼女に続いて入室すると同時に授業開始のチャイムが鳴り響く。

お決まりの『起立、礼、着席』の後で、

「今日は私は授業をしません。実習生の羽田愛先生にお任せします」

と皆口先生が生徒たちに告げる。

『お任せします』というコトバがプレッシャーを僅かに与える。でもわたしはその程度のプレッシャーになんか負けず、

「みんなよろしくね。精一杯頑張るから」

と生徒たちを見渡しながら『約束』を結ぶ。

皆口先生が教室の後方に歩いていく。教壇で白板(はくばん)を背にするわたしに彼女の視線がまっすぐに伸びていく。

視線が火花を散らすシチュエーションであるワケも無い。皆口先生と『教え上手』を競うために教壇に立っているのではない。わたしが見なければならないのは皆口先生ではなくクラスの生徒たちだ。

 

どの教科もそうなのだが母校の世界史の進度は非常に速い。高2の1学期の期末テストまでに第一次世界大戦を終わらせてしまう。したがってこの時期の授業で扱うのは主に19世紀後半のヨーロッパというコトになる。いわゆる「帝国主義」の漢字4文字の時期である。

そして本日わたしが教えるのは19世紀後半の『大英帝国』。『パクス・ブリタニカ』の時代である。わたしが大得意な時代だ。あまりにも大得意過ぎるから母校卒業後もこの辺りのイギリス史に関連する文献を読み漁り続けている。

教卓に両手を軽く載せたわたしはページを指定して生徒たちに教科書を開かせる。水色の教科書がいっせいに開かれる。ポピュラーな出版社から出ているポピュラーな教科書だがわたしが習っていた頃から少し改訂されている。

ちなみにこの授業の正式な科目名は『世界史B』である。違和感をお持ちになった方は鋭いですがとにかくわたしについてきてください。

背筋をシャッキリと伸ばして、

スエズ運河って知ってるわよね」

とわたしは教室の女の子たちに問い掛ける。

みんなみんな真剣な眼になってくれているから嬉しくて、

スエズ運河が開通したのが西暦何年なのか知ってる人はいるかな? わたしに教えてくれると嬉しいわ」

と初っ端から教室の女の子たちに振っていく。

数秒後に複数の女の子から手が挙がった。

さすが。

賢い娘(こ)たちばっかりだ。この学校も向こう100年は安泰だ。

 

日本列島にその名を轟かせている名門女子校だからといって独自の時間割を作っているワケではない。1コマ45分と至ってスタンダードだ。たしかに育ち盛りの彼女たちならば60分でも75分でも90分でも集中力が保(も)つだろう。それでも授業時間をいじったりはしていない。それがこの学校の「ポリシー」というモノなのである。45分で据え置く根拠は幾つかあるんだけど文字数の都合で割愛します。

授業時間は35分を経過した。背中の白板はわたしの板書で埋め尽くされている。整った文字で整った板書を構成するのには自信があった。生徒の娘たちにもきっと板書が整然としているように見えているはず。

やや前のめり姿勢になってジョゼフ・チェンバレンについて話し始める。さっきまでディズレーリやグラッドストンについて時間を割いて話していた。授業終了後に皆口先生に『指摘』されてしまうリスクを敢えて負った。芝居の役者がアドリブを混ぜるようなモノだ。授業を平板にしたくないがゆえのわたしオリジナルの『裁量』だった。

 

× × ×

 

職員室に戻っている。右隣の席の皆口先生と昨日と同じく向かい合いになっている。わたしから見た皆口先生の位置は『対面(トイメン)』とも言うらしいが誰に入れ知恵されたのかは省略しておく。

皆口先生は開口一番、

「昨日よりさらに良かったわよ、羽田さん」

とお褒めのコトバを与えてくださる。

『さらに』良かった……。昨日の『授業』も評価されたけど今日の『授業』はそれを上回る評価だったというコトだ。中間テストでは95点だった答案が期末テストでは98点になったような気分だ。

自分の経験に即した比喩なのだがそれはそうと皆口先生の具体的な『講評』を待ち構える。

「ディズレーリとグラッドストンチェンバレンについて熱く語っていたわよねえ」

来た来た。わたしの『アドリブ』に触れてきた。

「マズかったですか? 独自裁量過ぎて」

いちおう確かめておきたかったから訊いたわたしに、

「そんなコト無いわよっ。『昨日よりさらに良かった』って言ってるでしょー?」

と苦笑気味に皆口先生は答えてくださって、

「あれぐらいの『アドリブ』が無いと私も物足りないから。この学校の実習生には『ありきたり』なパフォーマンスなんか望んでないし」

『そこまでぶっちゃけちゃうんだ』とわたしは思いつつ、

「ですけど、『ありきたり』を通り越して『自由』過ぎませんでしたか?」

ところが皆口先生はわたしの懸念に応答せずにカラダを前方に傾けてきて、

「あのね。あなたの『自由主義』は、『新自由主義』じゃなくって『超自由主義』なんだから」

と謎めくご指摘をされてきたかと思えば、

「母校(ここ)じゃなくて公立高を目指してるみたいだけど」

と言いながらなんと両手でわたしの両肩を押さえてきて、

「たとえ公立高であっても、その個性を見失わないで欲しいわ」

と微笑と共にキモチを伝えてくる。

あまりにも「こそばゆい」わたし。なんとも言えない感覚に包まれているから返事ができないわたし。

強く両肩を押さえられているのではなかった。優しくて柔らかなスキンシップだった。

でもだからこそ体温の上昇を自覚せざるを得ないわたしがいた。

こそばゆくてカラダが熱いから目線の角度がやや下がる。

そんな状況になってしまっているトコロに、

「私がヤキモチ焼いちゃうぐらいに、『羽田先生』の教えぶりはステキなんだもの……」

という皆口先生の『トドメのヒトコト』が降り掛かってくる……!

 

 

 




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