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【愛の◯◯】小説を声に出したらポエムを声に出された

 

初夏が間近に迫っているような気温だったので、弱冷房をかけている。

適度に涼しくなったわたしの部屋に入ってきた八木八重子(やぎ やえこ)が、

「相変わらずの漫画単行本の散らかりようだね。片付けてあげよっか?」

と言うから、

「余計なお世話」

と軽く反発してしまう。

 

× × ×

 

散らばった漫画単行本を退(ど)かして腰を下ろした八重子が、

「書き進めたよ、小説」

と告げてきたから、楽しいキモチが盛り上がってくる。

小説執筆意欲を八重子が伝えてきたのもずいぶん前のコトだ。労働との兼ね合いもあって遅筆だが、書き進めているだけ偉い。

楽しいキモチに加えて邪(よこしま)な欲望も盛り上がってきた。

だから、

「『書き進めた』とわざわざ報告してくるってコトは、バッグの中に小説を入れてきてるのよね?」

わたしのこんなクエスチョンに対する反応が面白かった。

八重子は、クエスチョンを投げつけられた途端に、バッグをお腹に抱き締め始めたのだ。

「なによぉ、その可愛らしい反応は」

そう言いながら、部屋入り口付近で体育座りみたいになっていたわたしは体育座りをやめて、ベッドと近い距離に座を占める八重子に躙(にじ)り寄った。

「見られたくないキモチは分からないでもないわよ。だけど、『わたしがあなたの『編集者』である』って事実があるでしょ」

痛いトコロを突かれた八重子のバッグを抱き締める強さが増した。

 

× × ×

 

「『柔らかな風が吹く中、御神本(みかもと)すずかは、考え事をしながら自転車で走っていた』」

「葉山!? あんた何考えてんの!? 黙読してよ黙読っ。いくら編集者役だからって、やって良いコトと悪いコトがあるでしょ」

「わたし、音読は『やって良いコト』の方だって思ってるんだけど」

八重子とは対照的にココロ穏やかなわたしは、

「もし本職の編集者があなたにつくとしたら、わたしと同じように、あなたの原稿をこうやって読み上げるかもしれないわよ?」

と諭すように言い、

「それにね、『権利』があると思うのよ。声に出して読む『権利』が。だって、この小説の登場人物は、わたしが命名したんだもの」

 

× × ×

 

たとえば、『御神本(みかもと)すずか』という女の子の『御神本(みかもと)』という苗字は、大井競馬のトップジョッキーである『御神本訓史(みかもと のりふみ)』から持ってきた。他にも、主要登場人物の名字は粗方、大井競馬の騎手の名字から引っ張ってきたのである。

『わたしも作者みたいなモノね。『編集者と合作』とは良く言ったモノだわ、ほんとに』

そう思いながら、わたしに声を出して読まれてしまった原稿を見つめ続けている八重子に暖かな視線を送る。

八重子の顔が急に上昇した。

わたしのクローゼットの方角にカラダごと向ける八重子がいた。

わたしの脈が少し早くなる。適度に涼しくなった部屋にいるはずなのに、ひと筋の汗が背中を伝う。

クローゼットに八重子がずんずん「進撃」していったので、怖くなって、

「やえこー、クローゼットあけても、おもしろいモノはなんにもでてこないとおもうわよー」

と、ひらがなとカタカナだけの表記が妥当にならざるを得ない焦りの声で呼び掛けてみる。

しかし、わたしの呼び掛けを八重子は無視。即座に開かれるクローゼット。ぎぃーっと開かれた音が非常に心地悪い。

上部の衣類には眼もくれず、『わたしが最も探し当てられたくないモノ』が潜んでいる辺りに一直線に視線を伸ばす。

八重子の行動が怖過ぎて、わたしはカラダを動かせなかった。

八重子が右手をクローゼットの奥底へ伸ばした。迷いが少しも無い右手の伸ばし方だった。

八重子が掴み取ったのは、デコレーションに彩られまくりのノート。お値段が2000円以上して、デコレーションのためにさらに資金を注(つ)ぎ込んだノート。

「痛々しいぐらいにキラキラにデコられたノートだねえ」

そんなコトバの針をわたしのココロに突き刺してきてから、

「葉山のこーゆートコ、わたしは好きだよ」

と、謎の好意を示す八重子。

それから八重子は、

「貼られたシールによると、今年の元日から使い始めてる」

と言い、そしてそれから過剰なニヤつきの横顔を見せつけて、

「お正月に、わたしの大親友は、いったいどんなポエムを創作したんだろう?」

と独白の如き疑問を吐き出してくる。

「『ふくしゅう』、するつもりなの、もしかして」

ひらがな表記にするしかない情けない声しか出せなくなるわたし。

「『復讐』~~?? 違うよぉ、ちょーっと違うよぉ」

まるでさっきまでのわたしのように余裕綽々(しゃくしゃく)モードになった八重子は、わたしに一切断りを入れるコト無く、大好きな幼馴染の男の子にも見せたコトが無かったポエムノートを開いてしまう。

八重子が女子校時代に放送部員だったのを思い出し、背筋が2段階寒くなる。

「1月1日。『最高の初夢を見たい気持ちが今年も湧き上がり始めていて』」

元日に書いたポエムのタイトルを八重子が綺麗な声で読み上げた。

思いのままにコトバを駆使して3ページ以上に渡って書き続けた元日ポエム。そのポエムが今、八重子の綺麗な声によって白日の下(もと)に晒されようとしている。

八重子は、間を置かず、息をしっかりと吸い込んで、

「『言葉が湧き上がるのに貢献するのはコカ・コーラじゃないペプシコーラでもない

 メロンソーダこそが言葉が湧き上がるのに最大の貢献をするのだ

 令和7年もメロンソーダから始まりを告げる

 冷蔵庫のドアを開けば待っている様々なる緑色

 おせち料理の重箱に緑色のペットボトルを置くのがわたしのやり方

 カズノコを噛んで緑色を喉に流し込むのが流儀

 気付けばそんなふうな流儀になっていて

 だからまた冷蔵庫に舞い戻って緑色のペットボトルをもう1本

 中国のはるか昔の詩人は

「一升一升(いっしょういっしょう)」とお酒で詩語を紡ぐけれど

 令和7年の現在(イマ)を生きるわたしは

「メロンソーダグラスに1杯、メロンソーダグラスに1杯」

 そういうリズムを響かせながらエクリチュールに仕立て上げて

 それで

 自分の緑色のエクリチュール

 緑色の炭酸のエクリチュールを 信じられるから

 12時間後に待つ今年最初の夜は、きっと必ず――』」

 

 

 




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