開店時刻と同時に某・商業施設に入店した。おれ独(ひと)りではない。妹のあすかと一緒に来ている。日曜出勤だったがゆえの月曜休みを「狙い撃ち」された。有無を言わせずショッピングに同行させられたというワケだ。
で、
「どっちの服選びを先にするんだ? おまえの服選びと、おれの服選びと」
エスカレーターに乗って上階(じょうかい)に向かいながらそう訊くと、直(ただ)ちに、
「わたしの服選び」
という妹の声が背中から来た。
思わず、
「……時間がかかりそうだな」
と懸念の声を発してしまうおれに、
「女子の服選びが時間がかかるコトぐらい、一般常識だよ」
と妹が言ってきて、さらに、
「できるよね、お兄ちゃんなら? 試着室の前でずっと立ち続けてるコトぐらい。フィジカル『だけ』はピカイチなんだから、1時間以上立ち続けるのなんて楽勝でしょ」
フィジカル『だけ』と言いやがったので少しムカつく。
が、
「試着室の前に立ってろというコトは、おれにも吟味してほしいんか?」
「吟味?」
「そーだよ。おまえの服をおれにも吟味してほしいんかと訊いてるんだ」
エスカレーターが終わった。若い世代の女性向けファッションを取り揃えているフロアだ。
あすかはおれの問いに答えず、何も言わずにこちらを振り向かずに目当てのショップがあるらしき方角へとずんずん歩いていく。
× × ×
「結局1時間どころか2時間粘らされる羽目になった、試着室の前で。しかもおれの服を選ぶ時も、おまえは口(くち)やかましくあーだこーだ言ってきて、難航してしまって……」
「うるさい兄貴」
スプーンとフォークを持ちながら、真正面のあすかは、
「グチグチ言ってるとお料理が冷めちゃうでしょ。本当にアンポンタンなんだから」
うるさいっ。
グチグチ言うことでグズグズしてると料理が冷めちまうのは事実だが、『アンポンタン』だとかヒトコト多いっ。
「食い終わった後で、おまえに対する不満言うのを再開するから」
そう言っておれはまだ湯気の途切れていない大盛りパスタに向かう。
あすかが強過ぎるぐらい強くスプーンとフォークを握り締めているのが眼に映るが、一切気にせず、大盛りパスタを味わっていく。
平打(ひらう)ちの生パスタ。もしかしたらおれの職場で使っている生パスタよりも高級品かもしれない。
× × ×
「約束された『全額払(ばら)い』だからね、お兄ちゃん」
いや、『約束された』ってなに、『約束された』って。
昼飯代を全額払わされる覚悟はできていたけども。
食後の飲み物は共(とも)にホットのカフェラテだった。模様の違うカップが2つテーブル上に置かれている。
あすかが自分のカップを持った。なぜか真正面のおれではなくおれから見て左サイドを向きながら、カフェラテを啜(すす)る。
カップが置かれると同時に、
「おれに不満を言われたのがそんなに不服なんか」
と問うが、おれの妹はテーブル上に目線を伸ばして兄の顔を見ようとせず、両手の指を組んで沈黙。
「不服みたいだな、どうやら」
把握したのでそう言ったのだが、あすかの口は動かないし、姿勢もほとんど変わらない。
おれは、
「ま、せっかく月曜休みの兄と一緒にショッピングに来ることができたのに、不満ばっかり言われたら、ガッカリもしちまうよな」
と言い、
「悪かったよ。おまえの機嫌を悪くさせちまって」
とキッパリ謝る。
あすかの目線が少し上がった。
「1つだけ、聞いておきたいコトがあるんだが」
そう切り出してみたら、目線をさらに上げたあすかは、弱い声で、
「……なに」
と問う。
「おれとおまえがこうやって顔を合わせる時の、恒例だよ」
「……だから、なに。前(まえ)フリを続けるのはやめて」
そう言うのならば。
軽く息を吸い上げてから、おれは、
「利比古のコトだよ」
と告げ、
「ここ最近の、あいつの邸(いえ)での様子、報告してもらいたい」
と告げる。
あすかと利比古は、邸(いえ)の2階で、5年前から、寝起きする部屋をどちらも変えること無く、現在に至るまで暮らし続けている。
部屋と部屋が近いし、一日(いちにち)の中で関わり合う時間は相当長い。
あすかの兄たるおれと利比古の姉たる愛が邸(いえ)を出てマンションでふたり暮らしを始めて以降は、2階で寝起きしているのはあすかと利比古のふたりだけ。
根っからブラザー・コンプレックスの愛ほどではないにしても、おれにとって利比古は大切な存在だし、兄貴分として、弟分の暮らしぶりが気にならないワケが無い。
だから、あすかとこうして顔を合わせる時は、利比古の様子を報告してもらうようにしているのだ。
恒例になっているのだから、滞(とどこお)りなく教えてくれると思っていた。利比古の◯◯や◯◯を知らせてきてくれると思っていた。
ところが。
おれが『報告』を促した1秒後に、おれの妹は、一気に顔を上げるのみならず、仰(の)け反(ぞ)るようにして、困惑の表情をおれに見せてきた……!!
こっちまで驚いてしまって、慌てて、
「な、なんだそのリアクション。なんでそこまでオーバーリアクションになっちまうんだ」
と訊いてしまう。
依然として妹は椅子の背もたれに背中をくっつけて仰け反るがごとき姿勢。オーバーリアクションの弾みで椅子が動き、おれとの距離が伸びている。
当然ながら商業施設の飲食店であり周りの反応が怖い。『何事か』と思ってこっちを向いてくるお客さんの数が多くなったらマズい。
「とっとりあえず落ち着け。落ち着けあすか。……な?」
お兄ちゃんの頼みを聞いてくれ……というキモチでもって、妹とは対照的に前のめり姿勢になって、必死に落ち着かせようとする。
しかし、物事は思い通りには行かなかった。
落ち着きを見せるどころか、おれの妹は、ぶんぶんぶんぶんぶん!! と派手に首を振りまくり始めたのだった……!!