昼ご飯を食べた後であすかちゃんの部屋に来ていた。
あすかちゃんが就職活動のためにいったんお邸(やしき)から出る時間になった。
「いってきます」
と言いつつ部屋を出ていくスーツ姿の彼女を、
「いってらっしゃい」
と見送った。
あすかちゃんルームにわたし1人になった。
『本棚やCD棚をじっくりと眺めてみたい』というキモチを抑え切れるワケも無かった。プライベートでデリケートな所を漁らない代わりに、彼女がどんな本を読みどんなCDを聴いているのかを心ゆくまでチェックしたかったのだ。
丸テーブルの前に床座りしていたわたしは立ち上がり、本棚とCD棚が並び立っている所に歩み寄っていく。
本棚。
アツマくんや利比古よりもよっぽどマトモな読書傾向が見て取れる。嬉しい。
村上龍の『愛と幻想のファシズム』の文庫本を発見する。わたしの名前が題名に付いているから眼についたのだ。わたしは村上龍の小説をほとんど読んだコトが無い。だけど、代表作がどんな内容なのかはどこからともなくインプットしていた。『愛と幻想のファシズム』も代表作の1つであると思われるのだが、この本棚に収納されている講談社文庫上下巻を新刊書店で滅多に見かけない気がするのだ。どうしてだろう?
さらなる疑問は、『あすかちゃんはどうして『愛と幻想のファシズム』を読む気になったんだろう?』というモノだ。彼女が村上龍の著作を読んでいるトコロに出くわしたコトが無い。しかも、『愛と幻想のファシズム』は1980年代に刊行された小説なのである。ダブル村上すなわち龍と春樹に疎いわたしであっても2人が80年代にどんな小説を書いていたかぐらいはインプットしていたから、龍のこの長編小説が刊行されたのが80年代であるというのもすぐに特定できる。もちろん、80年代なんてあすかちゃんもわたしもまだ産まれていない。あすかちゃんのお母さんもわたしの母も小学生であったような時代だ。そんな時代のベストセラー小説を読む気になったのは何故(なぜ)なんだろう。何がきっかけだったんだろう。
CD棚。
ロックバンドのギタリストなだけあって、本棚よりも「こだわり」が強く感じられる。さすが。
ブランキー・ジェット・シティの初期のアルバムが視界に入ってくる。『確かこれ、わたしがあすかちゃんに薦めたんじゃなかったかな?』と思う。もっとも、わたしは母を経由してブランキーを彼女に薦めたんだけど。わたしの母はブランキー・ジェット・シティというバンドの直撃世代だと言っていいだろう。『高校時代からずっと聴いてたのよ』とかつて言っていた、ような気がする。いわばわたしは母からの『お下がり』を聴いていたようなモノだったのである。つまり、母が所持していたブランキーのCDがいつの間にかわたしの手元にやって来ていて、それを聴いていたというコトなのである。もっとも、『お下がり』というのが適切な表現であるかどうかは、分かんない。それはともかく、わたしやあすかちゃんが産まれるひと昔前から活躍していたロックバンドだという事実がある。
CDを引き抜き、ジャケットを見る。この初期ブランキーのアルバムを次に聴く時は是非とも大音量で聴いてみたい。このお邸(やしき)には本格的なオーディオ設備がなされたお部屋もあるから、そのお部屋に入ってあすかちゃんと2人で爆音のブランキーを聴いてみたい。
さて、本棚・CD棚を見尽くしても時間が余ってしまった。
『どうしよっかな』と思っていたら、高校古文の参考書が何故か勉強机の上に置いてあるのに気付いた。もしかしたら、大学の授業や『PADDLE(パドル)』の編集で文語文法の知識などが必要になったのかもしれない。
懐かしの思い出の参考書だった。確か、あすかちゃんが高校2年だった頃。『現代文と比べて古文が苦手なんです』と彼女が言ってきたから、わたしが古文を教えてあげるコトにした。その際に使った参考書だったのである。
当時のわたしは高校3年。受験勉強をした後であすかちゃんに古文を教えていた。持久力には自信があったんだけど、長時間の受験勉強の後であすかちゃんの勉強を長時間見てあげていたから、さすがに息切れしてしまう時もあった。
1時間半以上に渡って文語文法や古語や有職故実(ゆうそくこじつ)をあすかちゃんにレクチャーしていた夜もあった。喋り続けていたら疲労がどんどん蓄積されていってしまい、ついにはウトウトと半分眠っているような状態にまでなってしまった。
気が付いたらあすかちゃんのベッドに寝転んでいた。あすかちゃんが毛布を掛けてくれていた。恥ずかしくなりながら身を起こすと、寝落ちしたわたしをニッコリニコニコと見守ってくれていたあすかちゃんの姿があった。申し訳無いキモチで『しくじっちゃってごめんなさい』と言ったら、『なんにもしくじってないですからぁ☆』と満面の笑みで言われてしまった……。
11月産まれのわたしと、6月産まれのあすかちゃん。わたしはあすかちゃんよりも約7ヶ月早く産まれただけなのだ。
姉貴分として慕ってくれているから、妹分のあすかちゃんがいつでもどこでも愛(いと)おしい。
だけど、立場が逆転して、あすかちゃんの方が『おねーさん』になる時だって……しばしばある。