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【愛の◯◯】短さと長さをめぐって

 

「アツマくん」

「ん?」

「今日は、『短縮版』なんだけど」

「だけど?」

「最近、このブログの土曜日の記事、『短縮版』ってあまり言わなくなったわよね。『あまり』じゃなくて、『ほとんど』言わなくなったかも」

「それがどうしたの、愛ちゃん」

「……あんまり軽々しく『ちゃん』付けしないで」

「えーっ」

「わたし気付いてるのよ。『短縮版』ってお断りしないだけではなく、会話文オンリーの記事もほとんど無くなっていて、地の文入りの記事がほとんどになった」

「土曜日の記事の変容……ってワケか」

「あなたにしては的確な把握ね」

「おいコラ」

 

× × ×

 

「――そんで、おまえはこの『変容』をどう捉えてんの?」

「書いてる『中の人』の成長だと認識してるわ。会話文に頼って記事を書く悪いクセが減ってきてるし」

「会話文に頼るのはそんなにダメなんか」

「だって、小説は『地の文』じゃないの」

「は?」

「わかんないの!? あなたホントに文学部出身なの!? もう一度言うわ、小説は『地の文』なのっ!!」

「おいおい怒るなよ」

「……もっとも、マヌエル・プイグの『蜘蛛女のキス』みたいな『逆パターン』もあるんだけどね」

「『蜘蛛女のキス』? 小説か? 初めて聞いた」

「ななななななっ」

「お、おい、なぜ驚愕する」

「――もういいわ」

「……なにがいいのかな、愛さん」

 

× × ×

 

「長年文学に親しんできたわたしの『持論』に、『小説は長ければいいモノではない』ってゆーのがあるの。もちろん、大長編であっても素晴らしい小説はいっぱいあるわよ? でもね、『見合った長さ』じゃないと、よろしくないと思うのよ」

「『見合った長さ』?」

「たとえば、ドストエフスキーの『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』には、長さに見合った感動があるの。だけど、『この程度のコトしか描けてないのに、ページ数が多過ぎる』って作品が、特に平成以降の日本の小説に――」

「ちょちょちょちょい待ちっ愛さんッ!!!」

「なっなによっ!? いきなり両肩掴まないでよ!? わたしの口を塞ぐつもり!?」

「塞ぐのもやむを得ない」

「どうして……」

「おまえ、『具体的な作品名』挙げようとしただろ」

「それのなにが悪いのよ」

「読む人あってのブログだ。特定の作家や作品を名指しで攻撃したら、炎が上がる可能性がある」

「ディスっちゃダメってコト?」

「ああ。ディスってはいけない」

「じゃあ逆に、『例外的に良かった方の作品名』を言おっかな」

「……キミ、『リスペクト』ってコトバ知ってる? 創作しないヒトが『上から目線』になり続けるのは如何(いかが)なモノかと……」

「アツマくん」

「……はい」

「正論だけど、ウザいわよ♫」

「……キミみたいな美人に、『ウザいわよ』は似合わないぞ」

 

 




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