「トヨサキくん。これから、西校舎の『読書力養成クラブ』の教室で、わたしたちの番組の上映会をやるんだけど――」
わたしは一旦コトバを切って、
「キミはお留守番ね」
と宣告する。
トヨサキくんが顔をしかめて、
「機材とかどーすんだよ。おまえ1人じゃ運搬できねーだろ」
と疑問を呈すが、
「甘いね」
とわたしはすかさず言い、
「春休みになる前に、機材は既に運び込んでたんだよ」
トヨサキくんが驚いて、
「あっちの教室に!? いつの間に」
その疑問に答えることなく、わたしは、
「ちゃーんとお留守番していてよね? 乱入してくるヒトがいるかもしれないから」
トヨサキくんは不満気味に、
「こんなボロい旧校舎にわざわざ乱入してくるヤツがいるか?」
と言うけど、わたしはただひたすらに、ジットリ笑顔を彼に向けて示し続けるだけ。
× × ×
春休みの季節ゆえの春風が制服を揺らす。春風が強まり過ぎてスカートをバタバタさせたりフワリとさせたりしてくるのは困るけど、まさに春らしい陽気で、微(かす)かな薄雲混じりの青空も頭上に広がっている。
西校舎の入り口まで来た。読書力を養成するヘンテコなクラブの活動教室までまっしぐらだ。
ぐんぐん進んでいくつもりで西校舎の入り口を開け、中に入ったら、男子生徒が壁に背中をくっつけて立っていたから、ビビってしまった。わたしの推進力が弱まり、男子生徒の間近で停(と)まってしまう。
マスダ先輩だった。もういくつ寝ると3年生の、オトナびた見た目の先輩。クールな印象が、校舎内の空気によって際立つ。
わたしは控え目に、
「あのぉ、マスダ先輩も『読書力養成クラブ』に向かうんですか?」
と訊く。
『読書力養成クラブ』は文芸部から離脱して発足した。マスダ先輩は文芸部に留まった。「お家騒動」みたいな経緯を辿ったがゆえに、「監視」のために文芸部から人材が派遣されるようになり、現在の「監視役」担当こそマスダ訓史(のりふみ)先輩なのである。
「そうだよ。『春休みになってからも動きに注意しろ』って『当局』から言われてるんだ」
『当局』とは、もちろん文芸部のコト。
マスダ先輩の言い回しが面白くて、思わず笑い声をこぼしてしまう。
だけど、マスダ先輩がにわかに壁から背中を離して、わたしの近くに歩み寄ってきたから、わたしの楽しさが急激にしぼんでいってしまう。
「上映会、だっけか?」
そう訊いてくる先輩の顔を直視できずに、
「ハイ……。『養成クラブ』は、今回の番組制作に大きく貢献してくれたので」
とわたし。
「ふうん」
と先輩。
先輩の顔を見ようとして視線を寄せたら、先輩はわたしの方角を見ていなかった。なんでだろう?
「よくやるよな、おまえたちも」
発言の意味が分からない。でも、『よくやるよな』と言った声の響きに意味深なモノを感じる。
「なあタカムラ。おまえの気を悪くするかもしれなくて、申し訳ないんだが」
マスダ先輩は、わたしを見てくれないままに、
「どーしておまえやトヨサキは、『放送』ってやつに、ここまでこだわるんだ?」
と、不穏な疑問を呈してくる。
「おまえたちはテレビ番組を作るけど、ぶっちゃけ現在(いま)は、テレビなんて『落ち目』だろ。お台場のテレビ局の大きな不祥事があったばっかりだし、おれが物心ついてから、テレビ局の『やらかし』ばっか見てきたような気がするぞ」
マスダ先輩の批判に一旦は寒気(さむけ)を覚えるわたしだったけど、先輩のテレビへの無理解に対する不満のようなモノが、ムカムカと立ちのぼってくる。
右拳(みぎこぶし)を握り締めるのを抑え切れなくなる。
「サッカーや野球の国際試合の中継ぐらいしか、テレビは視(み)ない。もっとも、スポーツの試合の生中継にしても、実況や解説が騒がしいから、ウンザリしながら仕方なく視(み)てやってる感じだが」
なにその上から目線。
わたし、眼の前の彼が同学年だったら、ゼッタイ2倍怒ってる。
無理解過ぎる。
テレビは、悪いコトばっかりしてきたワケじゃないのに。
彼は、マスダ先輩は、テレビの負の側面しか見ていない。
すっごく不満。
これ以上なく右拳を握り締める。やり場のない怒りの顕(あらわ)れ以外の何物でもなかった。
× × ×
「今日のタカムラさんなんだかゴキゲンナナメだね。イヤなコトでもあったのかな?」
『読書力養成クラブ』を取り仕切る石井宝太郎(いしい ほうたろう)先輩が訊いてきた。
わたしは黙ってマスダ先輩を睨みつけた。『養成クラブ』活動教室の隅っこの方でスマートフォンをいじっているマスダ先輩を睨みつけた。
石井先輩もマスダ先輩の方角を見て、
「ほほぉー。どうやら、マスダが悪いみたいだな」
と言い、
「上映会を始める前に、マスダを廊下に追い出しておこうか?」
と、わたしに向き直って訊いてくる。
わたしはキッパリと、
「いいえ。追い出す必要はないです。マスダ先輩にも、番組、是非ともお見せしたいので」
と返答した。
無理解なマスダ先輩にわたしたちの番組を見せて、認識を改めさせるんだ。
わたしは決然と、あらかじめ上映機材を置いていた場所に突き進んでいく。