目覚めてからしばらくベッド上に留まり続けて「昨日の感触」を味わっている。「昨日の感触」というのは大井町侑(おおいまち ゆう)の感触だ。わたしの大親友の女の子の感触だ。『侑に逢えてよかった』と言って抱き締めた。卒業式の日に絶対言いたいと思っていたコトバを卒業式の日に言って抱き締めた。侑からは最初戸惑いが伝わってきたけど、抱き締め続けていたら、受け入れてくれるようになったのが「感触」から伝わってきた。
寝室にはわたし1人だ。アツマくんはリビングで朝のニュース番組でも視(み)ているんだろう。
アツマくんが寝室に居ないから、思う存分、
「侑、これからもよろしくね。それと、新田くんのコトも、よろしく頼むわよ」
とヒトリゴトが言える。
新田くんは、侑にとって大切な存在になった男の子。
× × ×
遅刻するワケにはいかないと思っていた。でも結局は、3分ぐらい遅れて駅に到着してしまった。
もうすぐ高校3年生の女の子が眼の前に立っている。わたしよりも5つ年下。
「ゴメンね、待ち合わせの時間を少し過ぎちゃって」
とりあえず謝る。「全然気にしてませんよ」というコトバを聞いてから、眼の前の貝沢温子(かいざわ あつこ)ちゃんの私服姿をチェックする。
相手は高校生だというのにもうすぐ大学5年生のわたしよりオシャレに見える。わたしが美人だけどファッションセンスが無さ過ぎるのも大きいんだろう。
『温子』という名前からの着想で『オンちゃん』というニックネームが定着している。155センチのオンちゃんに160.5センチのわたしは視線を注(そそ)ぎ続ける。
やっぱり、わたしの妹分(いもうとぶん)のあすかちゃんとの相似点(そうじてん)が目立つ。以前も記した気がするが、カラダの『ある一点』を除けばあすかちゃんと瓜二(うりふた)つと言ってもいい。155センチという身長の値(あたい)もあすかちゃんと全く同じだし、体重もきっとあすかちゃんとほとんど変わらないんだろう。
ということは、身長から体重を引いた数値が「110」を超えるわたしのカラダの重さともほとんど変わらないというコトだ。
……余計な段落を挟んじゃったし、ジトジト眺め続けるみたいになるのも悪いわよね。
「オンちゃん、お腹すいてる?」
「すいてます、かなり」
「じゃ、もう移動しちゃいましょ」
× × ×
オンちゃんは食後のドリンクにロイヤルミルクティーを頼んだ。コーヒーを頼んだら美味しい味わい方を伝授できたのに……と少し残念だったが、誰にでもコーヒーを飲むのを要求するのは宜しくないコトぐらいは分かっている。
春休みのオンちゃんから春らしさが漂っている。窓からこぼれ出す陽(ひ)の光のおかげで、上着の輪郭がきらめいているように見える。わたしよりオシャレが得意なんだもんね。
例によってブラックかつホットなコーヒーを飲みながら、わたしはジックリと思いにふける。
『オンちゃんとは去年の夏に知り合った。あすかちゃんの母校に通っていて、あすかちゃんと同じ『スポーツ新聞部』の所属。もうすぐ3年生だから、もう部長になっている。ステキなことに読書好きで、図書委員も務めてるんだけど、同じく図書委員だった先輩の男の子絡みでほろ苦い◯◯を経験しちゃったみたいで、かわいそう。ほろ苦い経験をバネにして、部長職も図書委員も頑張ってほしいものね』
こういうふうに、まるで読者の方へ向けた彼女についての説明のごときモノをココロの中で語り続け、
『そういえば、あすかちゃんも高校時代は、ほろ苦い◯◯をいっぱい経験してたっけ。そういう点も、『重なる』のね……』
というコメントをココロの中で添えつつ、コーヒーカップの把手(とって)を右手の指で弄(もてあそ)ぶ。
そうしていたら、
「愛さん。わたし、春休みになってから、進路のコトをマジメに考えてるんです」
という声が向こう側から来た。
やや縮こまり気味の姿勢から、進路をほんとうにマジメに考えているのが分かる。
かわいくてマジメなオンちゃんは、
「ぶっちゃけるんですけど、わたし、学校の先生になりたくって」
と、ぶっちゃける。
彼女のぶっちゃけ発言を受けて、コーヒーカップで手遊びするのをやめて、背筋をきちんと伸ばし、左右の手をスカートに置く。
わたしは、優しい声音(こわね)で、
「教員養成系の学部を受けたいの?」
と訊く。
オンちゃんは、
「ハイ。関東の国立大学に行きたいんですけど――」
「横浜の国立大学とか?」
もうほとんど正式な大学名を出したも同然のわたしに、
「横浜は、難しいと思ってます。1年かければC判定以上に持っていけるかもしれないけど、ちょっとハード過ぎるかもって」
と答えるオンちゃん。
わたしはすかさず、
「ちょっぴり残念ね。わたしの父の出身大学だったんだけど」
「そうなんですか!?」
「教育学部じゃないけどね」
本シリーズ史上初めて自分の父親の出身大学を(一応)開示したわたしに、オンちゃんは、
「横浜を選択肢から除外するとなると、千葉なんですけど……」
「千葉だって相当難しいでしょ」
「難しいんです、厳しいコトに」
「となると、埼玉?」
向かいの彼女は頷きながら、
「埼玉に落ち着くのかな……と。埼玉よりも北になってくると、実家から通いにくくなるし」
受験トークも久しぶりだから楽しく面白くなってきたわたしは、
「東京の学芸な大学がまだ出てなかったわね」
すぐさまオンちゃんは、
「そこは『スポーツ新聞部』の尊敬する顧問の先生の出身大学なんです。なんですけれども……二次試験の過去問が、個人的には肌に合わなくって」
「そーゆーコトもあるわよねえ」
東京の学芸な大学の過去問が肌に合わない彼女の若々しき潤いのあるお肌を眼に焼き付けつつ、わたしは、
「偉いじゃないの、オンちゃん。この時期からとっても進路に真剣で、とっても偉いと思うわ」
彼女が恐縮そうに、
「そうですかね……」
と言うから、
「わたし、『自分自身の過去問』、まだ全然見れてないし」
と言ったら、彼女は少し訝(いぶか)しげに、
「『自分自身の過去問』?」
「うん。つまり、わたしが受けるべき試験の過去問。フマジメだから、まだ取り寄せてなくって」
「それ、なんの試験なんですか? 公務員だとか?」
「公務員なのは、あってる」
「エッ、『あってる』とは」
「きょーいんさいよーしけーん♫」
「ほええええっ!?」
おぉーっ。
オンちゃん、絶叫しちゃった。
ムリもないかー。