日記を書いているのだ。
本日のあすかちゃんとの『疑似姉妹デート』の終わりまで書いたところで一旦ペンを置く。
我ながら良く書けた文章だと思う。分量多く詳(つまび)らかに『デート』を描写できているし、1つ1つの文字もとっても整っている。
でも、あすかちゃんだったら、わたしよりも桁(ケタ)違いに上手に叙述(じょじゅつ)できると思う。『疑似姉妹デート』の相手だった妹分のあすかちゃん。彼女に日記をつける習慣があるかどうかは分からないが、あったのなら打ち明けてきてくれると思うから、そういう習慣が無い可能性の方が濃いと思う。だけど、もしもあすかちゃんが本日の『デート』の模様を振り返って叙述する気になったのなら、それ自体が『日記文学』と呼べるような素晴らしい文章が産み出されるコトだろう。
だって、あすかちゃんは、高校時代に『作文オリンピック』というコンクールで『銀メダル』に輝いたのだから。つまり、当時の日本全国の高校生の中で2番目に文章が上手かったのである。わたしが匹敵できるのは文字の綺麗さぐらいだ。同じ分量であっても、100倍素晴らしい『疑似姉妹デート』描写をしてくれるコトだろう。
どれほど褒め称えたって足りない文章力だとわたしは認識しているから、
『もちろん、無理強いはダメ。でも、あすかちゃんのホンキの文章、もっともっと読んでみたい。彼女の就職活動がひと段落したら、『依頼』してみようかな?』
と、日記ノートの余白に書き添えた。
日記ノートをひとまず閉じてから数分後。玄関ドアの開(ひら)く音がした。
× × ×
リビングの奥まった場所から玄関近くへと移動したわたしは、帰ってきたアツマくんと向き合う。
「おつかれ~~」
見上げて微笑みを炸裂させながら、仕事帰りの彼氏にそう言ってあげる。
愛ある微笑は、今日が3月14日であるが故(ゆえ)。
つまり、彼氏に対する『催促(さいそく)』の意味も籠(こ)めた微笑なのである。
「今日は珍しく疲れた。体力に自信があるとはいえ、連勤(れんきん)が続いてたからな」
わたしの『おつかれ~~』にとりあえず応(こた)えるアツマくんだったが、わたしが『催促』を緩めるワケも無く、
「ねぇねぇ。あなた、何か買ってきたりしてないの」
と探りを入れる。
すると、
「買ってきたりしていますが、何か?」
と、彼からコメントが来た。
わたしの期待に応えてくれたのを把握し、嬉しくなる。去年のホワイトデーと違って、焦(じ)らさずに、帰ってきてからすぐに『お返しをする』意思を示してくれた。嬉しい嬉しい。
アツマくんは、銀色の包装紙に包まれた『お返し』をその場でバッグから取り出して、
「北里柴三郎センセイが何枚も消えていった」
と打ち明けるコトで『お返し』が高級品であるのを示して、
「はいよ。さっさと受け取ってくれ」
と、わたしの手元に高級お返しチョコレートを差し出す。
速(すみ)やかに両手で受け取ったわたしは、
「これ、ダイニングテーブルに置いてきても良(い)い?」
「いや、ここはひとまず、感謝のコトバを言うべき場面では……」
声が困惑し始めるアツマくんに構わず、ダイニングテーブルにぺたぺたと歩み寄り、受け取ったチョコレートを一旦置く。
それから、アツマくんに舞い戻り、彼の目元へと視線を柔らかく上昇させる。
「わたしの方が焦(じ)らしちゃって申し訳無いわね」
駆け引き(?)において優位に立ったわたしは、
「感謝のコトバを伝えてあげないほど、極悪な性格じゃないから」
と言い、
「ほんとうに、ありがとうっ」
と言うと同時に、アツマくんに抱きつく。
背中を両手でギュギュッ、と押しながら、
「今のあなたステキよ。お返しチョコをすぐに出してくれて律儀だったし。やっぱりダイスキ。世界でいちばんあなたがカッコいいわ。だからダイスキ」
と一気に愛情表現していき、
「美味しい晩ごはんを手早く作ってあげるから、待っていてね」
と、上半身を完全に彼に預けつつ、言う。
× × ×
食器の後片付けをひと通り終え、お湯を沸かす。どのコーヒー豆を挽(ひ)くか思案しながらお湯を沸かす。アツマくんがくれたチョコレートに最適なコーヒーがきっとあるはず。そう思って調理台に何種類かの豆を用意する。
昼間のあすかちゃんとの『疑似姉妹デート』も楽しかったけど、晩ごはんの後のこんなひと時も楽しい。
わたししか使ってはいけないコーヒーカップの内の1つを選び出し、チョコレートの味と響き合いそうなコーヒーを注(そそ)いだ。
注(そそ)ぎたてのコーヒーにはもちろん何も足さず、カップをダイニングテーブルへと運んでいく。
アツマくんの真向かいの席につき、食事中はダイニングテーブルの隅っこに置いておいたチョコレートを引き寄せ、包装を解(と)く。
評判の高いブランドであるのがひと目で分かった。嬉しさが増すし、真向かいの彼がもっとダイスキになる。
ひと口(くち)味わった途端に澄み切った甘さが口中(くちじゅう)に拡がる。コーヒーを口に含むと、たちまちチョコレートの味の余韻と響き合った。味の和音(わおん)がハーモニーになる。
コーヒーの風味と響き合って融(と)け合うコトで昇華(しょうか)され、わたしに大きな歓(よろこ)びを与えてくれる。そんなチョコレートだった。
このチョコレートを与えてくれたのは、無論、真向かいの席の彼。
フリーペーパーを読んでいた彼に熱い視線を注(そそ)ぎ込んで、
「コトバにならないぐらい美味しかったわ。あらためて、ありがとう」
と再びの感謝をして、それから左腕で頬杖をつきつつ、
「4月14日に、わたしの方から、『お返しのお返し』をしてあげたくなっちゃった」
とキモチを伝える。
彼は、フリーペーパーから目線を上げて、
「そんなに超美味(ちょうびみ)だったんか? おまえはチョコの味にはシビアであると認識してたんだが」
「シビアであるのは確かよ。でも、このチョコには感動しちゃったの」
そう答えた後で、顔をやや斜めに傾けて、
「チョコ自体のポテンシャルだけじゃないんだと思う。あなたのキモチも、このチョコにはきっと籠もっているんだわ」
「キモチ?? キモチって、いったいぜんたい……」
「あなたの、ア・イ・ジョ・ウ」
言った途端に、アツマくんの唖然(あぜん)が始まる。
一撃で唖然呆然になってゆく彼氏……。チョロい。