得点発表ムービーがモニターに流れる。
【98.6】
これがわたしのスコアだった。
「ふむふむ」
モニターを眺めながら、
「99点台には届かなかったかー」
と、ほんの少しだけ悔しがる。
「贅沢(ゼイタク)ねえ、あなたも」
真向かいに座る侑(ゆう)が、ちょっとだけ呆れ気味に言ってきた。
「贅沢って何よぉ」
訊くわたしに、
「98点台を叩き出せる人なんてほんの僅(わず)かなんだから、悔しそうにしなくたって良(い)いじゃないのよ」
と答える侑。
ふぅーーん。
とりあえず腰を下ろすコトにする。腰を下ろしてから、端末で曲を探している侑をジックリ見る。2人だけでカラオケ店に入ったのだから、次に歌うのは順番的に当然侑の方である。
大学卒業間際になって急にカラオケに興味を示してきた同期入学の親友女子。ただ、歌唱力はそんなに高くない。ぶっちゃけて言えば、わたしより5段階ぐらいヘタだ。泣きたくなるぐらい音痴ではないけど、最近のカラオケ採点システムはかなり精確かつ無慈悲(むじひ)で、70点台の壁をなかなか破れずにいる。
そんな侑が歌う曲を決めて端末をテーブルに置く。侑がマイクを持った直後にイントロが流れ始める。
侑が歌い始めた楽曲の名前は敢えて示さない。
先程歌った「ユキトキ」が主題歌だった『某作品』について掘り下げてみたかった。
「ユキトキ」が主題歌として使われたのは、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』というアニメだった。
ガガガ文庫のライトノベルを原作としたアニメで、いわゆる「1期」は2013年4月に放映を開始した。2013年度だから、わたしが小学校5年生の時のアニメだ。
当時のわたしは『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』というライトノベルもアニメも全く知らなかった。
小説はよく読んでいたけど、自他共に認める早熟な文学少女だったわたしが好んで読んでいたのは岩波文庫の「緑」や「赤」に収録されるような作品だった。『純文学』なんて漢字3文字はあまり軽々しく運用したくないけど、まあライトノベルとは対極の存在みたいなモノよね。
アニメに関しては「卒業」という概念すら無かった。プリキュアシリーズに代表されるような女児向けアニメを全く視聴せずに育ったのだ。アニメを「通らなかった」理由は文字数だけではない事情で省略するとして、小学校高学年になっても深夜帯のテレビでアニメが放映されているコトすら知らなかったと思う。
『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』。略して『俺ガイル』。アニメ版は一貫してTBSテレビの木曜深夜に放映されていた。第2期は2015年、第3期は2020年の放映だった。
『俺ガイル』という略称、アニメの放映枠、通算3期の放映実績。大学のサークル男子の影響によってこれらの情報をインプットした。第1期放映開始の2013年からおよそ10年後のインプットだった。
なにしろ『漫研ときどきソフトボールの会』という名前のサークルなのだから、漫画・アニメ・ゲーム・ライトノベルなどなどに強い執着のある人間が頻繁に入ってくる。同期の新田くんがそうだったし、1つ下の拳矢(けんや)くんや成清(なりきよ)くんもそうだった。
そして新田くんも拳矢くんも成清くんも、『アニメ版『俺ガイル』は1期からほぼリアルタイムで観ていた』と『証言』していた。『小学生時代から夜更(よふ)かしの習慣があったワケ!?』と驚いて訊いたら、3人とも曖昧に笑うだけで、『習慣』が身についていたのかどうかハッキリと教えてくれなかった。
いつからなのかは分からないが深夜アニメ体験が相当長いと思しき男子3人が、『俺ガイル』の上映会を催(もよお)したコトがあった。サークル部屋にはテレビやプロジェクターやスクリーンが無かったから、別室を借りて上映会をした。1期分を観るだけで「一日仕事」だったから、上映会は計3日間に渡るモノになった。
主な舞台は千葉県のとある高等学校。長い正式タイトル名から推し量れるように共学の高校で、中・高と女子校だったわたしのあまり知らない世界だった。『スクールカースト』というコトバは既に知っていたけど、具体的なイメージを持ってはいなかった。もちろん創作物ではあるんだけど、『男女共学だと、教室の様子があんな感じになるのね……』と思ったりして印象深かった。もちろん「男女共学」の要素だけが「要因」なのでは無いのだろう。でも、わたしには大きな要因に思えて仕方無かった。
教室の最大派閥グループの輪から遠く離れた場所に居る主人公の比企谷八幡(ひきがや はちまん)くんの存在が、わたしにはとっても興味深かった。
雪ノ下雪乃(ゆきのした ゆきの)ちゃんと由比ヶ浜結衣(ゆいがはま ゆい)ちゃんという2人の同級生の女の子が比企谷八幡くんに接近する。言ってみれば三角関係だ。作品タイトルの通りのラブコメ的な駆け引きがあって、最終的に八幡くんは……という筋書き。
個人的には、雪ノ下雪乃ちゃんの黒くて長い髪やキレイに長い脚が羨ましかった。あと、雪乃ちゃんが「美人かつ性格難アリ」なところが、自分の姿を重ねてしまうぐらいに印象的だった。
『……どうしたのよ、愛? 『ココロここに在(あ)らず』状態じゃないの。わたしとっくに歌い終わってるのよ。次の曲を検索しようともしないで、なんだか意味深な微笑み顔で……』
あ。
マズい。
侑の歌声に全く意識を向けず、『俺ガイル』についてひたすら考えちゃっていた。
「ごめんごめん、集中力を向ける方向がまちがっていた」
謝るのもそこそこにマイクを取る。マイクのスイッチを入れてそれから、
「次こそは、あなたの歌声にちゃーんと耳を傾けてあげるわ」
と真向かいの親友に告げる。
真向かいの親友は眼を丸くして、
「どうして……曲を入れないの? わたしが歌うよりも愛が歌うのが先でしょ? 端末に触ろうともせずに、マイクを持って……」
初期の雪ノ下雪乃ちゃんぐらい性格に難のあるわたしは、侑の疑問に構おうとせず、スイッチ入りっぱなしのマイクを右手で持ち続けながら、
「せっかくだから、『フリートーク』をしましょーよ?」
ものすごい速度で侑が唖然となり、
「フリートーク!? フリートーク!? あなたいったいなにがしたいの!?」
「したいのは、フリートーク」
「そ、そーじゃなくってっ!」
「女子2人だけの空間なんだから、フリートークのお時間を設定しない方がおかしいわよ」
「ななっ……!!」
スイッチを入れているわたしのマイクが、段々と『武器』のようなモノに近付く。
そのことを認識しつつも、わたしはスイッチを切ること無く、
「フリートーク! まずは、侑の近況報告!!」
とボリューム大きめの声で言い、
「ほらほら、あなたもマイクを持ちなさいよ。近況報告をするのよっ!」
と要求する。
侑が青(あお)ざめ始めるのを濃厚に察知しつつも、
「あなたの方から報告してくれないのなら、わたしの方からインタビューするけど。それでOKなの、あなたは??」
と、限界を超えるほどのイジワルぶりを発動させて、部屋中に『無茶振(ぶ)り』を響き渡らせる。
侑に訊いてみたいコトは、とっくの昔に決まっている。
……その詳細は、文字数の都合で省略せざるを得ないけど。