『プチ帰省』という概念がある。
愛と「ふたり暮らし」をしている都内某区某所某マンションから、おれの実家である都内某市某所某邸宅へ、だいたい週1回の頻度で帰ってくる。「ふたり暮らし」を始めた時に母さんと約束したコトだ。
母さんとは他にも『おれの給料の中から一定の金額を母さんの口座に振り込む』という約束をしているのだが、振り込んでやる理由は文字数の都合で省略する。
『文字数の都合で省略する』って便利ですね。『説明責任から逃げている!!』なんて怒らないでね。
さて。今回の『プチ帰省』は愛と2人ではなく、おれ1人の帰省となった。
理由。愛の大切な親友の青島さやかさんのお家(うち)に愛がお泊まりに行くからである。お泊まりの予定が先に入っていたのだから仕方無い。それにしても、おれのパートナーはアグレッシブだ。いろんな場所に出向く。出向いた場所で迷惑をかけていたりしないか不安だが。
「あの性格だからな……。やらかさないか、心配だ」
ダイニング・キッチンの巨大冷蔵庫に向かっておれは呟いた。これだけ大きい冷蔵庫なのだ。おれの不安や心配もきっと受け止めてくれる。そういう信頼感がある。
信頼を寄せている巨大冷蔵庫のドアを開けた。ミネラルウォーターを飲んでから早い内に寝てしまおうと思っていたのだ。
ところが、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出そうとした瞬間、
『アツマじゃないの~~。お酒を飲もうとしてるの~~!?』
と、不都合な声が、左サイドから……。
声の主は母さんだった。
いつ出没してきたんだ。完全に気付かなかったんですけど。
「今夜はアルコールは摂取しない。この『おいしい水』を飲んだら、とっとと部屋で寝る」
キッパリとおれは言う。
が、キッパリと言ったにもかかわらず、
「せっかく『プチ帰省』してきた土曜の夜に一滴もお酒を飲まないなんて、おかしくない!?」
と、グイグイと凄い勢いで、母さんはおれに迫ってきて……!
満面の笑みをたたえた母さん。ニコニコな母さん。
続けざまに、
「良(い)い日本酒を入手したの。一升瓶(いっしょうびん)を複数」
巨大冷蔵庫のドアを閉じたおれは溜(た)め息をつくように、
「まーた、『酒好き母さん』のムダ遣(づか)いかよ」
「息子なのにわたしの痛いトコロ突くのね」
そう反撃する母さんではあったが、楽しそうなニコニコフェイスは当然のごとく持続している。
厄介な◯◯に巻き込まれる寸前のおれに、
「ホントに一緒に飲んでくれないの?? お酒をキャンセルするのなら、その代わりに――」
「……なんだよっ。『ふたり暮らし』の様子を報告しろ、とか言うつもりか?」
「わかるのね。さすがはわたしの息子ね」
「どれくらいの分量の『ご報告』を母さんは望んでるんだ」
「そーねえ」
約5秒だけ母さんは考えて、
「日付が変わって日曜日になるまで」
は!?
「い、いま何時だと思ってんだっ。数時間にわたってレポーター役をおれにやらせるってかっ。それはちょっと厳し過ぎねーか!?」
「厳しくもなるわよぉ~~。山口県の岩国市からわざわざ取り寄せた銘酒(めいしゅ)なのに、付き合ってくれる気をアツマが示さないんだもの~~」
未(いま)だニコニコフェイスの母さんなので、おれの背筋の冷たさが増していく。
「ねぇあなたも知ってるでしょぅ!? 山口県の岩国市の銘酒といえば、国際的に有名な『アレ』しか思い浮かばないわよね!?」
物理的にも迫ってくる母さんが恐ろしかったが、
「……まあ、『アレ』なんだろうって、思い浮かびはするが。漢字2文字の『アレ』だろ? おれ、漢字の読みが分からないんだよ」
「ウソォ!?!? 漢字が、読めない?!?! なおさらあなたと2人でこのダイニング・キッチンで夜を明かしたくなってきちゃうじゃないの」
なに。
なんなの。
なんなんですかね、その異常なハイテンションは。
自分の息子の頭、痛くさせるのは、良くないと思うよ、母さん?