カレンさんと土日のコトを検討している。具体的にはデートの予定などである。平日の勤務を終えた金曜の夜のリビングで、ソファの背もたれに背中を密着させながら、LINEアプリで彼女とやり取りしているのだ。
デート日時は土曜の昼からに固まりかけていた。しかし、場所がなかなか決まらないのだ。東京都内が良(い)いのだろうが、『ここだ!』という候補地が頭の中に浮かび上がってこない。
『デートの場所が浮かばずに困ってるみたいだね~』
そんなカレンさんからのメッセージ。続けざまに、名前も知らないゆるキャラらしきキャラクターが『かわいい!』と言っているスタンプが送られてくる。
『連勤で疲れていて、頭が上手く働かないんだ』
そう返信はしたが、完全に言い訳である。
『なにそれー』
カレンさんから、
『激務であるはずも無いのにー』
というツッコミが来て、
『これは、通話するしか無いね!! わたしが3つデート候補地を言ってあげるから、その中から選んで、わたしに答えてきて??』
ぼくは急速に慌て始め、
『今は、通話は、マズい……』
と慌てる指で打ち込み、送信する。
『どーしてー??』
なおも慌てながら、
『場所的に……』
と理由を示す。
しかしながら、
『場所なんか気にしなくたっていいでしょ!! 恋人同士の通話を誰かに聞かれたって不都合とかある!?』
と、スマートフォンの向こうから押されまくってしまうのである……。
× × ×
リビングに誰かが姿を現す恐怖と常に格闘しながらカレンさんと通話をした。
デート場所は決まった。待ち合わせの駅もデート経路も確定した。安堵(あんど)してスマートフォンを左隣のソファの座面(ざめん)に置く。
しかし。
スマホを置いた瞬間に、誰かがやって来る感触が濃厚に伝わってくる。
冷や汗が背筋にジワァッ、と産まれる。
スラリとした長身の27歳の女子が、ぼくから見て左斜め前に出現してくる。ぼくの中に焦りが拡がる。
× × ×
「この週末に流(ながる)くんはカレンちゃんとどんなデートをするの?」
ぼくから見て左斜め前のソファに座るなり梢(こずえ)ちゃんが訊いてきた。ぼくの胸の鼓動はガンガン加速していく。
ぼくとカレンさんが週末にデートするのを彼女は週中(しゅうなか)から完璧に読み切っていたようだ。恐ろしい。それにしても、『どんなデートをするの?』って……。週末デートの具体的内容を伝えるのがこの上なく恥ずかしい。胸の鼓動の猛スピードは収まらないし。
『ぼくを取り乱させた責任を取ってくれよ』と言う勇気があるはずも無く。
「なにかなー。景気悪いゾー、ながるく~ん♫」
胸を右手で押さえざるを得ないぼくは、好き勝手な梢ちゃんに向かい、
「『景気悪い』なんて、意味、分からないし。いきなり心臓に悪いコト、言ってくるし……」
「不満なの? 『もっとマジメにやってくれよ』って私に言いたいの?」
「言いたいよっ」
ものすごい労力を使い、『言いたいよっ』と言う声を絞り出す。
しばし喘(あえ)ぎ、それから身も心も少し落ち着かせ、梢ちゃんの顔は上手に見られないながらも、
「梢ちゃん。きみが週末『フリー』なのが、ぼくは、うらやましいよっ」
と、抵抗する。
「それで切り返したつもり? 流くんって、やっぱし甘い」
心身が鎮(しず)まりかけたかと思いきや、今度はムカつきのような感覚が産まれてきてしまう。『甘い』と言われてムカつかない人間は滅多に居ない。これぞ真理というモノだろう。
「『お相手』が、不在で……『フリー』だし、退屈な土日になるんだろ」
ムカつきを反映した声が出る。こうなったら梢ちゃんの弱みを突いてみたい。
だが、ぼくは梢ちゃんの残虐性を甘く見過ぎていたのだろうか。
『お相手不在』だろうが何(なん)だろうが意に介さない様子で、ニンマリとしながら、ソファから前方にやや身を乗り出してきて、
「私の事情よりも、流くんの事情だよぉ。私ね、流くんとカレンちゃんカップルの『未来』が見える寸前なの!!」
発言の意味を噛み砕いた直後。ぼくの胃袋が凍りついた。
「長い交際期間じゃん!? 互いに30代も近付いてるじゃん!? 『そろそろ』なんじゃないの!? 私はねぇ、流くんの方からプロポーズすべきだと思うよ」
ぼくは一気にソファから立ち上がった。逃げたい一心(いっしん)。残虐・残酷な27歳女子に背を向け、歩き出してリビングから離れようとする。
「なんですぐ逃げようとするの!! それでも社会人!?」
絶叫のような彼女の声が鼓膜を襲うから、前を見て歩けない。
続けざまに彼女が、
「アツマくんと愛ちゃんのカップルに『先を越される』かもしれないんだよ!? それは良くないんじゃないのかなぁ!? これは私個人の意見ってだけじゃない!!」
と叫んでくるので、ぼくの歩みが止まってしまう。
梢ちゃんに振り向く勇気を絞り出し、
「あの2人は、まだ早いよ。マンションでの『ふたり暮らし』が軌道に乗ったといっても、愛ちゃんがまだ学生の身分なんだしさ。アツマにしても愛ちゃんにしても、時期尚早だって認識してるはずさ」
「へえぇーーっ」
謎の声音(こわね)を繰り出してきた梢ちゃんが、
「あの2人のコト、分かり切ってるって感じだね」
ぼくは、シリアスさを声に含ませ、
「きみよりは確実に分かってるよ。約10年、あの2人を観(み)てきてるんだ。きみの認識はハッキリ言って浅い。ぼくの半分以下の期間しか、2人と関わっていないんだから」
ぼくの足はソファの間近に戻ろうとしている。
ぼくは28歳で、梢ちゃんよりも年上なんだ。「威厳を示す」とはちょっと違うけれど、お説教の1つでもかまして、言いたい放題な悪いクセを矯正(きょうせい)してやりたい。
「お怒りモード?」
梢ちゃんの表情はずっと穏やか。ムカッとくる。
息を吸い込み、『お説教の出(で)だし』を吐き出そうとする。
だがしかし、ぼくにとって最高に不都合なスピードで、梢ちゃんが『お説教スタンバイ』をこんな風にして遮(さえぎ)ってくるのである……!!
「落ち着こうよ。そんなにムカムカピリピリしながら待ち合わせ場所で自分のカノジョと会う気なの? それ、ダメでしょ。そーだなここは1つ、『西日本研究会』の終身名誉サークル員として、西日本のお得(トク)情報を提供して、流くんのキモチを鎮(しず)めてあげるコトにしたい。……あのね? 北九州市って、知ってるでしょ? 福岡県の。幾つかの都市が合併して大都市になったんだけど、歴史的経緯もひっくるめて、今、福岡県北九州市が、私の中で超・マイブームで……!!!」