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【愛の◯◯】お腹を押されたわたしは、背中を押してあげる。

 

タカムラかなえちゃんの弟さんは学武(マナム)くんという名前だった。8歳児だ。16歳のタカムラちゃんとは歳(とし)がかけ離れている。しっかりとした足取りでわたしに近付いてくるけど、見た目はとってもあどけない。端的に言って可愛い。幼い男の子と触れ合うのはいつ以来だろう。こんな弟さん持ちのタカムラちゃんが、弟不在のわたしにはとてもとても羨(うらや)ましい。

夜のタカムラ家(け)の玄関を上がった時に出迎えてくれたのが、タカムラちゃんのお母さんと、マナムくんであった。

マナムくんはわたしの目前に立ち続けている。興味津々でその場を離れようとしないから、微笑ましくなる。様子を見守るお母さんの表情も如何(いか)にも微笑ましそうだ。

「おねーちゃん、スタイルいい」

マナムくんの口からこんなコメントが飛び出してきた。

「カッコいい。オトナっぽくて。ぼくのおねーちゃんよりも、おねーちゃんのほうが、オトナ」

良(い)い意味でくすぐったいキモチを抱(いだ)くけど、タカムラちゃんとわたしの両方を『おねーちゃん』と呼び続けるのは紛らわしくなるから、

「あのね、わたしは『モネ』っていう名前なの。『モネおねーちゃん』って呼んでくれないかな。『モネちゃん』でもいいよ?」

とお願いをする。

わたしの顔を見上げて見つめたまま、少し無言になるけど、その後で、

「『モネちゃん』は、『しつれー』だとおもうから、『モネおねーちゃん』ってよぶ!!」

と勢いある声を出してきてくれた。

 

× × ×

 

タカムラちゃんの部屋へと続く階段付近のLEDをタカムラちゃんのお母さんが点(つ)けてくれた。

お母さんは160センチ前後の背丈。タカムラちゃんの背丈とほぼ変わらない。166センチのわたしはお母さんと見つめ合いつつコトバを交わす。『マナムってば、『スタイルいい』とか、思ったままをズバズバ言っちゃうんだから』『マナム、きっとすぐに、モネちゃんにまた会いたくなっちゃうと思うわ。変(ヘン)なコトを言わせないように躾(しつ)けないとね』。こういうコト等(など)をお母さんから言われた。

「それで、かなえちゃんは……」

普段は『タカムラちゃん』呼びだけど、ここでは『かなえちゃん』呼びにする。彼女のお部屋に入って行きたいキモチは溢れそうになっている。早く階段を上がりたいキモチが出過ぎて、階段の方角をチラ見しながら、彼女の状態をお母さんから伺(うかが)おうとする。

「昨日は結局登校せずに卒業式サボタージュだったけど、今日は登校できたの」

わたしは昨日卒業した身だから、今日の『母校』の様子は分からなかった。タカムラちゃんが不登校路線に行きそうになかったのはポジティブ要素。だけども、

「……帰ってきてから、沈み続けてたりしてるんでは?」

控え目に尋ねるわたしに、

「明らかに低空飛行なのよ。夕ご飯も3分の2を残してたし」

と困り気味の顔でお母さんは答える。

 

× × ×

 

『食事はちゃんととった方が良(い)いよ』

人生で初めてタカムラちゃんのお部屋に入ってから程無くしてわたしはそうアドバイスしてあげた。

 

入室から15分以上は経ったと思うが、タカムラちゃんの表情は硬いままだ。『今日は何(なに)か学校で面白いコトとかあった?』と尋ねたら、登校から下校までの流れを順を追って説明してくれた。ただ、説明は主(おも)に時間割や授業内容についてで、面白いハプニングみたいなのは一切報告してくれなかった。

「KHKには……行きづらいか」

KHKでの活動をする気にはきっとならなかっただろうと思いながらも、言ってみた。

「ハイ」

か細(ぼそ)くなる寸前の声でタカムラちゃんは答えた。

わたしはペターン、とカーペットに腰を下ろしている。タカムラちゃんの方はベッド座(ずわ)りだから、わたしの方から見上げる構図。

ジックリジックリと見上げてあげる。彼女らしくない状態の彼女を温かく眺め続けてあげる。

わたしはイタズラ好(ず)きだから、優しくしてあげながらも、悪巧(わるだく)みめいたキモチもあって、それを抑え切れず、

「タカムラちゃんって、意外と――」

「……えっ? なんですか?」

「――いや、やっぱ言わないでおく」

動揺を見せる一方で、彼女の表情の硬さが解(ほぐ)れ始める。わたしが唐突に声を出したのが良かったみたいだ。

なお、わたしがタカムラちゃんの何を指摘しようとしたのかは、文字数の都合で省略する。

「ねえねえ」

『流れ』を途切れさせたくなくて、矢継(やつ)ぎ早(ばや)に呼び掛けて、

「ちょうど1ヶ月ぐらい前、タカムラちゃんがわたしを慰めにわたしん家(ち)に来てくれた時にさ。わたしのお腹をポーンと押して、元気付けてくれたじゃん?」

丸々(まるまる)とした眼になって、タカムラちゃんが、

「それが……どーかしたんですか? 確かにわたし、モネ先輩のお腹、押しましたけど」

笑い混じりに、わたしは、

「『お返し』というか何(なん)というかさ。わたしも、タカムラちゃんのカラダのどこかを、押してみたくなってきちゃって」

少し仰(の)け反(ぞ)るタカムラちゃんがいた。ビックリしちゃったんだ。

「ごめんね。いきなり」

一応は謝るけど、

「でもさ。タカムラちゃんが巨大なショック受けちゃって元気出せない現在(イマ)があるんだから、さ。今度はわたしの方から、勇気付けるのが必要なんだと思ってるし」

そう言って、腰を浮かせながら息を継(つ)いで、

「勇気付けられたからには、勇気付けてあげないといけないんだよ」

そう告げて、立ち上がって、着衣(ちゃくい)を整えて、それから、タカムラちゃんのベッドに歩み寄る。

今度は見下ろし姿勢になる。

彼女を狼狽(うろた)えさせ過ぎないように、できるだけ柔らかな声で、

「ここは王道だな。『背中』だな」

「せなか……?」

「そーだよ」

どうしても苦笑が混じってしまうけど、柔らかな声を保つのに努めて、

「背中、押してあげる。……そうするのが、失恋した巨大なショックの特効薬だと思うから」

 

 

 

 

 




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