おれはタカムラかなえに怒っている。
「なんでおれのLINEに反応しなかったのかって言ってんだよっ」
旧校舎【第2放送室】に『日曜出勤』。ミキサーに腰をくっつけているタカムラを木椅子(きいす)に座って睨みつける。昨日のおれの再三のLINEを無視したのを咎(とが)めたら、顔を逸らし気味にして何も言わなかった。だから、より強めの口調で詰めていく。
「おれは事前に予定してた通りにここに来たけど、おまえがやって来るかどうか不安だったんだぞ。返信を一切寄越(よこ)さなかったから」
予定通りやって来たのは良(い)い。しかし、出欠の意思を示す連絡をしてこなかったのは問題だ。昨日何回LINEのトーク画面を確認したことか。
意味も分からないし、意図も分からない。一時的に音信不通状態になったが故(ゆえ)のモヤモヤした感情をおれは引きずっている。前々から面倒(めんど)くさかった同学年女子がますます面倒くさく見える。
「ヒトコトで良かったんだよ。行くなら『行く』。行かないなら『行かない』。そんなヒトコトすら無かったから、こうして怒ってるんだ」
同じ姿勢を保ったまま、タカムラはおれと眼を合わそうとしない。
「聴いてんのか? おれが怒ってる理由、分からんのか!?」
座ったままカラダを前に傾けるおれ。最高に面倒くさい同学年女子に向けて傾けるおれ。
居心地の悪い沈黙が下りる。
『本格的に厄介なコトになってきやがった』と思い始めた途端に、
「もうパワーなハラスメントの味を覚えたんだね、トヨサキくんは」
と、タカムラの不可解発言がぶつかってきた。
なんだよそれ!?
「パワハラしてねーよ!! おまえの方の責任でこんな微妙な空気になってんだろ、おれはおまえの『説明』が欲しいんだ、音信不通だったコトについておまえが説明するまで、活動は始められない」
持続するおれの前のめり姿勢。勢いの余るぐらいタカムラに反発したからか、上半身が熱くなってくる。
冷静さを欠いてしまうとタカムラから『説明』を引き出せないかもしれない……そう思い、背筋を伸ばし、いったん自分自身をクールダウンさせる。
それから、
「2人しか居ないクラブ活動の片割れが突然連絡を断(た)ったんだから、心配になるに決まってんだろ?」
と声を和(やわ)らげて言う。
数秒間の空白の後で、
「心配してくれてたの? わたしのコトを」
と、タカムラかなえがポツリ、と言う。
「心配してやってたよ」
肯定するおれ。
『当たり前だろ』とは、言い足せなかった。
「そっか」
またタカムラはポツリ、とコトバをこぼし、
「ごめんけど、キミの期待には応えられない。キミに何にも連絡しなかった理由は、わたしのココロの中の箱にしまっておきたいの」
と拒(こば)んだかと思うと、ミキサーに押し付けていた腰を離し、おれの反対側を向いて背中を見せてきやがった。
× × ×
タカムラがスタジオに引きこもった。引きこもるタカムラの背中をガラス越しに眺めながら、『なんとかしてこのオンナを問いただしたい』というキモチをくすぶらせ続けていた。
白状させなければ、KHKの活動が始まらない。クラブ活動が始まらないまま終わるのならば、日曜日に登校した意味が無くなってしまう。
タカムラに白状させる方法を5つぐらいひねり出したおれは、ついに木椅子から立ち上がり、スタジオの入り口ドアへとずんずん進んでいった。
物理的に迫られているのは分かっているはずなのに少しも振り向こうとしないバカな女子は、机上(きじょう)のノートに眼を凝らしているご様子だった。
「なんのノート見てるんだ」
訊けば、
「OGとOBの人たちが作った、引き継ぎ用のノート」
と答えてくる。
答える声のフニャつき具合が気になりながらも、
「この期(ご)に及んで引き継ぎノートなんか見て、どこまでも自分の世界に入り込むんだな」
と背中めがけて罵倒する。
居心地の悪い間(ま)が産まれる。
カラダを縮(ちぢ)こめた同学年女子が眼に映る。
縮こまるぐらい追い詰められた同学年女子が、いきなり机上を両手のひらで叩く。
すごい音がスタジオに響く。抵抗の矛先(ほこさき)をおれに向けては来ずに、モノに対して八つ当たり。
どうしようもなくなったからなのか。一気に椅子から立ち上がった。OGやOBの方々が丹精(たんせい)込めて作ってくれた引き継ぎノートを鷲(わし)づかみにした。
180度振り向いた途端に、そのノートをおれに向かって投げつけた。
おれの怒りが沸騰、することは無かった。
動揺や困惑が怒りを凌駕(りょうが)した。
なぜなら、ノートを投げつけてきたタカムラかなえが、これまで見たこともない哀しい表情になっていたから。
泣きそうなんではないかと思った。泣かれてしまったら今度はこっちが追い詰められると思った。胃袋が締め付けられる感触を覚えた。タカムラかなえの『痛み』のようなモノが伝わってくるような感じがした。だからおれは一歩(いっぽ)後(あと)ずさってしまった。
「……シキちゃん」
良くない方向に昂(たか)ぶっているような声でタカムラがそう言った。
言われた瞬間は意味が分からなかったものの、『シキちゃん』がどんな人物の名前なのかをやがて把握してしまったおれは、巨大な不穏さを感じ取り始めた。
背筋が冷え始めた。止(と)めどなく冷やされていきそうな予感しかしなかった。
「シキちゃんが……。ううん、シキちゃんに……シキちゃんに……」
菱田志貴(ひしだ シキ)先生。
美術の先生。
若い男の先生。
……ただの若い男の先生ではなく、タカムラかなえにとっては、年の離れた、幼馴染(おさななじみ)。
「昨日の朝に……わたし、外を歩いてたら……見つけて……シキちゃんを見つけて……でも、シキちゃんは、独(ひと)りじゃなくって……それで、それで、それで……シキちゃんの横に、横に……!!」
悲鳴と化した声が出てくるのが止まらない。
タカムラの中でタカムラのココロが暴れている。制御できていない。
発してきた悲鳴をおれのココロが呑み込む。発してきた悲鳴がおれのココロで消化された途端に、昨日の朝にタカムラが直面した事態を悟る。悟るから、おれの背筋が真冬のように寒くなる。
『シキちゃん』……すなわち菱田志貴先生は、タカムラかなえにとって、ただの幼馴染ではなかった。
年は離れているが、この女子(オンナ)の『想い』にはそんなコトは関係が無かった。
想いを寄せていたのは既に知っていた。悲鳴によってそれを再認識した。連絡が途絶えた理由が浮き彫りにされた。昨日の土曜日はタカムラにとって絶望の土曜日だったのだ。
今日になっても打ちひしがれ続けているに違いないタカムラが、おれに向かって突き進んでこない。その場に棒立ち。涙こそ流さないものの、悔しさを濃厚に含んだ哀しみの表情は隠せない。
利き手の右手が強く強く握られているのが眼に入る。
やけっぱちになっておれに暴力を振るうための握り拳(こぶし)ではない。
やり場の無い握り拳。
意味も無く握る……握り拳。