羽田愛さんのメイド服姿の破壊力は凄かった。
昼下がり。アカ子さん邸(てい)のリビング。私はソファに座り、愛さんもソファに座っている。向かいの席の愛さんの美しさが私に迫ってくる。メイド服なんて着用しているのだから、なおさらだ。
メイド服愛さんのエプロンがなんだかピカピカ光っているみたいだ。錯覚には思えない。愛さんのお肌の信じがたい程の滑らかさとまるで連動しているかのようで、ずっと眺めているのは変(ヘン)だと分かっていても、引き締まった腰の辺りの白いエプロンからなかなか眼を離すことができなくなる。
やっとのことで視線を離すと、非常に長い栗色の髪をまとめたリボンの可愛らしさが今度は眼に突き刺さってくる。可憐なリボン。大きくて、真っ赤なリボン。リボンの単純な赤い色が超・ロングヘアの栗色と不思議にマッチしている。リボンの色と髪の色が響き合っているのだ。この魔力の所以(ゆえん)はおそらく、彼女が私よりも2段階ぐらい美人だから……!
『小百合(さゆり)ちゃんって、身長167センチだったわよね?』
向かいの席の彼女から唐突に訊かれた。慌てて我に返る。
「よ、よく、キオクしてましたねっ」
我に返るのだが、返答に焦りが極度に混じる。
美し過ぎる笑顔で、
「わたし記憶力に自信があるのよ」
と愛さんが自慢する。
みなぎる美しさ。みなぎる美しさによってみなぎる生命力。
「うらやましいわ~~。わたしは160.5センチしかないから、あなたみたいな高身長が永遠の憧れなの。せめて164センチぐらいまで伸びてほしかったんだけどね。残念ながら、女子の平均より少し高い背丈しか神様は与えてくれなかったの」
嘆きの彼女。
だけど、私は、ココロの中で、
『160.5センチだからこそ、可愛さも濃厚に混じった美人が際立つんですよ……』
と呟く。
ココロの中で呟くだけで、口に出して伝える勇気がこれっぽっちも出てこない。
「――ところで、小百合ちゃんより1センチだけ背の高い『本職』のメイドさんなんだけど」
愛さんが話題を換える。蜜柑さんのコトに触れ始める。
「今、近所の某・高級スーパーマーケットにお買い物に出てるんだけど。待ち遠しいでしょ? 小百合ちゃん。蜜柑ちゃんに会いたくて邸(ここ)に来たんだもんねえ」
愛さんの発言がグサリ、と胃袋に刺さる。
愛さんは私より3つ年上だが、蜜柑さんは愛さんより3つ年上である。それにもかかわらず、愛さんは蜜柑さんを『ちゃん』付け。これが彼女らしさなのだ。『蜜柑ちゃん』って言っちゃうのが、自由奔放で天真爛漫な彼女の魅力を加速させる。
……だけども、愛さんの言う通り、私の本来の目的は、蜜柑さんだった。蜜柑さんとの面会だった。
× × ×
割ってしまったらタダでは済まされないようなティーカップに静かに注がれたダージリンティー。芳醇(ほうじゅん)さが満ち溢れるように漂ってくるのは気のせいではあり得ない。
「どうぞお召し上がりください」
ダージリンティーを注(そそ)いでくれた蜜柑さんがそう告げて、音も立てずに向かいのソファに腰掛けた。腰掛けたのは愛さんが着座していたのと同じソファだった。
先程お買い物から帰宅したばかりのはずなのに、もうメイド服に身を包み、こうして私に紅茶を提供してくれている。どんな方法で早着替えしたんだろう……。
情けない手つきでティーカップの把手(とって)を掴み、俯き気味の情けない姿勢でダージリンティーを口に含む。
ひと口飲んだだけでカラダの隅々まで爽やかさが行(ゆ)き渡る。魔法にでもかけられたかの如(ごと)く感覚が冴え渡り、カラダの細胞の全てが一瞬にして入れ替わったかの如(ごと)き気分になる。
誇張表現じゃない。これが真実。
大きな驚きによって、『蜜柑さんの前で『失敗』したくない……』というキモチが強くなり、細心の注意を払ってティーカップを受け皿に戻していき、音を立てないよう全神経を集中させてカップを置く。
緊張から解放された途端に、カラダのみならずココロにまで爽やかさが到来した。肩から背中にかけての強張(こわば)りやすい箇所がスーッとなっていく。これも、蜜柑さんによる魔法。蜜柑さんマジック。
「スコーンが合いますよ。紅茶には、スコーンです」
蜜柑さんはそんなコトバによってスコーンを食べるように促す。長いテーブルの右寄りにスコーンのお皿が置かれている。もちろん蜜柑さんが焼いてくれたスコーンだ。
『お買い物から帰ってきたばかりなんじゃないの? そんなに短時間でスコーンって焼けるものなの?』みたいな疑問という名の苦情は一切受け付けない。
そういう些末なコトよりもよっぽど重大なのは、ダージリンティーの素晴らしさに衝撃を受けて感激したあまり、スコーンに手をなかなか伸ばせないコトだ。
× × ×
気が付けば壁時計が午後4時近くを示していた。アフタヌーンティーの領域からはみ出てくる。蜜柑さんのダージリンティーやスコーンに私が感激し過ぎたのが悪い。
ダージリンティーもスコーンもゆっくりゆっくり味わっていたから、蜜柑さんに違和感を持たせてしまっていたかもしれない。
大きな感激からココロの平静さを取り戻すのに時間がかかったけど、今では背筋を伸ばせているし、視線を逸らさずに蜜柑さんと向かい合えている。
「愛さんが手伝ってくれたので、アフタヌーンティーの準備を短時間で終えられたんですよ」
彼女は種明かしをする。
そっか……。愛さん、なんでもできる女子(ヒト)だから、アフタヌーンティーのセッティングにも大きく貢献してあげられるのよね。ますます『敵(かな)わない』って思っちゃう。ますます負けちゃう。
もちろん敬服の意の込められた感情。
……でも、その一方で。
今日は、愛さんのメイド服姿と蜜柑さんのメイド服姿を立て続けに見たワケ、なんだけど。
「似合ってるのは……蜜柑さんの方だな」
少し上半身を前方に傾けながら、私はポロッとコトバをこぼす。
混じり気のないキモチによる感想が口からこぼれ出してくるのを押し留められなかった。
「似合ってる? 似合ってるって……何が、ですか?」
蜜柑さんの声は、少し困惑。
ガマンできずに、
「決まってるじゃないですか」
と苦笑いしながら言って、それから、
「メイド服ですよ、メイド服」
と、言ってあげる。
困惑に包み込まれているのだろう。あちら側からのお返事がやって来ない。
私の勝手な発言のせいで、夕暮れ前のリビングに沈黙が舞い降りてくる。
× × ×
いきなり自分の想いを示すみたい、なんだけど。
唐突なお気持ち表明なのは承知の上で、なんだけど。
実を言うと……私だって、『着てみたい』。
愛さんだけが『着る』だなんて、ちょっぴし、ズルいし。