古木紬子(ふるき つむぎこ)ちゃんの様子がおかしい。具体的には手つきがおかしい。今も、ティーカップの把手(とって)を持とうとする指が震えている真っ最中。視力に自信のあるわたしだから、指の震えといった細かい所にもすぐに気が付く。
紬子ちゃんはどうにかティーカップを持てたけど、指は依然としてプルプルと震えていて、カップを口に持っていこうとするのだが、寸前で危うく中身をこぼしそうになってしまった。
「危なかったわね」
メイド服もすっかり馴染んだわたしはそう言い、紬子ちゃんの傍(そば)で紬子ちゃんを見る。
「イレギュラーな状況だから過度に緊張してるとかなの? あなたが紅茶をこぼしそうになるの、これで今日5回目よ」
「イレギュラーな状況……っていうのは……?」
「わたしがこのアカちゃんファミリーの邸宅で『期間限定メイドさん』になっていて、今日こうやってあなたに『ご奉仕』している状況」
俯いてしまう紬子ちゃん。それから逆に顔を上げ、リビングの大きな天井を仰ぐ紬子ちゃん。
天井の照明を凝視しながら、
「愛さん、あなたが『期間限定メイドさん』になっているからといって……そのことで動揺したりはしていないわ」
そのコトバに対し、わたしは敢えて、
「信じていいのね」
と半分だけ真剣な口調で言う。
彼女は視線を元に戻し、
「いいわよ」
と言った後で、
「ねえ愛さん。あなたなら『黙秘権』というコトバは知っているわよね?」
「とーぜん」
「私、私ね、私の手指が震えるコトに関しては、『黙秘権』、貫きたくて」
ふうん。
『黙秘権』を盾にしたいってコトは、相当デリケートな事情がありそうね。わたし賢(かしこ)いから、紬子ちゃんの口ぶりですぐに把握できるわ。
それにしかも、紬子ちゃんの『デリケートな事情』なんて、推し量るのならば的を絞れないワケも無く。つまり、彼女の『デリケートな事情』を見抜くのは、さほど難しいコトでも無くって。
わたしの小悪魔的要素がわたしを満たす。紬子ちゃんをイジりたくて居ても立っても居られなくなる。
だから、
「最近ね、わたしね、文学部カフェテリアに行けてないのよ。月の半ばから『期間限定メイドさん』のお仕事で忙しくなったし、大学が長期休暇に入ったからあのカフェテリアも短縮営業になっちゃってるし」
と、探る刃(やいば)を切り込ませていく。
紬子ちゃんの顔面に明らかなる焦りの色が浮かぶ。
「とっとっ突然なに言い出すのかしら? 文学部カフェテリア? 文学部カフェテリアがどーだって言うの?? 私は政治経済学部の学生としてまもなく卒業するのよ??」
ただちに、わたしは、
「誤魔化すのがヘタ過ぎるわよ、紬子ちゃん★」
と『黒い星マーク』を語尾に付けるのが妥当な小悪魔ボイスで言い、
「及川太陽(おいかわ たいよう)くんは、ずっとあの場所に居て、ずっとあの場所で働いていて、そして――ときどき、あなたのために、お料理を作ってあげたりする」
紬子ちゃんの顔面に熱がどんどん広がっていった。
某・レストランチェーンの社長令嬢の面影がどんどん無くなっていき、あどけないコドモに一気に戻るように狼狽(うろた)えていく。
右拳を強く握り締めているのが眼に入ってきてしまった。
やり過ぎたから怒らせてしまったのかも、と一瞬思ったが、憤(いきどお)りよりも狼狽えの方が圧倒的に強い状態なのを、再度彼女のお顔を見つめるコトで把握する。